第拾話『序10 突入/地下での死闘』
街外れに佇む廃墟を前にし、俺は頬を伝う嫌な汗を拭った。
紫苑「さすがね。すごい圧迫感」
紬「気を抜くと、心臓ごと持って行かれそうですね」
そこに付いた瞬間、まるで身体全体に重りを巻きつけられた様に、手足が重たく感じた。
緊張によるものかわからないが、その状態で敵地に乗り込むのは死に近い。
俺達はそれぞれ気持ちを落ち着かせた。
紫苑「じゃあ、行くわよ」
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紫苑「おかしい」
紫苑が小さく呟いた。
紬「確かに静か過ぎますね」
紫苑や紬がそう漏らすのも仕方ない。
廃墟に入ってから、一度も敵と遭遇していない。
ましてや、俺達の足音以外、物音はなかった。
優斗「罠……か?」
紫苑「こっちに居場所を教えていた時点で、そんな事はわかっていたわよ」
優斗「え?」
紬「えぇ、それを承知で来たのではないですか?」
優斗「……え、ま、まぁ、俺もわかっていたよ。と、当然!!」
そんな俺に紫苑は冷たい視線を送って来た。
紫苑「――わかってなかったわね、絶対……」
紬「えぇ、確実に……」
紬まで……
俺は零れそうになる涙を堪えながら、走り続けた。
すると、前方に地下に続く階段が現われた。
紫苑「あれが地下に行く階段!?」
優斗「あの先に月ちゃんが……」
あの階段を使って地下に降りるのか。
そう思った時だった。
よく見ると、地下に降りる階段の前に少年が立っていた。
紫苑「みんな、止まって!!」
優斗「お、お前は!?」
少年「やぁ、お兄さんにお姉さん達。ようこそ、僕達の家へ」
少年は礼儀正しくお辞儀をした後、満面の笑みを俺達に向けた。
少年「――そして、さようなら」
その瞬間、俺達の足元から足場が消えた。
紫苑「――な!?」
紬「――きゃぁぁぁ……」
大和「――ッ!?」
辛うじて俺は残った足場を掴んだ。
優斗「紫苑! 紬! 大和!」
俺が落ちて行った紫苑達の心配をしていると、足場を掴んだ両手に激痛が走った。
優斗「――――!?」
少年「往生際が悪いなぁ~。いくら足掻いても、そこからじゃ上がって来られないでしょ? 落ちるしかないんだから、早く落ちなよ」
少年は俺の両手を足で思いっ切り踏み付けた。
優斗「ぐぁぁぁ!? て、てめぇ……」
少年「あははは……、ほんとしぶといね。でも、限界でしょ?」
そう言って、少年は足に力を込めた。
優斗「……く……そ……お前、俺達は絶対に生きて帰ってくる。その時まで、待っていやがれ!!」
俺は自ら手を離し、奈落の底に落ちて行った。
少年「生きて帰って来られたらね……ふふふ、あ~ははははは……」
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紫苑「――――ッ!?」
大和「気がついたか?」
私が目を覚ますと、目の前には紬の世話人、大和の姿があった。
紫苑「あんた……、ッ~……優斗と紬は?」
大和「どうやら、バラバラになってしまったらしい」
私達の落ちた場所が、ちょうど水溜まりだったため、怪我などは特になかった。
しかし、いくら水溜りでも、あの高さから落ちれば身体に痣くらいはできる。
紫苑「紬はともかく、優斗の奴が一人だとしたら危険だわ。出来れば、紬と一緒だと良いんだけど」
大和「とにかく、紬お嬢様と優斗を探して合流するぞ」
そして、私達が歩き出そうとした時だった。
進もうとした通路から、今までの聞いたことの無い不気味な声が響いてきた。
紫苑「な、何!?」
通路の奥から姿を現したのは、外見は醜く、人の形をした化け物だった。
紫苑「敵!?」
私は臨戦体制を取った。
大和「待て」
大和が私を制し、化け物と私の間に入った。
大和「こいつらは敵じゃない。人間だ」
紫苑「人間!?」
私は気持ちを落ち着かせ、再び化け物に視線を向けた。
紫苑「――確かに、こいつらから妖気を感じない」
そして、一人の化け物が口を開いた。
化け物「……お前達は……」
大和「まだ、喋れるのか」
紫苑「私達はここにいる鬼人を殺しに来た。あなた達は、あいつらに何をされたの?」
化け物「……あいつは、俺達の身体に白い珠と自分の血を埋め込んだんだ……そして、人の姿を保てた奴は地上におき、俺達の様に人の姿を保てなかった奴等は、この地下に捨てたんだ」
その話を聞いた大和が、小さく呟いた。
大和「……血朱珠……か……」
――血朱珠?
