aside2
静かな朝の家、カラカラな空気の中にチロリンと可愛い音が響く。
「要ちゃん、箱が鳴ってるわよー。」
「箱?あぁ、ケータイのことね。とってくれる?」
音の正体は携帯電話であったらしくそれにいち早く気づいたメガネをかけた女はそれをソファに座ったままその持ち主にホイ、と投げて渡す。
それに呼応して要と呼ばれた少女向かいのソファに座ったままホイ、と答えてそれを受け取る。
「ねー、それってメールでしょ?誰から誰から?」
「んーと、ちょっと待って。…あ、星からだ。ほら、ここからちょっと離れたとこにある住宅街に住んでる私の友達。」
「山寺さんのとこの子だったっけ。何、遊びのお誘い?」
「違うみたい。星は昨日一昨日と家にいなかったんだよ。ちょっと聞きたいことがあったから、もし家に帰ってきたら連絡してって言ってたの。たぶんそれだと思う。」
ふーん、そうなの。とメガネの女はそれで興味が尽きたように要から目を外しソファに横になってゴロゴロとしだす。
それと同じように要もまたソファにごろんと横になりメールの文面を読む。その内容に一通り目を通し彼女もまた返信の内容を考える。
「今から寝るって言ってたし今すぐ送るのはちょっとぶしつけかな。」
そう考えて彼女もまたひと眠りしようと試みてゆっくりと目を閉じる。ソファの上で、ゴロゴロゴロゴロ。
「ちょっと、要様?今日がいくらお休みだからってゆっくりしすぎではありませんか。まだ朝食もとっておられないのにどうしてソファの上でゴロゴロしているのです?」
その時甲高い声が静かな家の中にかんかんと反響する。声を発するのは1人のメイド服の女。どうやらこの家の使用人のようでその手には箒が握られている。大きな洋館のような内装にそれはまさしくあっているが、その声がどうしてか家の空気になじめないでいる。
「うるさいわね、優子。いつ寝ようと私の勝手でしょ?それとも、使用人風情が私にたてつくの?」
「要様、そういう風に脅しても無駄ですよ。メッシュはしっかり結んであるんですからね。さぁ、まずは朝食を取って下さい。もう準備はずっと前からできているんですよ。どうして食べて下さらないのですか?」
「だって、今日の朝食、ニンジンが入ってるんだもの。私がニンジン嫌いなのは知ってるでしょ?」
要は朝食を食べない理由に好き嫌いを挙げる。とてもじゃないが高校生のいうことではない。
「えぇ、知っていますよ?だからと言ってそれを食卓に出さないわけにはいきません。せっかく今日は代三智ちゃんが作ってくれたんです。それを粗末にしたら私、怒りますよ!」
「で、でもでも。だって私、ニンジンは食べれないんだってば。私、ニンジン食べたらいけないって今日夢でお告げがね、」
とたん説得力のなくなる要の言い訳に優子は間髪いれずに言葉を挟む。
「夢でお告げがあったからなんですか。そんなものはどうせ幻です、偽物です、嘘です。それが理由でニンジンを食べないなんて言語道断。さぁ、観念してください、要様。大体、ご飯を食べないと大きくなりませんよ?」
「わ、私はもう成長止まっちゃったし、これ以上大きくんらなくてもいいもの。だから、ニンジンがあるうちは、絶対朝食は食べないわよ。」
そしておそらくこんな問答は日常茶飯事なのだろう。特にメガネをかけていた女は何か気兼ねすることも無くすやすやとソファの上で眠っている。
「…どうしても言うことを聞かないっていうんなら、メッシュを使いますよ。」
「………こんなくだらないことにメッシュを使うの?変じゃないかしら、それ。」
しかし二人にとってはそれが日常にあふれる一コマであろうと大切な問題のようで、毎日の会話のようにはとても思えない剣幕で二人は対峙する。
「いいえ、とても大切なことです。もし言う事を聞かないって言われるなら、本当にメッシュ使っちゃいますからね!」
「…うぅ、分かった、食べる、食べるわ。食べるからもう勘弁して。…さぁ、朝食の準備をなさい。今から私が食べるんだから。」
しかしそれもあまり長くはなく、どうやら優子の出した条件がよほど要にとって都合が悪いらしい。要はすぐに折れてしまい、そのまま朝食は食べる流れになっているようだ。ただ、あくまで要は主人然として偉そうにふるまう。ある意味でプライドは高いのかもしれない。
「もう準備は出来てます。さぁ、早く一階に下りて下さい。代三智ちゃんが待って いますから、すぐにご飯は持ってきてもらえると思いますよ。」
要は、ハーイといってすぐに下に降りていく。おそらく、形式上は優子の主人がようであるのだろうが、実質的には優子が要を思うように動かしているようである。
「さて、ではここも居間の内に掃除しておきましょうか。」
優子はそう言って手に持った箒を片手にメガネの女を横目に見る。
「如月さん。メガネかけたまま寝てるんじゃないでしょうね。起きているなら早くここから出て行って下さい。眠りたいならご自身の寝室でどうぞ。」
そう言われると如月と呼ばれたメガネの女はのっそりと起き出す。
「ねぇ、一応私がこのお屋敷の主人なのよ。もうちょっと丁寧な言い方は出来ないのかしら。」
「おことばですが、私の主人はあなたでもこの家でもありません。要様だけが私の主人ですよ。」
「はー、きつい性格してんのね、あなた。えぇ、別にちょっと私に対しての方がトゲのある言い方をしたから気になっただけよ。」
「あら、そうですか。まぁそんな御託は良いので早く出て行って下さいな。」
「はいはい、仰せのままに…あーあ、ずいぶんと住みずらい我が家になっちゃったねぇ。」
これが紫島邸の日常の1ページ。毎日朝に使用人とその主人が喧嘩をして、そして最後に家の持ち主と使用人の意見の祖語でちょっとムードが悪くなる。
これが日常。