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第七話 「罪悪感と噴水と」

 目の前に立つ敵は3人。

 全て年端もいかない子供達。

 当然、名前なんてわかりはしない。

 「おやつあげる」といっても聞く耳を持たないのは明らかだ。

 金髪の少女を子供A

 黒髪の少年を子供B

 黒髪の少女を子供C

 仮にそうしておく。


 「ち、ちょとどういう事よ!」

 事情を知らない由衣が困惑した声を上げる。

 「見ての通りだ」

 由忠はそう言い放つ。

 「あれは、敵だ」

 「ってまだ10にも満たない子供―――!!」

 子供達が一斉に襲いかかってきた。

 狙いは一番近くにいた由衣。

 三人かがりで剣を突き立てる。

 由衣はとっさに後方に下がり、剣を抜いた。

 「イーリス。拘束系の魔法は知っているか?」

 「残念ながら」

 イーリスは答えた。

 「私はそちら系の力はありません」

 「そうか」

 由忠は霊刃を抜きながら言った。

 「俺もない」

 「どうします?」

 「とにかく動きを止めろ」

 「はっ!」

 ガィン!

 イーリスの振り下ろしたナイフを、子供Aは受け止めた。

 熟練の騎士の一撃を、子供の華奢な体で受け止めたのだ。

 「なっ!?」

 驚愕の表情を浮かべるイーリスを無表情な顔で見つめる子供Aは、

 ガッ!

 素早く足払いをかけ、態勢を崩したイーリスの胴に剣を突き立てようとする。

 「くっ!」

 ナイフで切っ先をそらせ、致命傷だけは避けたイーリスの背後から魔法の矢が出現、子供Aを直撃した。

 「やりたくはないのに」

 まともに喰らえば無事では済まない一撃。

 しかし、それすら―――子供は凌いだ。

 魔法の矢の直撃を受けたはずの子供Aは、楯にしたのだろう吹き飛んだ左手の痛みを感じる様子もなく、イーリスへと襲いかかってきた。

 「くっ!」

 ヒュンッ!

 イーリスのナイフが一閃し、子供Aの首が宙を舞った。

 「この私に、子供を殺させただと―――!?」

 怒りに震えるイーリスの前で、子供の首が地面に落ち、転がった。

 首から鮮血が噴水のように吹き出し続ける胴が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 「……」

 イーリスは、呆然としてその光景を見つめていた。

 子供の虚ろな瞳から視線を外すことが出来ない。

 まるで、瞳に囚われたように、イーリスは体が動かなかった。

 それが何か、イーリスにはわかる。

 何人も殺してきた自分が、初めて感じる殺しの罪悪感なのだ。

 全身の毛穴という毛穴から冷たい汗が噴き出し、胃の中身が逆流する嘔吐感が襲いかかってくる。

 「―――うっ」

 とっさに口元を押さえ、吐くのだけは凌いだ。

 ようやく子供から視線を外すことが出来た。

 だが、その血の臭いだけはどうしようもなかった。

 嗅ぎ慣れた臭いが鼻に入った途端、イーリスは耐えることが出来なかった。

 その場にへたり込んだイーリスは、吐いた。


 何故、殺した?

 何故、年端もいかない子供を手にかけた?

