月と彼女と僕と
僕には空を見上げる習慣がなかった。
例えば今日の天気を聞かれても晴れだったか曇りだったかを答えることすら出来ない。
雨は降ってなかった、としか答えられない。
そんな僕だけれど、最近良く空を見るようになった。
特に夜空、月を見るようになった。
彼女の影響だ。
彼女は暇さえあれば、いつだって月を見ていた。
「今日は小さな月だね」
月の大きさが何らかの影響で、大きく見えたり小さく見えたりする事ぐらいならば知っているけれど、月見ビギナーの僕には果たして今日の月が小さいのか普通なのかは分からない。
大きくはないとは思うから、とりあえずそう言ってみた。
彼女は何も答えない。
僕の言葉に反応する事無く、月を見ていた。
一体何がそんなに楽しいのだろうか。
彼女のとなりに座り、部屋の照明を消し、窓辺に座り月を眺めること五分。
僕はそろそろ飽きてきた。
でも、彼女は夢中に月を見ていた。
分からない。
全然分からない。
せいぜい雲に隠れたり、雲から顔を出したり、その程度の変化しかない月を見ていて、何がそんなに面白いのか、僕には全然分からない。
結局、月を見ることに飽きた僕は、彼女の横顔を眺めていた。
月相手には飽きてしまった五分は直ぐに過ぎた。
それから、十分、二十分、一時間、二時間。
僕は彼女の横顔を眺めていた。
全く飽きはしなかった。
時間が許す限り、ずっと眺めていたかった。
そうか。
きっと、彼女にとっての月は、僕にとっての彼女の横顔なのだろう。
分からないけれど、分かった。
きっと、そうなんだ。
疑問が解決したのがキッカケか、僕は空腹に気が付いた。
彼女を窓辺に残し、ご飯の支度をする。
と言っても、時間も時間だ。
お茶漬けと缶詰の手抜きディナー。
僕は彼女に声をかけた。
「ミケや。ご飯にしよう」
彼女は返事のつもりなのだろう。
一度だけニャーと鳴いて、傍に駆け寄ってきた。
その動きは、ご飯に走り寄る動きは、普段殆ど動かず月を眺めてばかりの彼女が雄一見せる、とてもとてもすばやい動作だった。
そんな彼女を見ながら、結局、月より横顔よりもご飯優先な、僕ら。
似ている二人なんだなと思った。