4-4
4-4
本日、毅の退院祝いと称しての晩御飯が振る舞われた。しかし、その見栄えと言えばどこぞの家庭でも良く見る面ばかり。豚肉の生姜焼きにひじきの煮物、シジミのみそ汁等々。いや、品数は少しばかりいつもより増えているようにも見える。例えばそこのほうれん草のおひたしとか。品が増えたという点では豪華と言えるが、しかしそんな事はもはやどうでもいい。
「なーんで俺が作ってるんでしょうねぇ」
毅が険相な表情を祖父に向けながら、みそ汁を食卓に三つ置く。所々に立つ湯気は各々の匂いを纏わせて空と溶け込んだ。
何故こんなことになっているのかというと、理由は実に簡単で、アネッサが一向に姿形を現さないので毅がキッチンに立つことになったという体である。祖父は色々論外。とてもシンプルな理由で、かつ自然的に毅は退院日に晩御飯を作って見せた。
「いやぁ今朝お前を迎えに行った時は張り切っておったんだがなぁ、アネッサちゃん」
先程まで寝こけていた祖父は置かれたみそ汁をひょいと持って啜った。シジミの出汁を舌で味わう。確かに張り切っている様子は冷蔵庫の中を見ればわかる事だった。既に揃えられた食材の数々、だからこそこんなに品数を用意することができたわけだが、だがしかし・・・・・・。
「・・・・・・」
まぁ、思い当たる節がないわけではない。というか思い当たる節しかない。十中八九昼の出来事だろう、あれからアネッサの姿を見かけないのが証拠になりうる。
「なんじゃ、お前ぇなんか心当たりあるんか?」
毅の気不味そうに視線を斜めに落とす様子に祖父が尋ねた。毅は誤魔化す。
「い、いや別に。心はずれ、かな」
「上で寝とるんじゃないか?飯が冷めるぞ、起こしてきてやれ」
「えー、・・・・・・」
気の進まない事この上ない。まだどの面を合わせればいいのか分からないのに。しかし、このまま出てこないのでは確かに晩飯が冷める。後で片づけるのも面倒だ。
毅は二階にあがり、アネッサの部屋の戸を引いた。
「おーい、アネッサ?」
月夜に虫音に明りの付いた小さな家。寝ている様子ではなさそうなので、毅は家に近付き優しく指で突いてみた。
「おーい、聞こえてんの?寝てんの?ご飯できてるよ。ってかなんで俺が作ってるの?」
「・・・・・・、今、行きます」
辛うじて返ってきた声に、毅は明らかに不審がった。死にそうなほど元気が無い。
「おい、大丈夫か?具合でも悪い?」
「いえ、大丈夫です。直ぐに行きますので、下で待っていてください」
なんだか急によそよそしくなったアネッサに、毅はツっこむ言葉も見当たらず、短い返しをして階段を降りた。
「直ぐ来るってさ、先に食べてていいみたい」
「そうかぁ、じゃあいただくか」
「そだね」
久しぶりの祖父と二人での晩御飯。テレビの音、バックに虫が鳴いている。平穏という居心地の良さが一寸の不安をも包み込み、静かな夜を過ごす。一か月前までこれが普通であったが、いやに淋しい。
暫くして階段を叩く音がしたと思ったら、アネッサが二階から降りてきた。しかしその様子と言えば、服装は珍しくTシャツにショートパンツとかなりラフな格好をしており、しかもなんだか疲れきって見える。それが不思議で毅は尋ねた。
「どうしたその格好?てか、大丈夫?」
「えぇ、・・・・・・ちょっと準備を」
準備とはなんなのだろう、嫌な事を聞いた気がする。なにか爆弾でも落とす計画を立てていたのだろうか。しかし、なんでもできるアネッサに準備が必要だと言う所を見ると、さぞ仰々しいことでもするに違いない。
不安が募った。
「お前、さてはなんか企んでんのか?」
「あー、・・・・・・まぁ、そんなところです。いただきます」