 そう問われれば、イーリスはこう答えるしかない。

 体が動いたのだ、と。

 そうなのだ。

 魔法の矢を放ったのも、がら空きの首筋を一閃してのけたのも、イーリスの意識とは関係のない、体の反応にすぎない。

 今まで、あらゆる修羅場をくぐり抜けても、イーリスを守り続けてきたものが、今度は逆にイーリスを苦しめていた。

 胃の中が空っぽになるまで吐いても尚、吐き気がとまらない。

 全身が震え、空っぽの胃から胃液を搾り取らん勢いでイーリスは嘔吐感に苦しめられた。

 「イーリス」

 「イーリス殿!」

 由忠達が自分の肩をつかみ、耳元で声をかけているのに、イーリスは全く気づくことが出来ない。

 子供殺し。

 そのタブーを犯した精神的負担は、他人には理解できないレベルでイーリスの精神を犯していたのだ。


 「やむを得ない」

 すでに子供BとCを倒していた由忠は、イーリスの襟首を掴むと、イーリスを引きずって噴水へと向かった。

 「どうするのですか?」

 「こうするんだ」

 由忠は、イーリスの頭を噴水の中へと突っ込んだ。

 右手でイーリスの頭を押さえ、左腕にはまったパテック フィリップで時間を計る。

 愛人に貢がせた数百万の腕時計で計るのが部下が窒息死しない時間というのも、問題といえば問題だろう。

 「由衣、イーリスのバッグにタオルがあるはずだ」

 「あるの?」

 「子供連れの必需品だ。覚えておけ」

 「それより、死ぬわよ?」

 ブクブクブク……プクンッ

 「おお。いかんいかん」

 ジャバッ

 イーリスの頭を噴水の中から引き出すなり、イーリスの胸ぐらを掴み、派手な音を立てて往復ビンタを喰らわせる由忠。

 「ち、ちょっと!?」

 バッグからタオルを取り出していた由衣が驚いたくらい、その音は辺りに響き渡る、つまり、かなりの力がかかっていた。

 「この機会に乗じて仕返ししてない?」

 「何の話だ?」

 イーリスの意識が戻ったのを確かめた由忠が、再度イーリスを噴水の中へ漬ける。

 「精神的にパニックになってるだけだ。これほどの子供好きとなれば、この子供達を殺すのは精神的にかなりの負担になったはずだ。パニックに陥っているうちに痛めつけてトラウマになることだけは避けてもらわねばならない」

