シンデレラ.6
踊り疲れたのかエラと王子は人目のないお城のテラスで見つめ合っていた。エアたちの位置から会話は聞こえないもののラブラブモード全開な甘いトークがなされているのだろう。冷たい夜風も二人の熱気の前には意味をもたない、そんな状況である。それはエアが思い描いた展開通りなのだが。
「なんで、早く帰らないのよ!」
エアがお城の時計等を見上げると、もう十二時まであと数分といったところであった。そんな状況にも関わらず、一向にお城を後にする気配のない姉を観察しながら「あれじゃあまるで、今日はもう夜も更けて帰れないから、とかなんだとか言ってお泊りを決め込もうとしているビッチじゃない!」と陰でイライラヤキモキとする。
「若い男女にゃあ時間なんて存在は忘れられてしまうものなんだよ」
「事態をややこしくしてる元凶が知った風な口を聞くな!」
さらに苛立ちを募らせるエアだが、ここで父親を殴っても事態が好転する要素は皆無である。どうすればエラを十二時前に帰宅させる事が出来るのか。何か、何か使えるものはないかと考える。十二時までもう時間が無い。タイムリミットはもう差し迫っているのだ。
「あの鐘……使えないかしら?」
エアの瞳にお城の時計台のてっぺんににぶらさがる大きな鐘が映る。一時間ごとに盛大な音を響かせるあれだ。
「そうよ!十二時前に鐘を鳴らしちゃえばいいのよ。そうすればさすがにお姉ちゃんも時間に気付いて帰ってくれるはずだわ!」
「ふむ、可能性はあるな」
娘の荒っぽい妙案に同調する父親。下手な事は言わないが吉と言う態度にも見えた。
「そうと決まれば……」
そう言うや否や時計台へと走るエア。半ば引きづられるようにして従者の如く後を追う父親。
「駄目だ。鍵がかかってる!」
息を弾ませて時計台の下に着くが、その門扉は固く閉ざされており侵入は不可能なようであった。扉をガチャガチャとやるがまるで開く気配が無い。扉が「エラちゃんのオールヌードを邪魔する者は何人とたりとも通すわけにはいかない」と腕を組んでいるようでもある。
「魔法とかで扉を壊せないの?」
娘の全力ダッシュに付き合わされてへばりきっている男にエアは容赦なくがなり立てる。
「……無茶を言うな。私はそう言うタイプの魔法使いじゃあないんだよ」
エアは「使えないやつめ」と悪態をつく。どうにか塔の上まで行く方法はないか。考えろ、姉をストリッパーにするわけにはいかない、エアは難しい顔をして奥歯を噛み締める。
「ああ!」
エアは何かを思いついたように大きな声をあげた。
「パパ、あれ出して」
妙案が浮かんだのだろう、エアは父親に向き直ると、早く早くと父親の胸倉を掴んでその頭をガクガクと揺らす。既に口から泡をふいているのでその辺でやめて上げて欲しい。
「あれ?あれってあれのことか?ていうか離せ、死ぬ、死ぬから」
男は娘の暴行を諌めながら、必死で声をあげる。顔は既に紫色になっていた。
「早く!」
「エア……血が繋がってないとは言え、お前と私は親子だぞ。それに年頃の娘が滅多な事を言うもんじゃあない」
「何を出そうとしてるんだお前は!」
一分一秒を争う状況で下らない事をのたまう父親をけたぐる。どうやらこの父親、娘から折檻を受けたくてわざとこんな事を言っている節が見受けられる。
「そうじゃなくて、パパが作ってたあの円形の鏡みたいなやつ!」
「これか?」
どこにしまっていたのか男はそう言うと切り株くらいの大きさの円形状のディスクを取り出して、娘に渡す。先日、あの薄暗い小屋の中でいじくっていたものである。
「こんなもの何に使うんだ?」
「お姉ちゃんを助けるのに使うのよ」
エアが、ふふん、と鼻をならす。その目には揺ぎ無い「わたしって天才かも」と言う文字が浮かんでいた。
「そうか、エラさんのオールヌードの代わりにお前がパンチラを見せて王子の気を引くつもりだな?なんて健気な娘なんだお前は」
「そんなわけねえだろ!」
エアは父親からディスクをふんだくるとそれを床に置いた――ディスクの表面を下側に向けて。
「じゃあ、行ってくるわ」
娘がやらんとしている事に気付いた父親は静かに敬礼のポーズをとる。それを見て満足気に頷くとエアは鏡の側面についているツマミを思い切り捻って静かに鏡の上に乗った。そしてエアが上に乗るのをトリガーとしてその円盤は地面に向かってジェット機の如く思いっきり風を噴射させる。
高く高く時計台の天辺へとエアは昇っていく。