思春期の少年のような素気ない適当な切り返しをし、飯を喰らうアネッサ。気の変りようが朝とは全然違う。というか別人だ。まさかあんなことをしたせいでアネッサに嫌われたのだろうか。いやしかしあれは衝動に駆られたというか、情緒不安定が生みだした悪戯というか。
「・・・・・・」
毅は盗み見ながらご飯を口に運ぶ。もともと奇抜な容姿故にそのラフな格好がミスマッチだ。普段隠れている四肢が露わになったのを見て、なにやら落ち着かない。
「着替えた方が、よろしいですか?」
アネッサが珍しく気を使うような姿勢で毅に尋ねる。盗み見も大概にしないと不自然極まりない。心中を察さられた毅は冷や汗を悟られぬよう、自然に断った。
「いやぁ、別に、いいんじゃん?」
自然に。とは取り繕うと不自然になる。これ当然に極まれたところで、毅は視線を反らして飯を喰らった。
「そうじゃ、アネッサちゃんは思った通り美脚だわい」
祖父は祖父でアネッサの滑らかに伸びる足を称賛した。まったくいつも能天気で他人の気も知った事ではないと見える。
「ありがとうございます」
さて、晩御飯もほとほと終わり毅は自分の食器を洗い始めた。アネッサも直ぐに食べ終え、自分の皿をシンクの中へ魔法でふわりと飛ばした。そしてまた素っ気のない様子で自分の部屋へ戻っていった。
「なんだろ、なんか変だな」
手を止めて考えてみる。なんとなくだが、例のあのキスのことはアネッサは気にしていないように思える。まぁ頬にキスなんてよくよく考えてみれば接吻ほどのものではないだろう。ではあの様子は如何な理由か、普段なら食器洗いの願いをねだりに物を寄こせと騒ぐくせに。
暫く考えたが、答えには辿りつく気配はない。
「ふーぃ、腹が膨れりゃ眠くなるってな」
後ろで祖父が食べ終わった食器を前に早々目を閉じようとしている。毅は叱咤した。
「寝るなら風呂入れ!」
「食休みじゃ」
「じゃあ目を閉じるな!」
「なんじゃ、お前はわしに目を閉じずに寝ろと言うのか!」
「寝るなっつってんだ!」
食器を下げながら凄む。昔から、というか祖父はずっとこうだったのだろう。毅はふと思った。
ずっと自由で、気楽で、そして周りもなんとなくそんな祖父であってほしいと、楽しく生きてくれればいいと思っていたに違いない。
現に毅がそう思っているのだから。しかしこうして叱るのは家族故のふれあいとでも言うべきか、まぁ一男子高校生がこうも世話に手を焼くと言うのも不自然なものなのだろうか。
「よし、後は風呂に入って寝るだけだな」
家事を片づけ、一息付く。テレビではお笑い番組が放送中で、眠たい漫才が映し出されている。祖父はそんな眠りの誘いに素直に導かれ、ウトウトしだした。
「じーちゃん!」
「ふごぉっ」
「風呂入れって」
「・・・・・・おう」
頭の冴えないままのったりと立ち上がると、和室のタンスから着替えを出しふらふらと脱衣所へ向かった。
「はぁ、俺が就職するまで何もないといいけど」
不安が付きまとう祖父の様子に、毅はそんなことをひとりごちした。両親はなんとなく当てにはならないかもと、毅は思っていた。ここ一ヶ月なんの連絡もしてこない両親。
いや、本当の事を言うといないのではないかとさえ思ってしまう。記憶の中の両親がいまいち思い出せないのだ。しかしいないはずもない。両親がいないとすれば自分はなんなのか。
「あれ、・・・・・・?」
急に眩暈の感覚に駆られ、テーブルに寄りかかる。なにかがおかしい、・・・・・・。
毅は両親の顔も声も手も足も、思い出せなくなっている自分に困惑した。頭を押さえて気持ちを落ち着かせる。どんなに冷静になろうとしても、両親だけでなく、学校のことや祖父のことなんかも不明瞭になっていった。学校はどこにあったか、祖父の名前はなんだったか、自分がなぜここにいるのか、・・・・・・。
・・・・・・はて。
俺は、一体誰なのだろう。




