第九話 仮面の裏側
ミリアに案内され、舞踏会場を抜けて長い回廊を進む。
窓の外には月が浮かび、白い光が廊下の赤絨毯を淡く照らしていた。
背後で足音が響くたび、彼女の香水の甘い香りがかすかに揺れる。
——この場に侍女も護衛もいない。
それだけで、彼女が本気で話すつもりだと分かる。
人気のない小部屋に入ると、ミリアは扉を閉め、鍵を掛けた。
振り向いた時、その微笑みはもうなかった。
「……あなた、やりましたね」
「何のことかしら?」
「とぼけないで。侯爵を陥れたのは、あなたでしょう?」
その声には、舞踏会場で見せる柔らかさは欠片もない。
代わりに鋭さと苛立ちが滲んでいる。
——ああ、やっぱり。これが本性。
「侯爵が捕まったのは、彼が不正をしていたからですわ。私は何も」
「証拠を掴める人間がどれだけ限られているか、あなたも分かっているでしょう」
ミリアは一歩、私に詰め寄った。
瞳の奥で、青い炎のような感情が揺れている。
「……あなたは私の敵になるつもり?」
「敵? いいえ。私はただ、正しいことをしているだけですわ」
「正しいこと?」
ミリアは短く笑った。
「領地で善政を敷いたり、貴族の腐敗を暴いたり……そんなことをしても、あなたがこの国で立場を取り戻すことはできません」
「そうかしら?」
「ええ。王太子殿下は私を選んだ。国も、民も、あなたより私を必要としている」
その言葉には確信と傲慢が混じっていた。
自分こそが選ばれし存在——そう信じて疑っていない。
私はゆっくりと近づき、彼女の耳元に口を寄せる。
「……そう思えるのは、今のうちだけですわ」
「……何ですって?」
「侯爵は倒れた。でも、それは序章にすぎません。次に動くのは、あなたの足元です」
囁くと、ミリアの呼吸が一瞬だけ乱れた。
だがすぐに、再び微笑を作る。
「脅しのつもり?」
「いいえ、予告ですわ」
私は一歩下がり、スカートを軽く摘んで礼をした。
「今夜は楽しかったですわ。次は、もっと面白い夜にいたしましょう」
ミリアの瞳が鋭く光る。
「……あなた、ただでは済みませんよ」
「ええ。お互い様ですわ」
そのまま部屋を出ると、廊下の先にルーカスとカイルの影が見えた。
二人は何も聞かず、私を護衛するように左右に立つ。
背後から感じる視線——ミリアのものだろう——は、氷のように冷たく、そして燃えるように熱かった。
(いいわ……これでようやく、同じ盤上に立てた)