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第七話 舞踏会の裏で


 舞踏会は華やかに進行していた。

 シャンデリアの光がドレスや宝飾を照らし、笑い声とグラスの触れ合う音が絶え間なく響く。

 だが、その中に漂うのは甘い香りだけではない。

 ——疑念、欲望、そして私を値踏みする視線。


 私は一人、ワイングラスを手に会場の端に立っていた。

 ルーカスは会場の警備兵の一角に紛れ、カイルは給仕に変装して私を監視している。

 彼らの視線が交錯し、暗黙のうちに状況を共有した。


「アストレア嬢、お久しぶりですな」

 低い声が耳に届く。振り向けば、そこには老獪な笑みを浮かべた侯爵——ディートリヒ。

 彼はミリアを聖女に推した最大の後援者だ。

「領地の改革、噂になっておりますぞ。民に優しい領主とは、珍しい」

「まあ。誉め言葉として受け取っておきますわ」

「ええ、もちろん」

 侯爵の目は笑っていない。

 その奥には、利益を独占したいという欲が透けて見える。


「殿下とミリア様が手を取り合い、国を導く。まさに理想的な未来ですな」

「ええ。ですが、未来は一つではありませんわ」

「……ほう」

 侯爵の目が細められる。

 私はわざと曖昧に笑い、視線を逸らした。

 こういう人物は、確信ではなく疑念を植え付ける方が効く。


 その直後、別の貴族令嬢たちが近づいてきた。

 彼女たちは私を見るなり、あからさまに口元を隠して囁き合う。

「……本当に来たのね」

「殿下に恥をかかされたのに」

 聞こえないふりをしてグラスを傾ける。

 この場で感情を見せることが一番の敗北だ。


 やがて、楽団の曲が変わった。

 アルベルトとミリアが中央で踊り始める。

 人々の視線が二人に集まり、その輪が自然と広がっていく。

 ——今が動く時だ。


 私は給仕に扮したカイルの前を通りざま、小声で告げた。

「例のものを」

「承知しました」

 彼の手から小さな封筒を受け取り、そっとドレスの袖に滑り込ませる。

 中身は、ある商会と侯爵家の不正取引を示す証拠——先日、領地の商人から密かに受け取ったものだ。


 目指すは、この証拠を然るべき人物の耳に入れること。

 それができれば、今夜の舞踏会はただの社交の場ではなくなる。


 私はゆっくりと会場の奥へ進む。

 そこには、国王の弟であり、王位継承権第三位のエドワード公爵が控えていた。

 彼は政治には深入りしないと評判だが、情報を集めるのは誰よりも早い。


「ご無沙汰しております、公爵閣下」

「おや、アストレア嬢。随分と自信に満ちた顔をしておられる」

「ええ。今夜は少し、面白いものをお見せしたくて」

 私は袖から封筒を取り出し、テーブルの下で彼の手にそっと押し付けた。

 公爵の瞳が一瞬だけ鋭く光る。


 その瞬間、会場の空気がわずかに揺れた。

 ダンスの最中、アルベルトとミリアがこちらを見ている。

 ——気づかれたかもしれない。


(いいわ……ここからが本番よ)


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