第11話「夜の出来事」
再開です。
まんじりともせず迎えた朝日。
由忠は無言で椅子に座ったまま、身じろぎ一つしない。
「あり得るのね」
由衣がベッドに横たわりながら、そう言った。
「何がだ」
「オンナをベッドで待たせて、そのまんまなんて」
「……そういう気分か?」
「そりゃそうね―――よっと」
由衣はベッドに腰を下ろした。
その身につけているのは、薄いベビードール一枚だ。
着やせするらしく、引き締まったラインを誇りながらも、見事なまでの肉体美が布越しに透けて見てとれる。
由忠は、それを目の当たりにして、何もしない。
それが、由衣には意外であり、有難い。
何とも言えないそんな複雑な気分の中、由衣は訊ねた。
「ねぇ……さっきの子って」
「……」
「あんたの……孫?」
「そうなる」
「息子さん、いくつだっけ?」
「今年15……いや、16か」
「息子の年くらい覚えておけ。このクソ親」
「……」
「―――その、さ」
由衣はベッドに座り直した。
「何があったか、何が起きてるか。言いたくなきゃ、いいよ?だけど、仲間と認めてくれるなら」
「……」
「私にも出来ることあれば―――ほ、ほらっ!一宿一飯の恩義っていうじゃない!」
「フッ……慰めているつもりか?」
「悪い?」
「とりあえず、礼は言っておくか」
「バカ、止してよ。気味が悪い」
「それより聞いておきたい」
「へ?」
「隠密衆のお前が、何故、ここにいる?」
「―――協力してくれる?」
「内容による」
「……呪具よ」
「呪具?」
「そう。狂時機」
「時間を操作出来るっていう、あれか?」
「そう……呪具を発動させると、呪具周辺の時間を早くしたり遅くしたり出来るって言われているアレ」
「ドラえもんの世界かと思っていたぞ」
「福井県の旧家に眠っていた古い懐中時計がそれ。2年前、魔導軍が偶然発見したんだけど、福井から輸送中に何物かの襲撃を受け、奪取されたまま行方不明」
「それが?」
「詳しい事なんて私がわかるもんですか。魔導軍が血眼になって探して探して、ようやくルーマニアにあることがわかったって位しか」
「手がかりはあるんだろう?」
「それがあれば苦労してないわ」
「無茶苦茶だ」
「その無茶苦茶やってるから、ヤケになったのよ」
「成る程?」
朝食後、由衣の話を聞いた興忠はあごひげをさすりながら頷いた。
「正直、お嬢ちゃんでは、ちと、荷の重い仕事じゃな」
由衣は、達人からの厳しい言葉を真摯に受け取った。
だからこそ、訊ねた。
「お頭なら、どうされます?」
「お前さんは、どう探していた?」
「国内の古物商、オークションは闇のまで含めて」
「それでは、一生かかっても出会えんわい」
「……」
「まず、お嬢ちゃん。襲撃場所から考えてご覧」
「襲撃場所?」
「日本だ。しかも福井の田舎。そんなところじゃ、東洋人以外はかなり目立つ」
「はぁ……」
「東洋人、この場合、日本人が襲撃にかかわっていたと考えて良い」
「そうですね―――あっ!」
「わかったかな?」
「つまり、日本人達を当たれと」
「正解じゃ。こんな僻地に住む日本人なんて、皆ワケ有と見て良いわ」
「しかし」
由忠が言った。
「由衣、近衛からの依頼がそんなに白状だとは思えないぞ?何か探索装置の一つくらいは貸し出すはず」
「……」
口元を引きつらせながら、由衣は由忠から視線を外した。
「おい、待て」
「……」
「……売り飛ばしたとか言わないだろうな」
「―――ごめんっ!」
ぱんっ。と音を立てて由衣は手を合わせた。
「借金のカタにもってかれちゃって!」
「息子以上のバカがこの世に存在するとは思わなかったわ!」
質屋の店先に飾られていたのは、懐中時計に似せて作られた羅針盤。
精巧な細工が施されたアンティークの逸品だ。
買い手がつかなかったのが不思議なほどの品。