 「イーリスさん、子供大切にしてたものね」

 イーリスとエマ達のやりとりを思い出し、しんみりとした口調で由衣は呟いた。

 「あの子達と同じ年頃だもの……それは響くわよねぇ」

 「そういうことだ」

 「あのさ。あんたが女斬らないってうのも似たようなモノ?」

 「―――そうだ」

 ジャバッ

 噴水からイーリスを引き上げる由忠。

 「由衣、タオル貸せ」

 「はいよ」

 無言でイーリスの顔をぬぐった由忠だったが、

 「ちょっと待て」

 由衣が由忠の動きを止めた。

 「どうした?」

 「あんた今、何しようとしたか、言ってご覧?」

 「人工呼吸だ。マウストゥーマウスともいう」

 「私がやるわよ」

 「お前、そっちの趣味が?」

 由忠は鞘に入った剣で殴ろうとした由衣の一撃を止めた。

 「冗談だ。だが」

 「あっ!」

 由衣が止める間もなく、イーリスの唇を由忠は塞いだ。

 「あ、あっ……あーあ」

 あまりの展開にオロオロする由衣を後目に、たっぷり1分間。

 二人は唇を重ね合わせたというか、一方が強引に塞いでいたというか……。

 とにかく、二人の唇が離れた。

 「うむ。美味であった」

 満悦。

 いや、むしろ解脱の域に達した感すらある表情の由忠のセリフだ。

 「なんか……新興宗教の教祖みたいな表情ね。キケンすぎ」

 一部始終を見ていた由衣の言葉だ。

 「大体、何よ?私が見てる前で胸は触るわ、ヘンな所触るわ」

 「フッ……ヤけたか?」

 「思い上がるなアホ」

 由衣はきっぱりと言い切った。

 「イーリス殿が気の毒すぎるわよ―――あれ?」

 ちらと子供達の死体を見たはずの由衣だったが、

 「ち、ちょっと?死体は?」

 「ない」

 イーリスを抱きしめたままの由忠はそっけなく言った。

 「首を飛ばした程度だぞ?塵になってすぐに復活する」

 「何よそれ、何の話?」

 口に出したものの、それが何を意味するのかは由衣にもわかる。

 由衣は単に、“そんな奴ら”を相手にしたくないだけなのだ。

 「“そんな奴ら”、ブラム・ストーカーにでも相手させておけばいいのよ」

 「正確にはヴァン・ヘルシングというべきだが」

 「どっちでもいい!」

 由衣は気色ばんで怒鳴った。

 「とにかく、何でそんなバケモノが襲ってくるの?私は知らないよ?」

 「お前もすでに敵だ」

 「私は相手は選ぶ主義なのよ」

 「そうか……初めてが俺とは、イイ趣味をしている」

 「あれは趣味じゃないわ―――悪夢よ」

 「なら、それから救うのは俺か」

 「これ以上喋りたかったら、精神病院の検査結果を持ってきてからにしな」

 「首をはねた程度では死にはしない」

 「みせな」

 由衣は伸ばした掌をちらつかせる。

 由忠は、黙ってポケットから一万円札を取り出し、その手にのせた。

 「どうぞ喋って。いくらでも」

 「どうも。首をはねようが、全身を燃やそうが、すぐに復活する。しかも、日光すら問題とはしない」

 「ニンニクでも買ってこようか?」

 「無駄だ。ニンニク、日光、流れる水。あんなものは全部、小説家の描いたでっち上げだ。銀が有効なのはわかっているがな」

 「……じゃ、どうやって戦うのよ」

 由衣は不平そうに言った。

 「殺しても死なない相手なんて戦っても意味ないじゃない」

 「戦う方法はある」

 「銀?頂戴」

 「お前に渡せば着服されるのがオチだ。光り物を前にしたオンナは、どんな悪魔より信頼が置けない」

 「美女を前にしたあんたみたいなものね」

 「……吸血鬼との戦闘は独自だが、きちんと方法が」

 「吸血鬼?女から搾り取るあんたそっくり」

 「そこまでいうか?」

 「いくらでも♪」

 「うっ……」

 二人のやりとりに気づいたのでもないだろうが、イーリスが、弱々しく目を開いた。

 「気が付いた―――ぐわっ!?」

 由衣の右ストレートをかわしたと思った途端、股間への一撃を避けられなかった由忠が思わずイーリスを手放してしまう。

 「……ゆ、由衣」

 「あー。知らない知らない聞こえなぁい」

 わざとらしく首を横に振りながら、由衣はイーリスを抱きかかえる。

 「ゆ、由衣殿?」

 「気が付いた?」

 「あ……ああ」

 「敵は逃げました」

 「し、しかし……私は」

 先程の戦闘を思い出したのだろう、イーリスの体が小刻みに震える。

 「あれは吸血鬼です。あの程度では死にません」

 「死なない?」

 「そうです。ですから、イーリス殿は殺したのではありません」

 「では、仕留めそこなったのか!?」

 ガバッ!

 「きゃっ!?」

 イーリスは顔を真っ赤にして立ち上がった。

 「私の一撃が、何の意味もなかった、そういうのか!?」

 「何がショックなのかはっきりさせてくださいよ!イーリスさん!」

 「子供を斬ったのもショックだが、それ以上に敵を殺し損ねたことの方が、よほどショックだ!」

 「……」

 口をパクパクさせるだけの由衣。

 「あのな……イーリス」

 「閣下?どうしたのです?」

 「危うく二丁目に転職するところだった」

 「はぁ?」

 「由衣……今夜、覚悟しておけ」

 「知らないわよ」

 つんっ。とそっぽをむく由衣。

 「ですから」

 「お前、対妖魔戦の経験は?」

 「ありません」

 「由衣は?」

 「実戦経験そのものが初めてよ」

 「……そうか」

 由忠は少しだけ考えてから言った。

 「夕飯が終わったら少しだけレクチャーしてやる」

 「戦闘訓練は受けてるって」

 由衣は呆れた。という声で言った。

 「今更、あんたに教わることがあるとは思えないけど」

 「いや」

 イーリスは真顔で言った。

 「お願いします」

 「イーリス殿?正気ですか?それとも、自信をなくしたのですか?」

 「由衣殿。先程の戦闘で全てを悟ったのだ」

 イーリスは由衣に言った。

 「あんな小さな体で力技、魔法の矢―――今まで経験してきた戦闘において常に必殺の一撃たりえたものが、単なる小技に成り下がった。今までの感覚で戦えば、いくら私でも危ない」

