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第十話 「孫と曾孫」

 無言で廊下を進む由忠の向かった先。

 そこは、祖父の寝室だった。


 ドンドン


「爺様」

「由忠か?」

「入りますよ?」

「おう」

 ガチャ。

 由忠の背後から、その部屋をのぞき見た由衣は、口元を押さえ、よろめくように後ろに下がった。


 月明かりの下。


 灯りもない寝室には、二人の影が伸びている。


 二人?


 そう。


 忠興と、その妻の影。


 それだけ?


 違う。


 問題は、その妻の方だ。


「入っていいぞ?すぐ終わる」

「失礼します」

 一礼して由忠は部屋に入るが、由衣はどうしても部屋に入ることが出来ない。

 その光景を前に、立っているのがやっとだ。


「―――片づきましたか?」

「今、必要な情報を仕入れているところじゃ」


 由忠と忠興の前。

 そこに立つのは美しきジュヌヴィエーヴ。


 その白魚のような麗しい手は、流れ落ちる鮮血に染まる。


 ジュヌヴィエーヴに鮮血をもたらすのは、まだ年端もいかない子供の体。

 壊れた機械人形のように痙攣する体。

 鷲掴みにしたその細い首に口元をつけるジュヌヴィエーヴの口元からは、血を舐める音と、肉を砕く音が小さく、しかし、確実に耳に届けられてくる。


「……同族喰い(アブゾルビレ)」

「そうじゃ」

 由忠達は、目の前の光景に魅入られたように視線を離そうとはしない。

「“古い世代アルハイク”の特殊能力とでも言おうか?」

「彼女が……驚きましたね」

「久々の御馳走……とでも言おうか。終わったか?」


 完全に動かなくなった子供の体を無造作に放り捨てたジュヌヴィエーヴは、血まみれになった顔と絹のネグリジェをそのままに、恍惚とした表情を浮かべている。


「―――大したことありません」

「やはり使い捨てか」

「そう見るべきですね。ただ、吸血鬼として見れば、これは奇妙な子達です」

「ん?」

「新たに吸血鬼とさせられた新生ノウルサリートに過ぎません」

 ジュヌヴィエーヴは、血まみれの首を傾げた。

「でも」

「感じたか?」

「はい」

 ジュヌヴィエーヴと忠興は由忠を見た。

「由忠」

「はい」

「この館に実に奇妙なヤツが入った。―――わかっておるな?」

 由忠はきつく引き締めた顔で頷いた。

 祖父が聞きたいのは、高位魔法騎士以上の存在でなければ感じることのない特殊な気配のこと。

 それは、先程、由忠を青ざめさせた気配でもある。

「由忠様?」

 どこからか水に浸したハンカチを取り出したジュヌヴィエーヴが由忠に訊ねた。

「私の勘違いであることを祈ります―――私は先程、館に二つの気配を併せ持つ存在を感じました。それは忠興さんも同じかと思います」

 忠興は無言で小さく頷いて同意を示す。

「わが一族特有の気配」

「違う!」

 興忠に一喝され、由忠は無意識に背筋を正した。

「あれは異様だぞ!?由忠!」

 ツカツカ

 グイッ!

 忠興は由忠の胸ぐらを掴み、自分の目線まで由忠の顔を引き倒した。

「ワシがいない間に、帝国くにで何があった!?」

「……戦争です」

「知っておる!」

 忠興は苛立った様子で怒鳴る。

「ワシが知りたいのはそんなことではない!―――どうして“ソイツ”から我が一族の気配と同時に、松笛の、さらに皇族の血の気配までしたのじゃ!あってはならんことじゃぞ!?」

「松笛?」

 由忠は驚いた顔で祖父を見た。

「皇族は……おそらく、松笛や我が一族に混じった血でしょうが……松笛とは……あの?」

「松笛と言ったら松笛じゃ!我が好敵手にして愛人だったあの松笛じゃ!」

「……」

 視線を泳がせた由忠は、ぽつりと呟いた。

「成る程?」

「由忠!」

「息子……悠理の件ですが」

 由忠は語り出した。

「松笛本家は爺様が日本を出てすぐに断絶、分家筋の風間家が跡を継ぎました。

 ご存じでしょう?魔導兵団にも属していた風間隆信の一族です。

 彼の血を継ぐのは、今では一人しかいません。


 風間祷子といいます。


 そう。

 明治以来、魔導師として最高峰を誇った松笛家最後の一人なんです。

 ……この名前を覚えていてください?


