第九話 「夜の侵入者」
ごめんなさいでした!続きです!
「どちらにしても」
夜、由衣とグラスを交わしながら由忠は言った。
「敵、というには、あまりに非人道的だな」
「そうね……」
由衣もその点については異存はない。
「こんな善人の鏡のような男を相手に、あんな子供を出すとは」
「あんた、脳の検査受けてきなよ」
「今回の敵は気に入らない」
「相手も同じ感想持ってるはずよ?間違いなく」
「ずいぶんとイヤミなことばかりいうな」
「客観的な事実といって」
「フン……」
「ねぇ」
由衣はずいっと体を前に出しながら言った。
「よく言うじゃない」
「ん?」
「結婚したら変わるって。男も女も」
「違うな」
由忠は言った。
「変わるんじゃない。自ら変えるんだ」
「変えられたの?自分を」
「結婚した以上、それまでの生き方を、多少は変えるのは当然だろ?」
「横暴と無謀と乱暴の塊みたいなのは、結婚してからのこと?次はユーモアのセンスでも身につけたらどう?的が外れすぎて笑えない」
むっ。とした由忠は言った。
「もともとユーモアはある。若い頃は面白い男で通ってたんだ。」
「相当つまんない環境にいたのね」
「チッ」
舌打ちした由忠は、グラスを乱暴に煽った。
「くさびのお頭みたいな伝説的な血を引いてるんだからさ。もったいないよ」
「―――俺がバカやり続けているのは、ああなりたくないからだ」
ポツリと、由忠は言った。
「ああなると悲惨すぎる」
「え?」
伝説のくさびのお頭が悲惨?
由衣は、その意味を把握しかねた。
「どういうこと?」
「大きな声では言えないな」
「小さな声じゃ聞こえないでしょう?」
その通りだろう。
そんな発言は発言ではない。
由忠も不承不承、それは認める。
会議中に後ろの方でゴニョゴニョ。
エライ奴に限ってそうだ。
その後、何かあれば訳知り顔で「だからあの時反対したのに」と来る。
そんなセリフは評論家にだけさせていればいい。どうせ誰も聞いてないんだから。
「もうっ!伯爵が何いちびったこと言ってるのよ!」
ドンッ!
由衣が由忠の背を強く叩く。
「もっとシャンとしな!みっともない!」
グラスを強引に煽った由衣が怒鳴る。
「こういう時は、女がジンッと来るようなセリフの一つも決めてさ!―――ほら、なんていったっけ?しっかりしてなければ生きていけない、とか!」
「……」
由忠はあきれ顔で由衣を見つめ、
「あのなぁ」
「な、なによ?」
「いいか?下手な決めセリフなんていうだけバカだ。んなセリフ、マジになって言ってみろ。帰ってくるのは嘲りだけだ。人の心からの言葉を鼻で笑い、虚ろな上辺だけの言葉だけを喜ぶ……それが今のニンゲンだ」
「でも、かなりの地位でしょう?伯爵って。それなら」
「騎士、特に魔法騎士は人間扱いされない」
由忠は、面白くもない。という顔で皿にのったピーナッツを口に放り込んだ。
「社会では異物だからな。いわば人間としては半人前。肩書きと力がなければそんなものだ。わかるだろう?社会で一端の人間として認められない惨めさは」
そう。
それは確かにそうだ。
騎士。
それは栄光の対象であると同時に、差別の対象でもある。
一般とはどこか違った環境。
それが騎士の生きる世界であることは、由衣も否定出来ない。
その経験を思い出し、手の中でグラスを玩びながら、由衣は答えた。
「うんざりするくらい……あーあ。聞いているだけで人間辞めたくなるわ……妖魔か魔族にでもなろうかしら」
「そうさ、くそまじめで通った爺様も親父も、近衛を辞めた後、あんなにかわっちまったのは、そんな気持ちを抑えられなかったからだ。全ては人と接したから」
「人と、接した?」
「ああ。昔気質で礼儀を重んずる男達だ。そんな男達の周囲にいるのは、親友面、忠義面はしてても所詮は人だ。そんな連中はな?親父達の礼儀を酒のつまみにして嘲る。で言うのさ。“バカじゃないか?”とな。だから少なくとも親父は、最後にゃ回りに人を近づけなかった。そうやって死んでいった」
「でも、そうやって人は生きるものよ?多分、その人達だってジョークのつもりで」
