シンデレラ.3
「つーような事があったわけなのよ」
ところは戻って例の薄暗い小屋の中。自分で話していて不快な記憶が蘇ってきたのか、エアは机を指でトントンと叩きながら苛立ちを表現する。父親は「それは大変な目にあったなあ」と首を何度か縦に振りながら適当な相槌を打っていた。娘がそこまで情報を掴んでいる以上、誤魔化すのは無理だと判断したのだろう。ここからは彼女の機嫌を損ねて妻に密告される事態を防ぐ方へと注力しようと言う様子であった。
「大変な目どころじゃないわよ。なんでわたしが知らないババアの家で庭の草むしりなんかしなくちゃならないのよ」
机の表面を両の手で、どん、と一つ叩くと、少女は顔を真っ赤にしてわなわなと拳を振るわせた。とばっちりを受けて床に放り出された葡萄の房が迷惑そうな顔をする。
「正直な話ね、わたしは別にいいの。興味本位で首を突っ込んだ結果、老犬に手を噛まれたぐらいで流してもいいの……でもね」
そこで少女は息を一つ吐いてこう続けた。
「でも……お姉ちゃんが不憫でね」
そう言って目を伏せるエア。いつ実父があの意地の悪い中年女性と再婚したのかエアには知るよしもないが、彼女は自分が義父母の下でのうのうと暮らしている何年もの間、ずっと辛い目に合ってきた姉の事をずっと考えていた。悔しさからか少女の瞳には涙が浮かんでいる。
「そういうわけでパパ。あの醜悪なババアの魔の手からお姉ちゃんを助けるのを手伝って頂戴!」
そして、もう一度強く机に手を振り下ろすエア。振動に驚いたのか薄暗い部屋にはなお一層の埃たちが舞う。
「そうは言ってもなあ」
娘の申し出に渋い顔をする父親。
「具体的にどうするつもりだい?話を聞く限りそのエラさんの継母ってのは相当に性質が悪そうじゃあないか。中途半端に痛めつけてもむしろ家で鬱憤を晴らそうとする性格だろう。火に油なんじゃないのか?それとも殺しでもする気かい?」
「さすがにそれは気が引けるわね」
あまり気の引けていない表情でエアが頷く。その顔には、最悪殺しもいとわない、と言う覚悟が見て取れた。どんな覚悟だ。
「エラさんをウチで引き取るって言う手もなくはないが彼女の、まあぶっちゃけお前のでもあるが、お父上が存命である以上色々と難しいんじゃないのか?」
娘が実父への憧憬にウエイトを置いてない事を感じた父親は淡々と事実を述べる。
「そうなのよねえ……そう言えばわたしは何でパパのところへ引き取られたの?」
「……まあ色々だよ」
実際、何ということはない、お金が欲しいエアの実父と、子供が欲しい魔法使い、お互いの思惑が重なっただけの話だ。だが、さすがに年頃の娘に「お前は金で売られてきたんだ」と伝えるのははばかられたようで返答に口ごもる魔法使い。
「まあいいわ。色々とあったんでしょう」
父親の機微を感じ取ったのか単に興味がないのか少女はさらっと話を流す。このさばけた性格が彼女の一番の美徳であるのかもしれない。
「それよりこれを見て!」
少女は満面の笑みを浮かべて一枚の紙を高々と掲げた。父親は娘が持つ上質な紙の上に踊る文字に目を滑らす。
「舞踏会のお知らせ?」
「そう、実はこれ王子様が結婚相手を選ぶために年頃の若い娘を城に集めて品定めしようって企画なのよ。これでお姉ちゃんを王子様の目に留めてもらってお嫁さんに迎えてもらおうって作戦よ!」
「なるほどねえ」
娘から無謀とも思える計画を嬉々として語られた父親は曖昧に笑う。普通なら「馬鹿かお前は?」と窘める立場にあるのだが、「娘の双子で同程度の器量を持っているならばその計画もあながち不可能ではないのかもしれないな」と親馬鹿な思考を展開させていた。
「で、私は何をすればいいんだ?」
男はそう言って手元の紙切れから顔を上げ、エアの方へと視線を移す。元来、こういう馬鹿げた事が好きなのだろう。魔法使いと言う人種はいつの時代もそうである。
「きっと、この知らせはお姉ちゃんの家にも届いてると思うの。でも、あのクソババアがお姉ちゃんにこんなチャンスを与えるはずがない。自分の実の娘の競争相手になるし、貴重な労働力が減るしね」
エアの言葉に「確かにその通りだな」と頷く父親。確かに二人が言うとおりエラの継母とやらが素直に彼女を舞踏会に参加させるとは到底思えない。
「だから、パパには舞踏会の当日にババアの妨害を掻い潜ってお姉ちゃんをお城にエスコートする役目を頼みたいのよ。きっとドレスとか綺麗な靴とか持っていないだろうからとびっきりいいやつをこしらえてあげてね」
「いいだろう」
ドレスの色はどうしようか。靴の素材は。馬車なんかもいるよなあ。なんて事を考えながら、男は最後にこう言った。
「代わりに一連の話はママにはするんじゃないぞ?特に私が夜のお店に足繁く通っている事とかな」
情けない交換条件を出す父親を見てエアは満足そうに頷いた。