 父親は不明。母親は風間隆信の娘。内待にして、故鷹男皇太子の愛人とまで囁かれた風間春子です。

 現在、近衛では風間祷子は、故鷹男皇太子の御落胤とも囁かれていますが、皇太子、春子共に死去した後、本人が行方不明の上、個人データが破棄された現状、確かめようがありません。

 ……コホン。

 話を戻します。

 紆余曲折の末、風間祷子は、近衛に入ります。メサイアのパイロットとして。

 そうです。志願じゃありません。徴兵です。

 その彼女と、我がバカ息子が出会ったのが、彼女にとって運の尽きというべきでしょう。

 いや、悠理が夢中だと聞いて見に行ったことは数度ありますが、これがかなりの器量で、そこだけはさすが我が息子と……はい。真面目にやります」

「つまり」

 忠義は驚いた。というより呆れたという顔で由忠を見た。

「祷子という娘と悠理の間に子供が?」

「発覚した当時、祷子は戦争症で精神科に入院中。とてもではありませんが」

「違うじゃろう?」

 忠義は孫に冷たく言い放った。

「産ませようとはしなかった―――欲しかったんじゃろう?近衛は、儂等の情報が」

「……そうです」

 由忠は視線を祖父から外した。

「近衛の一部研究組織が、祷子の胎内の子に注目。精神科にいることをいいことに、祷子の胎内から、まだ安定すらしない胎児を、魔力処理で摘出しました」

「……」

 呆然とするジュヌヴィエーヴの顔を見るのさえ辛い。

 その子は、由忠にとっては孫にあたるのだ。

「そして……人工培養装置でその成長を観察する日々が始まったのです」

「で?」

 殺気だった声で忠興は訊ねる。

「その不倶戴天の愚か者共は、始末したんだろうな?」

「私が追っているのは、そいつらを始末してくれた者達です」

「ん?」

「半年前、研究施設は、何者かの強襲をうけ壊滅、培養槽ごと胎児は奪われました。―――我々が事態を知ったのは、それがきっかけなのです」

「―――成る程?」

 忠興は、初めて合点がいったという顔で言った。

「培養槽の我がひ孫を奪取、吸血鬼化したというのか?」

「それだけではありません。爺様、時間が早すぎます。研究機関の生き残りの話では、奪取された当時、胎児は魔法処理で成長が促進されていたとはいえ、まだ臨月を迎えたばかりと」

「ジュヌヴィエーヴ」

 忠興は妻に訊ねた。

「お前は、気配をどう読んだ?」

「そうですね……6歳位かしら?そのように」

「うむ。儂もそうじゃ。由忠、お前の言うことが正しければ、敵は何をしたというのじゃ?どうやって胎児を6歳児に仕立て上げたと?」

「不明です―――そいつらがどうやって成長を促進していたのか……データはすべて盗まれて……いくらなんでも、母さんが絡んでいるとは思いたくないのですが」

 由忠にとって、息子と肩を並べる諸悪の根元。その顔を思い出し、由忠はどうしていいかすらわからなくなる。

「その可能性は否定出来まい」

 祖父はにべもない。

「もし、神音が知っていたらあの娘、絶対に阻止したろう。じゃが、別目的として大金を積めば、どうなるかわからん」

「全く……」

「でも……由忠様?」

 ジュヌヴィエーヴが恐る恐るという感じで、

「その子を育てて、吸血鬼化させて……何をしようというのですか?」

「遺伝子ですよ」

「遺伝子?」

「その子の……水瀬と松笛の血を引く子供の遺伝子を使って……クローンでも作ろうとしているんじゃないか。私はそう見ています。生まれながらの生体兵器―――近衛の研究も、そこに着目した結果始まっていますから」




 

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