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背筋、ぴん。

作者: あめ


「背筋を伸ばしていなさい」


幾度も繰り返される母の忠告を、私は何時も適当に受け流していた。


そのうち、私も歳を重ねて、まず二十歳になる。お酒も煙草も、その頃には深く知っているかもしれない。


適当に遊んで、それなりの結婚をするのかな。子どもを産んで、自由奔放に生きられなくなっても、それが幸せだと思えたりして。


終には、白髪とか生えてきちゃって。勿論夫も一緒に。ロマンスグレーだっけ?あれ、ちょっと良いと思う。歳を重ねて、徐々に白く変化していくなんて、まっさらで潔い気がするもん。


それで、もしかしたら腰を丸めて歩くようになるのかもしれない。私の祖母も今その状態だ。一見平気そうで、実はちょっと辛そう。


でも、私はまだ十四。腰を丸めるどころか、成人だって想像がつかない。だから背筋を意識するなんて、ただの疲れる行為でしかないと思ってしまう。


「おはよー」


「おはよーじゃねぇよ。もう昼だぞ」


みんながお弁当を広げる教室に入り、挨拶した。それに誰よりも早く反論したのは瞬太だ。


中学に入って初めて仲良くなったグループのうちの一人。二年になっても何故かクラスが一緒で、気付けば一番仲の良い男友達になっていた。


「良いじゃん、別に。いやぁしかし、遅刻って贅沢だよね」


「意味判んね」


瞬太のやつ、何にも知らないんだなぁ。お昼に遅刻してくると、朝とは違う静けさの中を歩けるのに。それでついつい人生考えたりしちゃうのに。そんな贅沢な時間を知らないなんて。


「損してるよ、瞬太」


「や、だから意味判んないって。それより亜美、聞いた?大輔と京子のハートがガッチャンって」


手でハートの半分の形を作り、それを『ガッチャン』と組み合わせた。一つのハートが出来上がる。


「え、本当に?」


「まじまじ」


大輔と京子も仲良しグループの中の大切な友達だ。


「大輔やったじゃん。ずっと京子好きって言ってたもんね」


「やっとって感じだよな。まぁよかったよ。記念に俺らも付き合うか」

「あほ」


彼は冗談だよ、と顔を皺くちゃにした。私が馬鹿とかあほとか言っても、瞬太は何時も笑ってる。そういうの、時々凄く有り難い。



何だか最近、瞬太はやけに男の子っぽくなってきた。声だって低いし、背中も大きくなったし、それが不意に、私を戸惑わせることがある。


私は友達のところへ行き、一緒にお弁当を食べた。この時間が学校の中では一番好き。自然に笑顔になってしまう。



「大輔と、京子かぁ」


次の時間は自習で、私は一人屋上で考え事をしていた。



「ね」


後ろからの声に振り返ると瞬太がいた。


「びっくりするじゃん」


「びっくりさせたじゃん」


お互いに目を合わせ、笑った。そこには確実に平和な時間が流れている。


「ね、瞬太さ」


「ん?」


「自分の人生考えたことある?」


私の質問に、彼は少し不思議な顔をした。


「まぁ、ちょっとはな」

「ふうん。ね、どんな?」


瞬太はちらりと私を見て、再び前に向き直った。その横顔が大人っぽくて、何だか変な感じがする。


いや、本当は判っているんだ。変な感じというのは、彼を意識してしまっているから。友達としてでなく、一人の男のひととして見ている。普通にしていても、最近何かが違ってしまうのだ。


現に今こうして二人で居るときも、妙に意識してしまう。隠しているけれど、お互い柵の上に乗せた腕が触れやしないかとドキドキしている。触れてしまえば気持ちがばれるのではないかと思い、怖い。


「亜美は?」


「私は…普通だよ。普通に歳とって」


「だよな、俺も。でも一個譲れないことがあってさ」


私は彼の顔を覗き込んで次の言葉を待った。


「笑わない?」


何時になく照れ臭そうなその表情に頷く。


「…結婚して、子ども産まれても、奥さんと名前で呼び合いたい」


私は、笑わなかった。どちらかと言うと真剣だったと思う。だって私も同じことを考えていたから。


「わかるよ!私も、そうだもん!お母さんとかお父さんって呼び合うの、何か嫌」


「だよな!幾つになってもデートとかして」


「うんうん!あ、あとさ、おじいちゃんおばあちゃんになっても自転車の二人乗りしたい」


「うわそれ、すげぇ良い」


何がそんなに面白いのか、気付いたら私たちは何十分もその話をした。でも楽しそうに笑顔で話す瞬太が、嬉しかった。



話し疲れ、私たちは校庭やそれを囲う木々を眺めていた。沈黙も会話みたいな、心地良い時間。



そしてふと、本当にさり気なく彼は呟いた。


「…結婚しようか」


思わず勢い良く頭を彼のほうに向けた、その時。私の肘は彼のそれに、ほんの僅かに触れた。


その瞬間、私は自分の背筋がぴん、と伸びたのを感じた。…あれ?


「…その前に、付き合うか」


何も言わずにいる私に、彼はまた付け加えた。


「あの…さ。その……言っとくけど、俺まじだよ」



お母さん。私、まだまだ十四の子どもだけど、何も考えてないわけじゃないんだよ。ただ、あれこれ言われても身をもって体験しないとピンと来ないだけ。


私の背筋を伸ばさせたのは母の言葉でなく、恋だ。まさか、恋にそんな秘密があるなんて。やるなぁ、恋。



「まじ、かぁ…。うん、良いかもね。二人で歳とるのも」


「うん。よし、可愛い老夫婦を目指すぞ」


空に向かって伸ばした彼の腕が、とても長く見えた。二人の重なった笑い声も、世界中に聞こえてるんじゃないかと思う程、澄んでいる。


歳をとって、結婚して、子ども産んで、ずっと名前で呼び合って、ロマンスグレーを愛しく眺めたい。


そしてもっと欲を言えば、やっぱり私は背筋の真っすぐな白髪のおばあちゃんになりたいな。だって、そのほうが格好良いもん。




純粋で可愛らしい、日常的なものを書きたいと思い、主人公の年齢もちょっと若めにしました。背筋の伸びたひとに、私もなりたいです。

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