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幹の終わりに灯るもの――帰れなくなった少女の異世界旅――  作者: 河居


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波の行くさき

食堂を出て、さらに階段を下るとあの店に出た。

3階建て?そんな高い建物には見えなかった気がする……。

自分の世界で見たここを思い出そうとするが、酷く印象が曖昧な事に気づく。店に入ってからの事は鮮明なのに――。

それが(あわい)ということなんだろうか。


店の窓からは朝靄がかかった様に外が見えない。


「では、行く前に注意を少し……。ここは(あわい)の空間。異世界に止まれる時間はそう長くはない。この世界では…そう、夕暮れまでには帰っておいで」

女は少し事務的に、気だるそうに話す。

何も期待していなさそうな、無関心にも思える様な響きだった。


「夕暮れって…時間もわからないのに曖昧です」


「ふむ、ではこれを」


「!」

左手首に違和感を感じて見ると銀の文字盤と淡い色の革ベルトが華奢な腕時計がはまっていた。


出そうになった声を飲み込んで女を見る。

もう、何があったって驚かないんだから……!


「……戻れなかったら、どうなるの?」

「間はその世界から消えて次の世界へ動く。取り残されたなら、そのままだな」

「………!」

ヒュッと息をのんだ……知らない世界で取り残されてしまうのか……。

「刻限を17時としよう、いっておいで……」

さぁもう用はないだろうと言わんばかりの億劫そうな様子で女が細い指でふわりと扉を示すとカラリと軽い音がなって引き戸が開いた。


――絶対に帰る


ゆっくりと、でも音が鳴りそうなほど強く。

異世界へ一歩ふみだした。



ぶわりと広がった風が前髪を揺らして思わず目を閉じる。

ゆっくりと目を開けると小さな無人駅の前だった。

木造に赤いとたん屋根の古い駅は中央の改札から向こう側に海が見えた。


とにかく全く馴染みがないところでなくてよかった。


駅の前は道路なら1車線ほどの踏み固められた砂敷の道が通っている。

右を見ても左を見てもしばらくすると高い赤茶けた崖で、小さなトンネルは長くないのか向こう側に光に照らされた道が薄くつづくのが見える。


道を渡り、駅へ。

地名、時刻表や切符……何か、私の世界と同じ物を見つけなければ。


駅に入ると改札の上に時刻表が掲示されていた……。当たり前というべきか、文字は読めなかった。

小さく落胆するがこの程度でへこたれいてはいけない。


お母さん忙しくて……心配かけたくなかったから、なんだってまずは一人で頑張った。

落ち着いて。よく見て、考えよう。

私は帰るんだ。


目を閉じて深呼吸。よし。


時刻表から左に目を移すと経年劣化と塩害で曇った時計があった。

これは私の世界と同じ12個の記号と秒針、長針と短針で出来ている。

腕時計と見比べて、針の向きが同じ事。秒針が同じタイミングで動く事を確認した。


よし、これは大きい!

思わず手を握りしめる。


時刻表に目を戻す。

時計の記号と腕時計の数字を当てはめて見てみると30分に一本は電車が来る事がわかる。

そして次の停車駅までは15分ほど……。


乗ってみよう。

この世界の電車がどんな速度で走るかわからないのが怖いが、線路沿いに道があるから最悪線路を辿って歩いて帰って来れるはず。どのみちここに居てもこれ以上何も無い。



「おや、お客さんかい。どちらへ行かれるのー?」


急に声をかけられてビクッとして振り返ると小さな老婆が声をかけてきた。

「あんたぁ旅行かい?最近はなんだ?ばっくパッパー?だら言うのがたまぁにくるがよ」

「え……え?あの……」

「あぁ!あんたぁお社見に来たんか!だったら急がんと。ばばも今から手入れしに行くとこだ。案内してやろうね」


老婆は勘違いのまま手を引いて改札を抜けようとする。


旅行者?バックパッカーの事言ってるの??

待って、私制服でそんな荷物ももってな――。


思わず伏せた目線に自分の足元が映る。白いスニーカーに着古した様なジーパン。視線を上げればネルシャツと白いTシャツ。

肩に違和感を感じて触ればリュックを担いでいるらしい。


いつのまに!


流石に驚いて目が白黒する。

老婆は止まらず改札を抜けた。

「待って!私、お金払ってない!」

「ここの駅長なんざ坊主の頃から知っとるさ。いらんいらん。お社の手入れ手伝ってくれたらいいわい」


老婆の中では決定事項のようでそのままホームに出れば崖の向こうからカタンカタンと気の抜けるリズムで電車がやってきた。




結局、老婆の勢いに押されて電車に乗り込んだ。

お社ってなんだ?お手伝いをする事になっちゃったみたいだけど……そんな暇ないのに……。


焦る気持ちが募って指を硬く握って見つめていると老婆が声をかけてきた。


「なぁに?気分でも悪くなったのかい?

