表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/51

第八話 予期せぬ乱入者

 エドワード公爵の指先が封筒を受け取った瞬間、彼は何事もなかったかのようにグラスを持ち上げた。

 その動きは完璧に自然で、周囲の誰も気づかない——はずだった。


 だが、視界の端で、ミリアがこちらを凝視しているのが分かった。

 王太子アルベルトも、彼女の視線を追うように首を動かす。

 ——早すぎる。今はまだ、疑惑の種を植える段階なのに。


 その時、会場の扉が勢いよく開いた。

 重厚な音楽が一瞬止まり、全員の視線が入口に集まる。

 そこに立っていたのは、鎧姿の男だった。

 濃い灰色の外套を翻し、鋭い眼差しで大広間を見渡す。


「王都警備隊長、ハロルド卿……?」

 誰かが囁いた。

 普段、彼は舞踏会に姿を見せることはない。

 しかも、その顔にはただならぬ緊張が走っている。


「失礼いたします!」

 彼はまっすぐ玉座前まで進み出ると、国王に膝をついた。

「至急の報告がございます。南部交易路で大規模な物資横流しが発覚いたしました。

 証拠はすでに押収し、関係者の名も判明しております」


 ざわめきが会場を駆け抜ける。

 私は心の中で静かに息を吐いた。

 ——まさか、私が渡した証拠が、今この場で使われるとは。


 国王の顔が険しくなる。

「関係者とは、誰だ」

「……ディートリヒ侯爵と、その縁者が経営する商会にございます」


 その瞬間、侯爵の顔色がみるみる青ざめた。

 周囲の貴族たちが一歩ずつ距離を取る。

 ミリアは動揺を隠せず、アルベルトの袖を強く握りしめていた。


 私はワイングラスを唇に運び、静かに様子を眺めた。

 この場で私が何もしていないように見えるのが、最高に心地いい。

 ——悪役令嬢は、舞台の中央に立たなくても物語を動かせるのだから。


 だが、事態はそこで終わらなかった。

 ハロルド卿が次の言葉を発する前に、侯爵が突然叫んだ。

「これは陰謀だ! 誰かが私を陥れようとしている!」

 視線が、まるで磁石のように私に集まる。

 彼の目には、はっきりと私への憎悪が宿っていた。


「アストレア嬢、これは貴女の仕業か!」

「まあ……わたくしにそのような力があるとお思いで?」

 柔らかく微笑みながら答える。

 だが、その余裕こそが侯爵をさらに追い詰めたらしい。


「貴様がいなければ、こんなことには——!」

 言葉を遮ったのは、国王の重々しい声だった。

「黙れ、侯爵。証拠がある以上、弁明は後にせよ」

 衛兵たちが侯爵に近づき、その両腕を掴む。

 侯爵は必死に抵抗するが、無駄だった。


 やがて、彼は連行され、会場の扉が再び重く閉じられる。

 残された空気は重く、しかしどこかで興奮も混じっていた。

 ——獲物が倒れる瞬間を見た者特有の高揚感。


 私はグラスを置き、ルーカスとカイルに目配せをした。

 二人はごくわずかに頷く。

 だが、その時——ミリアがこちらへ歩み寄ってきた。


「セリーナ様」

 その声は微笑みを帯びているが、瞳は氷のように冷たい。

「お話がありますわ。人目のない場所で、二人きりで」


 ——ようやく仮面を外す気になったようね。

 私は小さく微笑み、頷いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