第六話 舞踏会の幕が上がる
王都の城門をくぐった瞬間、空気が変わった。
整然と並ぶ白い石造りの建物、香油を焚いたような甘い匂い、そして視線。
——歓迎ではない。観察し、値踏みする視線だ。
私の馬車が石畳を進むたび、道端の貴族たちがひそひそと囁き合う。
「アストレア嬢よ」
「婚約破棄されたくせに戻ってきたのか」
「噂では領地で反乱を起こしているとか」
耳に入っても、表情は崩さない。
その程度の言葉で動揺して見せたら、向こうの思うつぼだ。
城の大広間は、金と宝石で飾られ、天井からは巨大なシャンデリアが輝いている。
楽団の奏でるワルツが流れ、すでに多くの貴族たちが踊っていた。
そして、その中央——王太子アルベルトと、白銀のドレスを纏ったミリアが並んで立っている。
ミリアの微笑みは、絵画のように完璧だった。
柔らかな波打つ髪、慈愛を湛えた瞳。
だが、私には分かる。あれは人を惹きつけるために計算された仮面だ。
「セリーナ・アストレア嬢」
司会役の侍従が私の名を高らかに告げた。
視線が一斉に集まる。
私は一歩、赤絨毯を踏み出した。
真紅のドレスが光を反射し、宝石がきらめく。
背筋を伸ばし、顎をわずかに上げる。
——悪役令嬢の登場は、こうでなくては。
アルベルトが形ばかりの笑みを浮かべた。
「よく来てくれた、セリーナ」
「ご招待いただき光栄ですわ、殿下」
互いの声は礼儀を守っているが、視線は刃のように冷たい。
その瞬間、ミリアが一歩前に出た。
「セリーナ様、お会いできて嬉しいです。領地のご様子はいかがですか?」
柔らかな声に、周囲の貴族がうっとりとする。
だが、これは罠だ。
「領地は荒れている」と私の口から言わせ、無能な領主と印象づけるための。
「ええ、とても順調ですわ。ここ数週間で治安は改善し、市場も活気を取り戻しております」
笑みを浮かべながら、私はさらりと答える。
貴族たちの表情がわずかに変わった。
想定していた答えではなかったのだろう。
ミリアは一瞬、微笑みを保つのに苦労したように見えた。
「まあ……それは素晴らしいですね」
「ありがとうございます。殿下も、どうか一度視察にいらしてくださいませ。きっと驚かれますわ」
軽く一礼し、そのままアルベルトの横を通り過ぎた。
背後で、何人かの貴族がざわつく音がした。
——この舞台、主役はもう私だ。