外見てみぃ、この辺は海が綺麗よ」


老婆に促され、そろりと車窓に目を向けた。



朝焼けの澄んだ空気で海は水平線をくっきりと見せていた。

海は沖に行くほど深い青から手前に来るに従ってピーコックグリーンへとグラデーションをつくっていく。

すぐそばの浅瀬には日に焼けて黄色味がかった防波ブロックが規則的に並び、波で削られ無くした角には鮮やかな緑の海藻が苔の様にむしている。

時をかけて遺跡の様になったブロックの上を青い魚の群れが滑る様に泳いでいく。

ブロックの岩肌も、海藻も魚も手を伸ばせば触れそうな透明度だ。時折魚が跳ねた波紋に朝日が反射して光る。

見た事ないくらい綺麗だと思って目が離せなかった。


そう言えば、景色ゆっくり眺めるなんていままでした事無かったかもしれない。


「海はいいもんさぁ。ずぅっと眺めてるられる。そうやって眺めてるうちに波が要らんもんは持ってってくれるんだぁ」


聞くとも無しに老婆の言葉を聞いていた。



目的の駅に着くとまたしても無人……。

老婆は気にする風でもなく歩いていく。


「あれだぁ、あれがお社。立派なもんじゃろう?」

「……すごい」


海の中に白い砂浜の道ができていて小さな島に続いている。

島には巨木が一本生えている。

この木で島ができてるんじゃないかと思うほど大きい。

木の根元に社はあった。

幹にめり込む様に建っていて、木に守られている様にも吸い込まれている様にも見える。

青とピーコックグリーンの間に浮かぶ様な巨木はそこだけ世界が違う様な神聖さがあった。


「御神木は大きいのはいいが近頃よく葉を落とすもんでなぁ……。ばばが掃いてきれいにしてやるんよ。今日は若いもんもおるからね。捗るわい」

ご満悦の老婆は矍鑠とした足取りで社に向かう。


老婆が強引なせいなのか、綺麗な景色と神聖な雰囲気に当てられたのか……焦る気持ちはなりを潜めて素直に老婆に続いた。


老婆と二人しばらく黙々と落ち葉を集めた。

気温が上がりだして顎から汗が滴るが嫌な気持ちはしなかった。


どれくらい時間が経っただろう。海を見つめると来た道が無くなっていた。

「お……おばあちゃん!!道が無い!」

あまりに驚いて口調が幼くなってしまう。

「どうしよう……夕方までに帰らないといけないのに……」

「あれあれ、大丈夫だよぅ。潮が満ちただけさ。お昼にしようね。食べ終わった頃にはまた道ができておるよ」

不安になってしまった私の腕をおばあちゃんが優しく撫でてくれた。


……こんな風に慰めてもらうのも……。いつぶりだろう。


「さぁてばあばのお手製だ。よく手伝ってくれたねぇ。たくさんお食べ」


おばあちゃんが出してくれたご飯は素朴な色のお団子と肉まんを足したような見た事ないものだった。

恐る恐る手にとって口に含むと優しい味がした。

「……美味しい……」

「そうじゃろう?たくさんお食べね」

竹のコップにお茶を注いで渡してくれる。これは麦茶に似てるけどちょっと違う。なんだか少し甘い。

「あの……ありがとうございます。ご飯も。……私電車の乗り方もわからなくて……」

「あぁいい、いい。気にせんでいいよ。バァバのおせっかいさ。あんたずいぶん思い詰めた顔しとったじゃろう?」


思い詰めた……焦っていた。確かに。

とにかく早く帰らないとって……。

勉強だって、こんなところでのんびりしてたら周りと差がついてしまう。……目標に届かない。


「あれあれ……また思い詰めてぇ」


おばあちゃんがそっと距離を詰めてしわしわの手をカナエの頭に乗せてしっかりと撫でた。


「あんたぁまだ若いんだから、悩んだっていいし立ち止まったっていつか財産になるもんさぁ。……だから今は泣きたいならたくさん泣いておくといい」

ちょっとだけ真剣な声だった。諭すのとも慰めるのとも違うようで、その両方のようなあったかい声だった。

「……え、あれ……」

泣いてる自覚は無かった。

おばあちゃんの手のひらがあったかいと思ったら……急に止まらなくなってしまった。


「涙も波と一緒。悪いもなぁ連れてってくれるからね……」


「……!」

お母さんに弱音なんて吐かなかった。だって1番に喜んで欲しいから……辛い思いして欲しく無いから、自分の辛さは全部自分で片付けてきた。

でも、今、もうきっと2度と会うこともないこのおばあちゃんを前に弱さがとまらなかった。

もう会わないと思うからかもしれない……。

私にとって、おばあちゃんは波だったんだ。




その後、無事に帰り道ができて、おばあちゃんと最初の駅まで戻ってきた。

駅の真正面には水平線に浮かぶ夕陽が見える。

あったかいオレンジの光が小さな駅を包んでいた。


「うちに泊まって行ってもいいんだよ……」

「うううん、ありがとう。おばあちゃんのおかげで元気でたから、もう大丈夫」


おばあちゃんは最後まで心配してくれた。

孫を見る様な目線がくすぐったくて……嬉しい。


「それじゃあ、ほんとうにありがとう。おばあちゃん元気で」

「あんたもねぇ。いい旅におし」



私はおばあちゃんに手を振って店に帰った。


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