シンデレラ.5
「何だ!?」
ロビーの誰もが中心で踊るエアと王子に見惚れていた。その視線の大半は当然やっかみの感情から発せられたものではあったが会場の注目は完全に二人の男女に集中していた。まるで世界には自分たち二人しか存在しないような態度で手を取り合う青年と少女。雅な二人と、背景と化す幾多の娘たち。
しかし、その穏やかな時間は突如として崩れ落ちた。理由は明々白々。お城をどでかい衝撃が襲ったのだ。
「……何よこれ」
王子に続き、エアも頭に疑問符を浮かべる。それと同じくしてパーティーに参加していた娘たちが洩れなく黄色い猿のような悲鳴を奏でだした。それもそのはず。天井を突き破って巨大なカボチャが飛び込んできたのだ。突如パーティー会場を襲ったパンプキンにパニックを起こす民衆。
「……あの馬鹿親父」
そんな中エアは怨嗟の声をぼそりと吐き捨てる。カボチャを挟んで向かい側の柱の陰に、ばつの悪そうな顔で立っている中年男性を見つけたからだ。
「……まさかジャック・オー・ランタンまで参加するとはな」
呆気にとられながら「やはりこれはハロウィンなのか?」と呟く王子の手をそっと振りほどくとエアは父親、正確にはその横にあるカボチャの元へと走り出す。ひしゃげて原型を留めてはいないが、そのカボチャは馬車のように見えた。父がそれと共に現れたという事はつまりあの馬車の中には、エラがいるのだ。「姉と自分が一緒にいるところを見られたら計画は台無しだ。一刻も早く退場しなければ」彼女はドレスを翻し疾走する。
「パパ!」
「おお、エアか。いや参ったよ。エラさんが王子の目に留まるようにと派手に登場しようとしたんだが……いささかやり過ぎたようだ」
王家の住む住宅の屋根に風穴を開けておいていささかで済ます中年魔法使い。とりあえずエアは再開の挨拶代わりに父親の顔面に拳をめり込ます。
「ほら、王子に見つかると具合が悪いから早く隠れるわよ」
そっとカボチャを覗き込み、姉が無事な様子を確認すると、父親を無理矢理引きずりながらエアは未だ土煙が舞うロビーを足早に退出する。後ろ見ると、のそのそと馬車から這い出るエラの姿があった。
「大丈夫かい?」
エアが立ち去った後にはまんまと彼女の策略に嵌り、エラの手を取る王子と「……ほえ?」とまるで状況を理解していない双子の姉の姿があった。
屈強な兵士たちがカボチャを外へとやると、中断していたパーティーは再開された。その中心では先程と同じく美しい男女が優雅にダンスを踊っている。女の方はカボチャ騒動の前後で入れ替わっているわけだが、それに気付いた者はいないようだ。
父親と一緒に柱の陰に隠れたエアは「よっしゃ」と小さくガッツポーズをとる。
「……娘よ」
柱に体重を預けた男が目の前の少女に問いかける。登場の演出が悪かったのか、娘に折檻を受けた痕が所々に見て取れた。
「なに、パパ?」
「お前は……本当にこれでいいのか?」
「どういう意味よ?」
父親の問いの意味が解からず、首を傾げるエア。父親は王子の腕の中で幸せそうな顔で踊るエラを指差す。
「余計なお節介を焼かなければ、お前がエラさんのポジションに収まる事が出来たんじゃあないのか?」
「……ああ」
エラ程に辛い境遇にあるわけではないが、一町娘であるエアが王子の妃に納まると言うのは大出世である。そんなチャンスを譲ってしまっていいのか、と父親は言っているのだ。そんな事は全然考えていなかった、とエアは軽く微笑む。
「若干惜しくもあるけどね。でも、家で灰かぶりなんて呼ばれる事もなく、ちょっと変人なパパとちょっとおっかないママと平和に暮らす。わたしにはそれで充分よ」
にっこりと笑いかける少女。そんな娘の微笑みを見て父親は「お前はなんていい娘なんだ!」と顔中を涙でぐしゃぐしゃにして彼女を抱きすくめる。
なんてことはなかった。代わりに彼の顔はびっしりと浮かべさせた汗が滝のように流れ落ち始めた。
「……なによ?」
父親の異常な態度に気付いたエアが詰問する。所謂、嫌な予感しかしない、というやつだ。
「いやな……どうせお前が、やっぱり王子様と結婚するのはわたしよ、だとか言い出すんだと思っててな」
「……それで?」
やはり何度推考しても嫌な予感しかしなかった。父親のお節介と言うものは大抵娘を嫌な目に合わせるのだ。
「やっぱり父親って言うのは娘の幸せを一番に願うもんだと私は思うんだよ」
「いいから結論から言って」
彼は一つ咳払いをしてこう続けた。
「エラさんにかけた魔法は十二時の鐘が鳴ると共に解ける。まあその事自体は彼女にも伝えているんだが……」
つまり父親は十二時のタイミングでエアとエラを入れ替える腹づもりであったらしい。自分の娘が王子の嫁になる為に魔法に制限時間を設けたのだ。
「魔法が解けたその時彼女は」
「お姉ちゃんは?」
父親の神妙な表情にエアは息を呑む。
「……すっぽんぽんになる」
そんな馬鹿な、エアは膝をついた。とりあえず父親の顔面は二、三発殴っておいた。