その名前、どこかで聞いた事がある。
私は必死に思い出そうとしていた。
大和「やはり、封じられた力を望んでいたのか」
封じられた?
紫苑「――そうか、思い出した!? 昔、お母さんに聞いた話で、封印された鬼神を解き放つために必要な物の一つが、確か血朱珠」
大和「そうだ。血朱珠はその名の通り、鬼と人の血で造られる真っ赤な宝玉。造り方は見ての通り、人の身体を使い、数年掛けて造り出す。但し、血朱珠の力に抵抗力の無い人間は、血朱珠の形を身体の中で保てず、溢れ出した力によって、内部からじわじわと破壊され、死ぬまで苦痛を与えられる」
紫苑「じゃあ、この化け……いや、この人達は……」
ずっとこんな暗い地下で苦しんでいたのね。
そう思った時、私の中に怒りが生まれた。
紫苑「――ッ~……」
そして、私は静かにお札を手にした。
紫苑「大和。あんた、この人達を助ける方法を知ってるんでしょ?」
大和「血朱珠は、鬼と人の血が混ざり合って力を蓄える。どちらかが欠ければ、血朱珠の力は消える。この場合、こいつらの身体に血を埋め込んだ鬼人を殺せば、鬼人の血は力を失い、血朱珠は破壊されるはずだ」
紫苑「……そう……」
私は持っていたお札に術力を込め、目の前にいる人達に向けて放った。
すると、巨大な氷が彼等を覆い尽くした。
紫苑「今まで苦しかったでしょう? あと少しだけ待っててね。――その間は、ここで苦痛を忘れて休んでいて」
私はそっと氷に触れ、涙を流した。
化け物(俺達のために泣いてくれているのか? こんな醜い姿になった俺達のために…………ありがとう…………)
そして、私は涙を拭うと、大和の方を向いた。
紫苑「さぁ、優斗と紬を探しに行きましょう」
大和「……ふっ……」
大和は小さく笑い、私の後に続いた。
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近くで水の音が聞こえる。
?「……ぇ……ねぇ……」
――誰?
紬「……ん……」
私はゆっくりと目を開けた。
すると、目の前に半身が人間、もう半身は化け物になっている女の子がいた。
紬「きゃっ!?」
思わず声をあげてしまった。
そんな私に女の子は申し訳なさそうな目を向けた。
女の子「ごめんなさい……驚かすつもりはなかったの」
さっきは突然で声をあげてしまったが、その女の子から敵意は感じなかった。
紬「あなたは? 何故そんな姿をしているの?」
女の子「……私達は、何かを造るために連れて来られたって言ってた」
紬「何かを造る?」
女の子「うん。それでね。私達は失敗だから、ここで住まなくちゃいけないの」
その時、私の中にある物が何かと共鳴する様に、強い力を発した。
紬「――ッ!?」
――何?
――まさか、あれが何かに反応しているの?
その時、私の脳裏にあるものが浮かんできた。
紬「……まさか……血朱珠……」
話に聞いた事があるけど、鬼人はここで血朱珠を造ろうとでもしているの?
それなら、この子はその犠牲者?
