貴賓席
入学式。すでに学園長の祝辞は始まっていた。私も新入生だが、一応王族なので、二階の貴賓席からそれを聞き流しつつ、学園長の薄い頭の照り具合を観察することでようやく睡魔と戦っていた。
私は第三王子だが庶子なので、私の立場は随分と軽い。王太子殿下である兄上にはもう後継であるお子もいるし、次兄である第二王子殿下も先日ご成婚された。予備としての私の役割も終わりつつある。兄上たちが通った王立アカデミーではなく、比較的歴史の新しいこの学園へ入学したのも、そんな事情があるからだ。
私の護衛も最低限と言ったところ。とはいえ王族の一員なので、私のためというよりは体面のために一定の配慮をされている。私個人の護衛も、学園が用意した警護の者もいる。
だから、いきなり貴賓席の扉がノックもせずに開けられ、息を切らせた娘が入って来た時には仰天した。
入ってきた娘は生徒と思われた。ピンクの髪で、かろうじて制服とわかるような古びてくたびれた服を着ている。両手いっぱいに荷物を抱えて、たった今、田舎から学園に到着したばかりといった様子だった。
ここは学園の講堂なので簡易な作りではある。そして劇場のような物々しい警護室や使用人の控え室などはない。それでも、一般生徒と遭遇しないよう、専用の裏口がある。
はーん、さてはこの娘、遅刻でもして正面玄関がすでに閉められていたので、裏口から回ってこの二階席に忍び込みでもしたんだろう。私が黙っていると、護衛の者は一瞬、戸惑った表情を見せた。
その隙に娘は辺りをキョロキョロと見回し、空いている椅子を見つけると、何事もなかったかのように腰掛けた。その場にいるのは私という王族と、護衛や使用人だけだということに、まるで気付いていないようだった。
さてどうしようか。私は迷った。この娘を叱りつけて追い出すことはできる。だが事を大きくすると、この世間に疎いだけど思われるこの娘が咎められる。それは気の毒な気がする。しかしこのままにしておくわけにもいかない。
それにしても、学園の警備は何をしているのか。いくら私が軽い立場とはいえ、傷付けられでもしたら学園も王家も面目丸潰れだろうに。例えば万が一、この女が刺客ででもあったらどうするつもりか。
そこまで考えて苦笑した。刺客?ありえない。なんとなれば、この娘、こともあろうに式典の最中、しかも私の前で、あっという間に居眠りを始めたからだ。
私はため息をつき、そっと立ち上がった。侍従らと共に廊下に出てみる。式場担当者が控えており、私を見つけると血相を変えてやって来た。
「殿下、何事かございましたか」
「いや、あの個室からでは会場がよく見えなくてね。他に空いている部屋はあるか」
「はあ、今すぐ使えるお席となると、すぐ隣の小部屋しかございませんが……」
「そこでいい、使わせてもらいたい」
「……承知いたしました、こちらへどうぞ」
私の評判は割といい方だ。立場を弁えていると言われている。なので、この担当者は「この王子、評判と違って意外とワガママだったんだな」と思っていることだろう。私は再び苦笑した。でも、私がいなくなった後にこの娘が紛れ込んだことにすれば、少なくともこの娘が必要以上に咎められることもないだろうし、私の立場も守られる。私は隣の部屋に椅子に腰を落ち着け、元の部屋にはあの娘一人が残された。
侍従の一人を見ると、半分咎めるような半分慈しむような目で見て来た。こういう行動が、私を軽んじる者が多い理由でもあるが、いいじゃないか、平和的に解決できて。
隣の小部屋の席に落ち着いてから壇上を見ると、呆れたことに学園長の祝辞はまだ続いていた。私はあくびを噛み殺しつつ、再び彼の頭の照りを観察することに専念した。
このまま式は滞りなく終わるかと思われた。だが最後に珍事が起こった。学園長が声を張り上げたのである。
「今年は特別特待生がいる。紹介しよう。特待生?特待生カナ、どこにいる?」
特別特待生?「特待生」自体が「特別待遇生徒」のことなのだから、それでは特別な特別待遇生だ。なんたる言葉選びか。
そんな愚にもつかないことを、うとうとと、いやつらつらと考えていたところ、隣室から派手な物音が響いた。明らかに椅子から落ちたり蹴飛ばしたりした音だ。
「はいいいっ!カナ、ここにいますぅ!」
隣の席の緞帳の隙間から、件の娘が身を乗り出して手を振っている。危なっかしい。思わず腰を浮かしかけた。
「なっ、なっ、な!なぜそのようなところに!お、降りて来なさいっ!!」
学園長が拡声器を手にしたまま叫ぶ。声が割れて思わず誰もが耳を塞いだ。
「おっ、降り方がわかんないんですっ、飛び降りればいいですか?」
「バッ、バカな!階段を、階段を使いなさいぃ!」
学園長の絶叫と共に、乱暴に扉が開けられドタドタと駆け出す足音。「いったあぁいっ!」などと叫ぶ声が遠くから聞こえる。ぶつかるなり転ぶなりしたんだろう。思わず吹き出すと、侍従は今度ははっきりと咎める目つきをした。
ようやく式が終わり私が廊下に出てみると、点々と物が落ちている。あの娘が慌てて駆け降りる際に次々と落としたのだろう。私は侍従の目を気にして笑いを噛み殺したが、隅に手紙のようなものを見つけ、ふと拾い上げて読んでみた。
『町長様がお前への手紙を書いてくださることになりました。母さんも字の勉強を始めたので、もうすぐお前の手紙が読めるようになりますから、優しい言葉で書いておくれ。妹や弟たちが絵を描きましたので一緒に送っていただきます。紙を下さった町長様に感謝して、勉強を頑張りなさい』
特別な特待生。兄上たちが通うアカデミーには決していないような、紙を買うこともできない貧しい生徒。私は黙って手紙を読み返した。
これは、金を送ったら家族には届かず町長とやらが取り上げることになるだろうな。現金を送ることはやめ、現物を送るよう助言してやらねばいけないだろう。勉学はできるようだが、しきたりは知らなさそうだから、勉学とは別に学べるようにしてやらねばなるまい。
忙しい学生生活になりそうだ。
侍従に手紙を渡し落とし物も届けてやるよう申し付けながら、いつのまにか微笑んでいる自分に気が付いた。
あーあ、出会っちゃった。しーらない。
最後までお読みいただきありがとうございました。




