1-7
1-7
数分も過ぎたと感じる頃、祖父のキャパは既に収まりが付かなくなり停止している。蓄音器はその針を落とし、レコード盤だけが回っていた。なんとか意識を保ったままの毅は十分焦って麗人に尋ねた。
「と、とんでもないことを言いますね。こんなボロ家に置いてくださいなんて」
「この本がここにあるのはきっと何かの運命です。私をここに」
勢い詰め寄ってくる麗人に何とか引き返す気を起こそうと試行錯誤をする。
「い、家の人が心配します」
「私家が無いんです」
この辺りから心臓の鼓動が煩く鳴り始め、なにか不味い事に首どころか半身くらい突っ込んでいるのではないのかと思うようになっていた。
冗談を貶す笑いと共に言葉を返す。
「そんな馬鹿な、だってじいやが・・・・・・」
「じいや?なんの事でしょう」
麗人の卑しく笑う口元が恐怖を呼ぶ。
「え、え?」
「あなたが“呼んだ”のですよ?」
呼んだとはなんのことだろうか、祖父を呼んだのがそんなにいけない事だったのだろうか。毅はいよいよ思考のキャパが限界になりそうだった。となりで回り続ける蓄音器のレコードの無機質感でさえ、恐怖を覚える。はくはくと口を無意味に開ける毅に、全身黒尽くめの麗人は丁寧な自己紹介をした。
「申し遅れました。私、『アネッサ』と申します」
「アネ・・・・・・ッサ?」
「はい」
名前を繰り返すとアネッサと名乗った麗人は綺麗な笑みを向けた。謎の本は未だカウンターの上で黙っている。タイトルは『ANNESSA』。何かがおかしい、こんな不可思議はかつて経験したことがない。
「・・・・・・」
毅は目の前が真っ暗になった。
静かになった店内、空で低く唸る飛行機のエンジン音が地上に降りて来ていた。風鈴の乾いた音が鳴り、そよ風がふわりと入ってアネッサのドレスを揺らした。アネッサは意識を失ったまま立ちすくんでる器用な二人を余所に、蓄音器の依然として回り続けるレコードを止めた。そして、自分の座っていたイス、テーブルや茶器に向けて指をクイクイと動かすと、それらは何か煌く粉のようなものを纏いながらアネッサのポーチへ吸い込まれていった。
「ご利用ありがとうございます」
精一杯の可愛さでそう言うと、固まっていた二人は同時に倒れた。そんな二人に少し驚くも、直ぐに楽しそうにクスクスと笑った。