「それを認めたくないのさ。心を開いた相手に裏表はない。言った言葉にも……そう、信じたいから。恐らく、親父達が世間に出るということは、殺意と戦うことだったろうよ」
「昔気質も大変だ―――でも、それはアンタも同じじゃない?あんた、皮肉は言うけど、普通の礼節はわきまえてるからね」
「前者は否定する。後者は認めよう。大いに」
「前言撤回」
「―――かくいう俺も」
由忠は、由衣の腰に強引に手を回しながら言った。
「親父達が世間で苦労した理由がこの歳になってわかってきた」
「それって老けたってこと?」
由衣は抵抗するどころか、むしろ由忠に体を預けながらそう言った。
「親父達は世間の、人間の本質が見えていたが、それを受け入れられなかったからだ」
「あんたは?」
「同類さ」
「ふふっ……」
由衣は吹き出した。
「私が抱かれる相手は、一体、何世紀の人なの?」
「永遠の存在さ。女はみんな、そう言ってくれる」
「そのみんなって奴を連れてきなよ」
「取りなしてくれるのか?」
「オトコの仕事でしょ?」」
その頃―――
NASAのシャトルX-31が大気圏に突入していた。
灼熱化する機内。
そこにいる男達はパニックになっていた。
「ヒーュストン!」
「呼び続けろ!」
X-31は望んで大気圏に突入したわけではない。
機体の姿勢制御プログラムが突然暴走し、機体が大気圏に突入したのだ。
「マニュアルは!?」
「よし―――これだ!」
クルーの一人が緊急マニュアルから該当するページを見つけだした。
「よし!よくやった!」
機長が力強い手でクルーの肩を叩く。
「で?対応は?」
「緊急姿勢制御システムを起動してください!」
「どこだ?」
「コントロールパネル→パフォーマンスとメンテナンス→管理ツールの中です!」
「GUIが進化してくれて助かるな」
画面を手早く操作するクルーの様子を見ながら、機長は安堵の声を漏らす。
「よし!これだ!」
これがあれば助かる!
その一縷の望みを賭け、クルーは必要な箇所を開こうとして―――
「……」
思わず凍り付いた。
画面表示を見たせいだ。
『緊急姿勢制御システムを使用するには、サービスパック1をお買い求め下さい』
「……ど、どこで拍ってるんだよ」
「捜せ!CDかDVDだ!」
機長が怒鳴る。
「メーカーにNASAが買わされている可能性が高い!」
クルーは四方に散って機内を物色する。
「あった!」
クルーが高々と掲げるのはCDだ。
「よくやった!」
クルーがCDを読み込ませると―――
「インストール作業に30〜60分かかります」
うわぁぁぁっ!
もたねぇよ!
「NASAの技術を信じろ!」
機長がクルーを一喝する。
「シリコンバレーを追われてやむを得ず努めてるオタクどもの巣窟が作り出したこのシャトル!ゲーツ程度に負けるか!」
地上に降りたら絶対殺す!
クルーはそう決心する中、画面が動いた。
『インストールが終了しました』
「奇跡だ!」
機内が湧く。
「よし!次の操作だ!」
「了解!」
カチッ
『シリアルナンバーを半角英数字で入力して下さい』
「……」
「……」
「機長!」
静寂を引き裂いたのは、副機長の怒鳴り声だ。
「もうダメです!」
「落ち着け!ハガキを捜せばいい!」
「CDキーは有効期限を過ぎています!」
「……諸君」
うなだれる機長は重々しい声で言った。
「私は、君たちと共に宇宙に行けた。それだけで満足だった」
機内にはむせび泣く声が静に響く。
「だが」
機長は顔を上げた。
その顔は憤怒に満ちていた。
「我々は、ただでは死なない!こんなヒデぇOSでボロ儲けするクソッタレのファッキン野郎を道連れにしてやらねば気が済まん!」
「そうだ!」
クルーが叫ぶ。
「あのゲーツを道連れに!」
「ソフト会社の本社ビルを捜せ!こいつでカミカゼアタックしてやる!」
「いや!あいつの豪邸を探せ!そっちの方が分がある!」
「あいつら殺せば俺達は真の英雄だぞ!」
「これで俺達は、人類で最も意義のある死に方が出来るんだ!」
「うぉぉぉぉぉっ!その通りだぁっ!」
