シンデレラ.9
「んな事出来るかあああああああああああああああああああああ!!!!」
静寂な階段の踊場に少女の絶叫が響き渡る。続いてお城全体を揺らすような鈍い音が響く。ついに堪忍袋の尾がきれたエアの右手が王子の頬を打ったのだ。もちろんグーでた。しかも、ノーパンでだ。
「ふざけんな!この変態!変態王子が!」
目尻に涙を浮かべながらドスドスと何度も鈍い音を鳴らして王子を殴打するエア。ドスドス変態!ドスドス変態!のリズムだ。
「ちょ。待て。おいやめろ」
泣きながら一国のトップにあたる人物の顔面を殴り続ける年頃の少女と、拳の弾幕にひたすら耐え続ける一国のトップに立つ青年。中々見れない絵面だ。そして、何度も言うが少女はノーパンである。
「だから、やめろって。悪かったよ悪かった」
王子がこりゃかなわんと、いつものポーカーフェイスを崩して訴える。もちろんエアが拳を収めることはなく、ハンサムな青年の顔には青痣が増えていく。
「何も泣かすつもりはなかったんだ」
目の前の青年が何かを言っているが当然エアは耳を貸すつもりはない。この時点で少女は、この男をここで亡き者にした時の逃亡生活を送る日々まで想像を膨らませていた。
「ただ、お姉さんの為に頑張る君があまりにも可愛くてね」
「……え?」
その言葉に少女の拳が止まる。顔面が腫れ上がって既に面影もない王子はさらにこう続ける。
「カボチャが突っ込んできた時に入れ替わったんだろ?」
「なんで……」
なんで判ったの。その言葉が続かない。
「人を見る目はあるって最初に言ったろう?」
いつものスマイルもぼこぼこの顔では決まらない。
「まあこれは王子である僕を欺こうとしたお仕置きだと思ってくれ。本来なら打ち首でもおかしくはないぜ?」
そう、王子は全て知っていたのだ。エアがエラではない事、姉の為に献身的に王子に取り入ろうとしている事、彼女が簡単に断れない事、それらを全て理解した上であんな命令をしていたのだ。最悪な男である。
「さて、そこにいる君」
王子が階段脇に生えている木を指差してそう言った。
「ははは、上手く隠れていたつもりだったのですが」
「……パパ?」
エアが視線を向けたその先には鼻血をドクドクと滴らせる魔法使いの姿があった。ずっとそこから娘の痴態を窺っていただのだろう。こいつもまた最悪な男である。
「中々に難儀な父君のようだね」
肩をすくめる王子。横には父親を折檻する少女。
「お父上、貴方に頼みがある」
「まあ、私に出来る事であれば」
王子と同じく顔をぼこぼこに腫らせた魔法使いはそう答える。お城の階段は既に二人の男の血で真っ赤に染まっていた。
「そうだな。とりあえずもう一度これをガラスの靴にしてもらおうか。もちろん今度は時間制限なしでだ」
「それは構いませんが、何故です?」
干し芋のような靴を受け取って、疑問を口にする魔法使い。
「詳しくは聞かないが君はエラさんに身分を明かしていないんだろう?」
「そうだけど、それが何よ?」
敵意剥き出しの目で食ってかかるエア。もう猫を被る必要も無い。
「だったら、僕がエラさんの家に出向くのは不自然じゃあないか。どうやって彼女の家を突き止めたのか問われたら答えに窮する事になる」
なるほど、それは確かにそうかもしれない。「お姉ちゃんはわたしの存在を知らないんだ」とその事実にエアは首肯する。
「それでこの靴さ」
王子は魔法使いの手にある靴を顎で指す。
「明日、この靴がピッタリ合う女性を妻にすると言うお触れを出すのさ。大公に靴を持たせて国中の家の娘に履かせてみる事にするよ。もちろんエラさんと足の大きさが同じ人間は何人もいるだろうが、こんなのは大義名分だからね」
つまり民衆や事情を知らないエラに対してのパフォーマンスと言うわけだ。回りくどい気もするが、特にこれと言って代替案も浮かばない。
「それにもし靴にサイズを合わす為に足を削るような馬鹿がいたら傑作だろ?」
ここに至ってエアは気付く。王子が言っている言葉の意味に。
「ちょっと待って!」
「なんだい?やっぱりお姉ちゃんじゃなくてわたしが王子様の妻になりたいです、とか言うなよ?」
「死んでも言わんわ!」
エアの拳が刺さった王子の腹に傷がまた一つ増える。
「……君はちょっと愛情表現が過激すぎるぞ」
「そうじゃなくて、お姉ちゃんをお嫁さんに迎えてくれるんですか?」
「元よりそのつもりだが?」
事もなげに王子はそう言った。今更何を、と言わんばかりの態度である。
「彼女も君と同じように魅力的な女性だしね。それに君みたいなツンデレちゃんも好きだけど、どちらかと言うと僕はお姉さんの方がタイプなんだよ。それよりさ」
王子は口の端を吊り上げてこう続けた。
「そろそろ下着を履きなよ」
王子の生傷がさらに一つ増えたのは言うまでもない。