女の子「……おねえちゃん……大丈夫?」
紬「大丈夫よ。――ねぇ、あなたの名前を教えて。私は紬よ」
女の子は恐る恐る、自分の名前を言った。
女の子「……さや……」
紬「さやちゃんね」
私が笑い掛けると、さやちゃんも笑顔を向けてくれた。
その瞬間、さやちゃんが胸に手を当て苦しみだした。
さや「……ぁ……ぁ……」
紬「さやちゃん!?」
駆け寄ろうとした私に、さやちゃんは無理に笑顔を作りながら言った。
さや「だ、大丈夫……い、いつもだから……」
血朱珠の力が逆流しているのね。
私はさやちゃんに手を翳した。
さや「……あれ? 痛くない……」
突然消えた痛みに、さやちゃんは不思議そうに私を見た。
紬「今、さやちゃんの中にある血朱珠の力を外から相殺したわ。また、血朱珠の力が溜まって来たら痛み出すけど、暫くは大丈夫なはずよ」
さや「おねえちゃん。ありがとう!」
私はさやちゃんの髪をゆっくりと撫でた。
紬「でも、もう少しよ。さやちゃんの苦しみも、今日でお終い。さやちゃんを苦しめてる鬼人を倒すから」
さや「……き……じん……?」
紬「さやちゃんに酷い事をした人よ」
私はさやちゃんの髪から手を離した。
紬「じゃあ、また後で来るからね、さやちゃん」
………………
…………
……
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優斗「みんなとはぐれちまった」
俺はとりあえず、地下の道を進んでいた。
優斗「それにしても、この道、どこまで続いてるんだ?」
いくら進もうが、先は真っ暗なままだった。
優斗「こんな時に紫苑の奴がいれば、きっと良い方法を考えてくれるんだろうな」
しかし、何で紫苑の名前が出て来るんだ。
俺の脳は、あいつに調教されちまったのか?
そして暫く進むと、道が右と左に分かれている場所にきた。
優斗「分かれ道?」
すると、道の奥から一つ、二つと人影が見えた。
優斗「敵か!?」
俺は咄嗟に臨戦体制に入り、木刀を構えた。
優斗「息を潜めた。向こうもこっちに気付いたか」
ジリジリと、少しずつ、少しずつ、相手との距離を詰めて行く。
優斗「あと一歩」
あと一歩で俺の間合いに入る。
そして、俺の間合いに相手が入った瞬間、木刀を振るった。
優斗「はぁぁぁぁ!!」
その時、小さな子供の声が聞こえてきた。
?「おねえちゃん?」
優斗「なっ!?」
俺は慌てて木刀を止めた。
そして相手を確認する様に、視線を向けた。
優斗「……紬か……?」
紬「……優斗さん……?」
そこにいたのは、紬ともう一人……
優斗「紬、その子は……」
紬「この子はさやちゃんって言うの」
優斗「そうじゃなくて、その子の姿はどうしたんだ?」
紬は暫く沈黙した後、ゆっくりと話始めた。
紬「さやちゃんは、血朱珠の犠牲者」
優斗「血朱珠?」
紬「太古に封じられた鬼を復活させるための道具です。人と鬼の血を真っ白な珠に吸わせて、人の身体の中で生成する物」
優斗「じゃあ、その血朱珠ってやつを造るために、その子はそんな姿にされたのか?」
紬「血朱珠は封じられた鬼の力となる物です。その力は巨大で、術力の無い人間は溢れた血朱珠の力を抑え切れず、人の姿、知性を失います。幸い、さやちゃんはまだ大丈夫ですが……」
その瞬間、もう片方の道の奥から、遠吠えに似た声と共に、化け物が姿を現した。
優斗「ちっ! 今度は本物の化け物か」
俺は再び木刀を構えた。
紬「待って下さい、優斗さん!」
優斗「紬?」
紬「その方達は人間です」
優斗「人間!? 何でそんな事がわかるんだ!?」
俺が紬に視線を向けると、紬の視線は隣りの女の子に向けられていた。
さや「……ぱぱ……? ぱぱなの……?」
――ぱぱ!?
――まさかこの化け物が、この子の父親!?
その時、化け物は両手両足で地面を弾き、俺に向かって鋭い爪をたてた。
優斗「くっ!?」
化け物の手を木刀で払い除け、辛うじて爪を躱した。
優斗「紬! もしこの化け物がその子のお父さんなら、何か助ける方法はないのか!?」
そう言っている間にも、化け物は攻撃の手を緩めず攻め立てていた。
優斗「くっ……紬!?」
すると、化け物は俺の横をすり抜け、紬達に狙いを変えた。
さや「ぱぱ!」
化け物「ぐっ……がぁぁぁぁぁ!!」
紬達に向かっていった化け物が、突然苦しみ出した。
優斗「ど、どうしたんだ?」
紬「血朱珠の苦しみです。例え、知性を無くしても、苦しみは絶えず襲います。その方が死ぬまで……」
化け物は地面を転がり回り、苦痛に声をあげていた。
優斗「紬」
紬「何ですか?」
優斗「本当に助ける方法はないのか?」
紬「その方を苦しみから解放する方法は一つ。命を絶つ事です」
優斗「……紬、何言ってんだ……? だって、この化け物は人間で、その子の父親なんだろ?」
紬「知性を無くし、今、実の子まで手に掛けようとした自分の姿を見て、優斗さんならどう思いますか?」
優斗「俺は……」
――くそっ!! 何なんだよ!?