そして、X-31は流れ星になった。
数時間後―――。
ワシントン議事堂のプレスルームでは、連邦議会議長が記者の前にいた。
「X-31は、ホワイトハウスを狙って墜落した?」
「違うでしょうね」
「違う?」
「ええ。突入ルートから考えると、彼らは手動でルートを変更しようとして、半ば成功した。―――彼らの目指したのは、ホワイトハウス周辺を買い取って出来たゲーツ邸。―――惜しいことです」
否定するプレスはいない。
議長は続ける。
「確かに、X31は大変な悲劇です。アメリカの宇宙計画に与えた影響からすると、シャトル・テキサス以上です……なにしろこいつは、ホワイトハウスにおっこちましたからね。テキサス生まれの大統領のいる」
「後任の大統領は、副大統領が?」
「そうです」
議長は疲れ果てた顔で頷いた。
「大統領の支持基盤が送り出した彼が、大統領となるでしょう。それがイヤならクーデターをおこされることをお奨めします。人間の尊厳を護るためにも」
「ええ。テキサスは人間じゃなくて牛が選挙権握ってますから」
同じ頃、ルーマニアは深夜を迎え、アメリカでも出来事を露ほども知らない由忠達は、眠っていた。
「……」
スッと由忠が目を覚ます。
「……起きてる?」
由忠に抱かれて眠っていた由衣も目を覚ました。
「敵さんだな」
由忠が起きあがろうとしたその瞬間、
バリンッ!
窓ガラスが吹き飛び、何かが飛び込んできた。
「っ!!」
パッ!
ベッドから跳んだ由忠達は、とっさに武器を構えた。
「ち、ちょっと!」
不意に由衣から抗議の声が飛ぶ。
「なんであんた、服着てるの!?」
「この程度、間男するには必須の技術だ」
「最っ低!」
「褒め言葉ありがとう!」
ギインッ!
霊刃同士がぶつかり合う。
「由衣!気をつけろ!こいつら魔法騎士だ!」
「わかってるわよ!」
由衣は魔法障壁で攻撃を避けつつ、反撃の機会をうかがう。
「しかも、こいつらまた子供!」
黒装束に全身を包む敵。
顔は隠せても、その背丈までは隠せない。
間違いなく、子供だ。
「殺れ!」
3人の敵を魔法攻撃で一瞬のうちに始末した由忠が4人目と剣をあわせながら怒鳴る。
「情けをかければ死ぬぞ!?」
「わかってるわよ!」
一瞬の隙を見逃さなかった由衣の一撃が、敵の首をはね、返す刀でもう一体の心臓を貫く。
「ほう?見事なものだ」
「お褒めいただき、どうも」
「お前、パンツはいてねえほうが強いんじゃねえか?」
「うっさい!とっとと貸せ!丸出しで死にたかないわよ!!」
由衣は慌てて足下に転がっていたシーツで体を隠す。
「絶景が消える―――全人類の損害だ。おい、お前等、どう責任とるんだ?」
敵の数は残り5
その一体が動いたのは、その瞬間だ。
「!?」
「いい動きだ」
由忠がそう言うのも無理はない。
その切れのある動きは、他の者達の追随を許さない、天賦の才によるものであることは一目でわかる。
由忠は振りかざされる霊刃をかわし、由忠はその一体を羽交い締めにした。
「さぁ!どう責任をとる!?」
至近距離からの一撃で全身をバラバラにしてやる。
それが由忠の狙い。
だが―――
その体を掴んだ途端、由忠の顔は驚愕のそれに変わった。
「なっ!?」
ドンッ!
由忠の体が吹き飛ばされる。
「バカっ!」
さらに2体を始末した由衣が悲鳴に近い叫びをあげる。
「何やってるのよ!」
サッ
その悲鳴が引き金だったかのように、侵入者達は姿を消した。
「ちょっと!」
由衣は、それでもまだ立ち続けている由忠の元に駆け寄り、乱暴に体を揺すった。
「何やってるのよ!みっともない!」
「……馬鹿な」
そう言う、由忠の顔は真っ青だ。
「はぁ!?バカはあんたただ一人でたくさんよ!」
「ありえない……いや、あってはならないことだぞ?これは」
由忠は由衣を無視するように、ドアに向かって歩き出した。
「ち、ちょっと!どうしたの!?」
由衣は慌てて由忠の後に続いた。
リングにかかりっきりで続きが書けませんでした。
それにしても、最近、辞書変換がバカになって大変です。
これからもよろしくです!