それを言い値で買い取るハメになった由忠は由衣を怒鳴りつけた。
「一体、このバカモノがっ!」
「ごめんなさいっ!」
人通りの多い店先に轟き渡った異国の怒鳴り声に、道行く人々が奇異の視線を送ってくる。
さすがにバツが悪いのか、由忠は舌打ちして歩き出す。
「―――で」
「でって?」
その後に続いて歩き出した由衣が首を傾げた。
「理由を言え理由を」
「あ……あのね?」
「―――待て」
由忠は言った。
「ギャンブルのカタとか、服代とか、そういうのは理由として認めんぞ?」
「……」
再び、往来に怒鳴り声が轟き渡ったのは、由衣が口を開いて数秒後のことだった。
「喉が痛いわ」
喫茶店に入った由忠は、コーヒーを飲みながら言った。
「全く、分別というものがないのか」
「―――反省してます」
すっかりしょげた由衣が由忠の前で小さくなっていた。
「本当に、昭信殿に報告するからな」
「ええっ!?」
由衣は飛び上がって驚いた。
「や、やめて!」
由衣は泣きながら由忠にすがりついた。
「そんなことされたら、私、お頭に殺されるって!」
「知るか」
「そんなぁ!」
「……それとも」
由忠は羅針盤を手のひらで弄びながら言った。
「これをタダでこっちに渡してくれれば、それで手を打つが?」
「……」
じっ。と由忠を、幾分か恨めしそうに睨んだ由衣が言った。
「選択肢が私にあると思ってるの?それ」
「成る程?」
夜、忠興は、その羅針盤を見ながら感心したように言った。
「魔力の特性を読みとらせ、その魔力が存在する方角を指し示す」
由忠が何も言っていないのに、忠興は羅針盤の特性を見事に当ててのけた。
「よく出来ておるわい」
「それで」
「指し示す方角は北か―――ジュヌ」
「はい?」
「北と言えば、何がある?」
「いろいろありすぎてわかりませんわ?」
「それもそうじゃ―――北……か」
「何か、お心当たりでも?」
「いや?それよりあの子達は?」
「もう寝ました。今、イーリスがついています」
「ふむ。二晩連続で来るほど、連中も愚かではないか」
ガッシャーンッ!
ドンドンドンドンドンッ!
ズーンッ!
窓ガラスが割れた音が響き渡ったかと思うと、すさまじいまでの爆発音。
そして激震が屋敷を揺るがした。
「人の屋敷を!」
忠興は激怒して怒鳴った。
「由忠!かまわん!斬れっ!」
「な……何だか、ずいぶんと私情が」
「やかましいっ!」
忠興のかんしゃく玉が炸裂した。
「すでに引退した儂にあるのは、最初から私情だけじゃ!」
爆発音がしたのは、エリス達に与えられた寝室だ。
すでにドアは壁ごと吹き飛び、廊下側の壁もそっくりなくなっていた。
「イーリスっ!」
霊刃を抜いた由忠と由衣が部屋に飛び込む。
「閣下!由衣殿も!」
同じく霊刃を抜いたイーリスが返事をする。
イーリスの背後には、エリスとエマが震えていた。
全員無事。
それが由忠にとって唯一の救いだ。
「敵は!?」
「水瀬ですっ!」
「何っ!?」
「あんなチビでしかもこの破壊力!水瀬以外に!」
突然、息子が攻めてきたと聞かされた由忠は、目の前に立つ敵を凝視した。
敵にしてはあまりに小柄だった。
あきらかに身長は150センチ以下。
小柄な体をフード付きのローブに包み、その小さな手には剣が握られている。
ローブの下から見える手足の細さがむしろ痛々しいほどだ。
殺気はそれほど感じないが、歴戦の魔法騎士としての本能が、相手の実力を教えてくれる。
―――な、何だこの子は。
由忠の背筋を冷たい汗が流れる。
幾多の修羅場をくぐり抜けなければわからないこの威圧感。
由忠は、この感覚を過去に経験したことがある。
それを思い出し、戦慄した。
それは……。
かつて、アレと初めて剣をもって対峙した時。
実の息子、水瀬悠理と対峙した時。
その時と、そっくりだったのだ。
「ま……まさか」