 「……わ、わかったわよ」

 講師が由忠というのが、由衣は心底面白くなかったが、生き延びるためには絶対に必要な知識であることはわかる。

 「じゃ、ご飯の後ね?」

 「ああ」

 「ところで閣下?」

 「何だ?」

 「もう少し、しゃんと立てないのですか?」

 「―――言うな。とりあえず、エマ達を探す。それからだ」

 「……」

 「……」

 由衣とイーリスが顔を見合った。

 「お前等」

 由忠があきれ顔で言う。

 「二人の存在、忘れていたんじゃないだろうな」

 「や、やだぁ!」

 おほほほっ。実にわざとらしい笑い声をあげる由衣。

 「そ、そんなことは」

 視線を由忠からそらすイーリス。

 「ま、いい。とにかく、この辺に地下トンネルがあるはずだ。探せ」



 「ねぇエマお姉様」

 エリスがエマに声をかけた。

 「なぁに?エリスちゃん」

 「もう一度言って?」

 「?なぁに?エリスちゃん」

 「あのね?とっても大事な事に気づいたの!」

 「え?なぁに?」

 「私達ね?」

 「うん」

 「名前で呼ばれたの、登場してからこれが初めてなのよ?」

 「あ、そうだね」

 エマもびっくりした顔をする。

 「すごいねぇ」

 「すごいでしょう?」

 あははーっ。

 実にのんきな姉妹の今いる場所。

 それは市内の繁華街。

 様々な店が建ち並び、往来もにぎやかだ。

 物心ついてからずっと、僻地に住み、そして孤児院に送られた二人にとって、目の前に広がる広い世界はむしろ感動ですらあった。

 公園で遊ぶうち、どうしても公園の外が見てみたくなった二人は、いても立ってもいられず、イーリス達に無断で公園を抜け出し、そして今、二人はここにいる。


 少し怒られるかもしれないけど、戻ればいい。

 二人の感じる罪悪感はその程度だ。

 

