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聖堂(ひじりどう)。 ~ちょっと変わった骨董屋~

黄金色の愛情 ~二人の生活の始まり~

作者: 悠凪

本編をご覧になっていない方は、なんのこっちゃと思われるかもしれませんが、コウは不思議な力を持つ祈祷師さん、(きよ)はコウを慕っていた少女です。聖の村を出て、新しい生活の始まりを書いてみました。二人のほのぼのした雰囲気を楽しんでもらえたらなぁと思います。

「先生。これはどこに置きましょうか?」

「そうですねぇ…ここらにでも置いておきましょうか」

「ではこれはどうしましょう?」

「あぁ、それは…」

 そんなやり取りが聞こえるのは、海辺の集落の小さな家。長い髪の目元が優しげな柔和な雰囲気の男と、大きな瞳の愛らしい、青い髪飾りの三つ編みの少女が、荷物の整理をしていた。

 決して、綺麗とは言えないが、こざっぱりした家は坂道の一番上にあり、気持ちの良い海風と、見晴らしの良さだけは集落で一番と言って良い。先日二人でここを訪れて、景色のよさに定住の場所とした。

 不思議な力を持つ男が、祈祷師として村人の病や悩みを癒す代わりにと与えられた家で、今日から二人の生活が始まる。


 (きよ)は小さな体で、大きな荷物を運ぼうと顔を真っ赤にして抱えあげた。それを見たコウは小さく笑って、代わりにその荷物を聖から受け取るように持ち上げる。細身なのに、軽々と持ち上げる様子に聖は目を丸くした。

「先生は力があったのですね」

 聖のあまりにも直接的な言い方に、今度はコウが目を丸くして、それからふんわりと微笑んだ。小柄な聖を見下ろしてやや呆れたような、でも優しい声で答える。

「貴女よりはありますよ。私も一応男ですから」

「そうですね、すみません」

「謝る必要はありませんが、無理しないで重たいものは私に言ってくださいね。あなたに怪我でもされたら困りますから」

 穏やかな笑顔でそう言うと、荷物など持っていないような軽々とした足取りで家の中に入って行った。聖は風呂敷に包んだ衣類を二つ、両手に持ってその後に続く。

 日当たりの良い縁側から差し込む日差しのおかげで、家の中は十分明るい。二つしか部屋はないが、それほど多くない荷物のおかげで二人で住むにはちょうど良い大きさだった。

「もし私が怪我をしても、先生がいればすぐ治るんじゃないですか?」

 聖が何となくそう言うと、荷解きをしていたコウの手が止まって、聖を振り返る。その顔は少しばかり不機嫌な様子だ。

「先生?」

 聖がキョトンとすると、コウは聖を手招きして目の前に座らせた。膝同士がくっつくほどに向き合って正座をした聖に、コウは静かに言う。

「貴女が怪我をして、誰が喜ぶのですか?」

「え?」

「私は確かに癒すことなど簡単ですよ。ですが、怪我をした貴女を見て、私が何も思わないとでも?」

 聖はそこまで言われて、自分が馬鹿なことを言ったと悟る。コウが怪我をしたらと思うと、それだけで嫌な気持ちになったからだ。

「…すみません。変なこと言いました」

 しゅんと、俯いてしまった聖にコウは小さく溜息をつくと、不意にその小さな体を抱きしめた。あまりにも自然なその腕に、聖はあっさりと捕まってしまった。

「そんなところも嫌いではありませんが…出来ればもう少し、物事を考えて話して下さるともっと好きですよ」

「………」

 コウの言葉に、聖は返事をしない。俯いたまま、ピクリとも動かない様子を、コウは不思議に思って腕を解き顔を覗き込んだ。

 見ると聖はその顔をコウが驚くほどに赤く染めて、目を潤ませて上目遣いに目の前にある顔を見つめてきた。

「どうしましたか?」

「…びっくりしました」

「はい?」

「先生が、こんな…こんな風に…」

「こんな風に?」

「っ……言えませんっ」

 聖は突然大きな声を上げてそっぽを向いた。もう顔どころではなく、耳から首筋まで赤く染まっている。それがコウには面白くて、珍しく声を立てて笑った。

「どうして笑うんですかっ」

 笑われてショックだったのか、聖はますます涙目になってコウを睨んだ。しかしそんな目で睨まれても何の効果もない。コウは正座していた脚を寛げ、胡坐をかいて肩を揺らして笑った。いつも優しげな目元が更に下がり、その顔が少しだけ幼く見えるほどの笑顔に、聖は思わず見とれてしまった。

 聖はコウの笑顔が大好きだ。

 いつもふんわりと微笑むあの笑顔。だが、ここまで笑った姿を見たことがない。余裕げな笑顔も良いが、聖には今のような笑い方や顔の方が、コウを近くに感じられて、ほっとするような甘いような、どうしようもないほどの幸せな感覚に包まれる。

「先生?」

「…なんですか?」

 目尻に浮かんだ涙を拭いながらコウは返事をする。聖は大きな穢れのない瞳に、湛えきれないほどの愛情を見せてにっこりっと笑った。

 コウの大好きな笑顔が、花が咲くように。

「先生のこと、これからたくさん教えてくださいね。大好きです。先生のこと」

 純粋でまっすぐな言葉を投げかけられて、コウは目を見開き、それから気まずそうに顔を背けて綺麗な手でその口元を隠した。

「先生…?」

「………」

「どうかされましたか?」

 聖がすっと顔を近づけてコウの顔を覗き込む。その目に見えたのは、少しだけ赤らめた男の顔。

「顔、赤いですよ…」

「…分かっています」

「具合でも悪いのですか?お布団の準備しましょうか?」

「いえ…そこまでは……まったく、貴女という方は…」

「はい?」

 聖が顔を覗き込んだまま首をかしげると、コウがその顔に対して反対側に角度を傾けた顔を近づける。

 そのまま、お互いの唇が重なり、温かな感覚を共有した。穏やかな日差しの入り込む小さな部屋の中で、自分の睫毛越しに聖の驚く顔を見たコウは、こんな穏やかな時間が訪れたことに、誰にでもなく感謝した。






 潮騒が僅かに聞こえ、満月が優しい光を注ぐ夜。

 コウは静かに眠る聖の寝顔を眺めていた。二組の布団が並ぶ部屋の中に月光がやんわりと光を与えてくれて、幼さの残る聖の顔が照らされている。

「これから、何をしましょうか」

 額に散らばる聖の髪の毛を、細い指で整えながら、コウは小さな声で語りかける。聖はぐっすりと眠り込んでいて返事はない。

「貴女の人生を私に預けて頂いて、感謝しても仕切れません。ですから、私の出来ることは何でもしますよ。私の全てが貴女のものですからね」

 優しい穏やかな顔で聖を見つめる。でもその顔は少し切なそうにも見えた。

「最期まで、貴女の隣にいさせてくださいね、聖」

 自分とは、寿命の長さがまったく違う少女とのこれから。

 コウは近い将来訪れるであろう別れも考えながら言葉を零して、その寝顔にそっと唇を寄せた。

 

 


 


 

ありがとうございました。

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