第4話 再会
水族館から帰宅後、私は震える手でスマホを握りしめていた。
あの人の冷たい視線と、あの言葉が頭から離れない。
『もう二度と、俺に近づくな』
事務所に電話をかける。コール音が響く中、胸の奥が空っぽになっていくのを感じた。
『お疲れさま。どうだった?』
「任務失敗です」
声が震えないよう、必死に抑える。
「最初から……私が別れさせ屋だということを知っていました」
電話の向こうで、担当者が息を呑む音が聞こえた。
『そうか。それで?』
「もうこの仕事は辞めます」
きっぱりと告げた瞬間、何かが心の中で音を立てて崩れた。
通話を切る。涙も出ない。ただ空っぽのまま、私は天井を見上げていた。
普通の女として生きよう。もう誰も騙さない。誰にも騙されない。そんな人生を歩もう。
◇
翌週、パソコンの画面で派遣会社のサイトを開いていた。履歴書の項目を埋めながら、新しい自分を作り上げていく。
春日葵、27歳。事務職希望。
偽りではない、本当の私の名前。
面接では、穏やかな担当者が微笑みかけてくれた。
「IT企業での事務のお仕事があります。環境も良く、おすすめです」
「お願いします」
新しいスタートを切るチャンスだった。
◇
初出勤の朝。新しいシャツに袖を通し、鏡の前に立つ。見慣れた顔だが、どこか違って見えた。
派遣先の会社まで地下鉄で向かう。目的地には大きなビルが建っていた。気が引き締まる。
オフィスビルのエレベーターに乗り込む。14階で扉が開くと、洗練されたオフィスフロアが広がっていた。
受付で名前を告げると、面談室に案内された。程なくして、穏やかな雰囲気の男性社員が現れた。
「春日さんですね。担当部署の沢村です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
それから沢村さんに仕事の大まかな内容を教えてもらった。
「緊張してる?」
「あ……はい、少し」
「困ったことがあったらいつでも相談して」
沢村さんは微笑んだ。その表情で少し気が楽になった。
◇
「ここが営業部のフロア」
沢村さんの説明を聞きながら、私はオフィスの雰囲気を感じ取ろうとしていた。清潔で明るく、社員たちも穏やかに働いている。
ここでなら、普通の日々を送れるかもしれない。
「春日さんの席はここです」
隣の席の女性社員が会釈をした。
「春日さん、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
私は深く頭を下げた。
その時、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。その方向を見ると——
そこに、早川蒼真……彼がいた。
同僚と資料を見ながら話している。落ち着いた表情で、こちらには気づいていない。
なぜここに?どうして?
その時、彼がこちらを向いた。
視線が合った瞬間、時が止まった。彼の表情が驚愕に変わる。私も同じように立ち尽くしている。
オフィスのざわめきが遠のき、まるで二人だけの世界に取り残されたような感覚。
運命は、私たちを再び引き合わせた。