 色とりどりの花の並ぶ花屋

 見たこともない可愛らしい人形の並ぶオモチャ屋

 おいしそうな匂いのする屋台

 見ているだけでも面白い。

 二人とも、お金は持っていない。

 何も買えない。

 それでもよかった。

 この世界にいる。

 それこそが、二人にとって大切なのだ。

 叱られるのが、この世界に足を踏み入れた代償だというなら、安いモノだ。

 二人は、そう思っていた。


 ドンッ


 人にぶつかったのはエリスだ。

 よそ見をしながら歩いていたせいで、角を曲がった相手に気づかなかったのだ。

 「あ、ごめんなさい」

 二人が頭を下げる。

 「おやおや。礼儀正しい子達じゃ」

 そう言ったのは、ぶつかった相手。

 ハ○スの名作劇場か宮○駿の作品に出てきそうな立派なひげ面の老人だった。

 ただし、背はそれほど高くない。

 エマ達より頭3つ分ほどしかないほど背が低い。

 だが、不思議と相手を安心させる笑顔が印象的だ。

 「礼儀正しい子達じゃのぉ」

 その老人が笑顔で二人の頭を撫でる。

 「えへへっ」

 「うふふっ」

 人に褒められることに慣れていない二人ははにかんだ笑顔を浮かべる。

 「おお。そうじゃ」

 ポンッ

 老人は手を打つと、肩から提げていたバックから紙包みを取り出した。

 「さっき、そこの店で買ってきた焼き菓子じゃ。どうじゃね?」

 「いいの!?」

 「わぁい!」



 「とにかく、叱ります」

 イーリスは公園を出た後、そう言った。


 公園の芝生の地下は貯水施設になっており、生け垣のすぐ下に点検用トンネルがあった。

 トンネルは公園の外に通じてた。

 公園の外側の出入り口は、上側に柵が張られているため、大人では通れないが、エマ達なら少し這えばなんとか外に出られる。

 その柵の端にどちらかがひっかけたのだろう。フリルが一つ、ひっかかっていた。

 二人がここから抜け出たのは、これで確かになった。


 「まぁ、そう怒るな」

 由忠はなだめるように言った。

 「子供っていうのはああいうものだ」

 「しかし!」

 「樟葉なんて長野で3日位、悠理を連れて山の中でサバイバルだ。発見された時の言い分がすごかった。“山ごもりごっこ”だそうだ」

 「樟葉殿とあの子達を一緒にしないでください!」

 イーリスはたまらずそう言った。

 「樟葉殿のあのバイタリティが誰にも備わっているわけではありません!」

 「そりゃそうだ」

 「大体、あの子達は普通の子なんですよ!?」

 「まぁ……そうだな」

 日本語での怒鳴り声。

 すれ違う歩行者達が何事かと興味深そうにイーリス達に視線を集める。

 「イーリス。とにかく少し黙れ」

 由忠は肩をすくめて言った。

 「目立ちすぎだ」

 「……とにかく、叱ります」

 「わかった。やりすぎるなよ?―――どうした?由衣」

 後ろを歩く由衣がクスクス笑いながらついてきていた。

 「いえ?パパとママの会話だって思って」

 「……」

 「……」

 イーリスと由忠は、互いの顔をまじまじと見合った後、ため息混じりに言った。

 「むしろ戦友同士だな」

 「お互い、苦労しているからな」

 「戦友?苦労?」

 「子育てだよ」

 ピピッ

 由忠のPDAがアラーム音を立てた。

 「反応があった。その角を曲がってすぐだ」



 「ほぉ?ハヅキ・エマというのか」

 道に置かれたベンチに座った老人が、笑みを浮かべながらそう訊ねる。

 「そう!」

 「私はハヅキ・エリスなのよ?」

 「ほう?二人とも同じ名前なのかい?」

 「ううん」

 「ちがうの」

 「ほう?」

 「私達、今度ニホンジンになったのよ?」

 「日本人に?」

 老人の顔に奇異の目が走った。

 「でね?ニホンジンはファミリーネームが前に来るの」

 「ほぉ……じゃ、エリスちゃんとエマちゃんかい」

 「そう!」

 「当たりよ!」

 「そうかいそうかい」

 ホッホッホッと笑った老人がバックからさらに菓子を出した。

 「たまにはいいかと思うたが、やっぱり、君らみたいな子供が食べるものじゃな」

 「いいの?」

 菓子を受け取りながら、エマ達もさすがに悪いと思ったのだろう。

 だが、

 「君らがおいしいと思えば、菓子も喜ぶわい」

 「うん!」

 「じゃ!」


 「こらっ!」

 そんな声が響き渡ったのは、二人が菓子に口を付けようとした瞬間だった。

 思わず口を開いたままで凍り付く二人。

 「エリス、エマ!」

 ベンチに駆け寄ってきたのは、イーリスだ。

 「こんな所で何をしている!」

 慌てて菓子を口に頬張る二人。

 「誰も取りはせんぞぉ?」

 のんきな老人の声も、今は二人には届かない。

 とにかく、菓子を食べることが大切なのだ。

 「さぁ、帰るぞ!?帰ったらお仕置きだ!」

 「えーっ!?」

 「やだぁ!」

 「約束破った罰だ!―――ご老体。大変なご迷惑を」

 逃げだそうとした二人の襟首を器用に捕まえながら、イーリスは深々と老人に頭を下げた。

 「いや何」

 老人は手をひらひらさせながら言った。

 「この子達にはむしろワシが礼をいいたいくらいじゃ。こんな年寄りの相手をしてくれたのだからな」

 「恐縮です。―――閣下、すみませんが手が空きません。このご老体にお礼を」

 「ああ」

 由忠は財布から札を抜き取ると、老人に差し出した。

 「ご老体、わずかですがお納め下さい」

 「おや?」

 「はっ?」

 「お前さん……」

 「何か?」

 老人が、由忠を指さしたまま、しばらく考えてから言った。

 「いつから白人の女を女房にしたんだい」

 「は?失礼ですが」

 「……ワシじゃよワシ!」

 今度は自分の方を元気に指さす老人。

 「えっと……?」

 由忠は、少し考えた後、ようやく思い出したらしい。

 驚愕の表情で叫んだ。

 「じ、爺様!?」

 「そうじゃ。いや、久しぶりじゃのぉ。由忠」


 

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