――俺だってそんな事になったら死を選ぶ
――だけど、その子の目の前で父親の命を奪うなんて、出来るわけない
――俺には出来ない……
紬「優斗さん、危ない!!」
紬の声で、目の前に迫りくる爪を躱した。
優斗「くっ……」
紬「何をしているんですか!? このままでは、優斗さんの命に関わりますよ!?」
――わかってる……わかってるけど……
――親を目の前で失う怖さを俺は知ってる
――そんな思いをこの子にはしてほしくない
紬「優斗さん!!」
紬の声と同時に、お札が俺の木刀を光で包んだ。
優斗「これは……?」
紬「それは浄化の光です。それで邪気を斬れば、そのものは浄化されます」
優斗「それって、その子の父親を殺すって事だろ!?」
俺は木刀が化け物に触れない様にしながら、攻撃を躱した。
紬「無茶です! そんな事をしていても、いつかは捕まります!」
俺は紬の隣にいる女の子に視線を向けた。
――あの子は、あの時の俺だ
――俺もああやって、ただ見ている事しか出来なかった
――でも、今は違う
――力だってついた
――考える知識もついた
――あの時とは違う……違うんだ!!
優斗「くっ……止めろ!? あんたを殺したくない!」
しかし、俺の言葉は空しく響くだけだった。
優斗「なんでだ!? なんで届かない!?」
少しずつ、俺の身体に鋭い爪が届き始めた。
優斗「あんたの娘がいるんだ! ぱぱって…………あんたを呼んでるんだ!!」
化け物「グォォォォォ…………」
優斗「答えてくれ…………答えてくれよ!!」
すると、一瞬、化け物の攻撃の手が止まった。
しかし、次の瞬間、化け物は攻撃対象を、紬の隣にいる女の子に変えた。
化け物「グォォォォォ…………!!」
優斗「なっ!? 紬!!」
紬「ダメです! 術式が間に合いません!!」
優斗「止めろぉぉぉぉぉ!!」
化け物の腕は伸びきっていたが、女の子にはかすり傷一つなかった。
さや「ぱぱ……?」
化け物の腕は、女の子に触れる前に無くなっていた。
優斗「……なんでだよ……なんでだよ!?」
俺は振り下ろした木刀を強く握り締めた。
やがて化け物の身体は、俺が斬った腕の部分から光の粒へと変わっていった。
さやのぱぱ「…………め、迷惑を掛けました……」
優斗「――!? あんた、意識が……?」
さやのぱぱ「お礼を言わせて下さい。あなたがこうしてくれなければ、私は娘を……さやを殺していた」
優斗「何言ってんだ……俺は、あんたを……」
どうしようもなく悔しかった。
何も出来ない自分が……
さやのぱぱ「自分を責めないで下さい。私はあなたに救われたのです」
そして、さやちゃんに視線を向け、俺達に戻した。
さやのぱぱ「申し訳ありません。ご迷惑だと言う事を承知で、あなた方にさやをお願いしたい」
俺は静かに頷いた。
さやのぱぱ「よろしくお願いします…………さや、ごめんな…………」
最後の言葉を口にすると、全て光の粒となって消えた。
優斗「…………」
紬「優斗……さん?」
優斗「くっそ! ちくしょう!! ちくしょう!! 何で、何で、何も関係ない人が……」
俺は抑えきれなくなった感情を地面にぶつけた。
紬「優斗さん、落ち着いて下さい。さやちゃんみたいな人達のためにも、私達は負けられないのですよ」
優斗「……そうだな……わるかった……もう、大丈夫だ」
俺はさやちゃんの髪をゆっくり撫でた。
優斗「さぁ、紬。早く、紫苑と大和を見つけて、鬼退治に行こう」
紬「はい」
………………
…………
……