第五話 王都への道中
王都への道は、以前より静かだった。
討伐隊を出したおかげで盗賊の姿はほとんどなく、街道沿いの村にも少しずつ活気が戻っている。
だが、私の胸の奥は穏やかではなかった。
——向かう先は、婚約破棄の場を演出した人々が待つ場所。油断すれば、再び悪役の烙印を押されるだろう。
馬車の中、窓の外を眺めながらカイルが言った。
「お嬢様、王都ではくれぐれも挑発に乗らぬよう」
「挑発する側は、むしろ私よ」
「……やはりそうお考えでしたか」
カイルの眉間に皺が寄る。
私は軽く肩をすくめた。
「向こうが舞台を用意した。なら、主役は私になる」
「命がけの舞台です」
「だからこそ、面白い」
会話に割って入ったのはルーカスだった。
彼は剣を磨きながら、低い声で言う。
「王都には、俺が警戒するべき相手が山ほどいる。……ミリアだけじゃない」
「ええ。彼女はただの象徴。本当に怖いのは、その背後にいる者たちよ」
ミリアの背後——それは、彼女を聖女に押し上げた貴族派閥だ。
彼らの目的は、国の権力を王太子と自分たちで分け合うこと。
もし私が邪魔になれば、簡単に消される。
そんな話をしているうちに、馬車は宿場町に入った。
今夜はここで休む予定だ。
宿の二階、簡素だが清潔な部屋で荷を解いていると、ルーカスが小声で告げた。
「尾行がついている」
「王都の者?」
「たぶんな。王家の紋章を刻んだ馬具が見えた」
——やはり、私の動向は完全に監視されている。
ならば、逆に情報を流してやればいい。
「セリーナは舞踏会に出席する。着飾って、堂々と現れる」と。
「放っておきなさい。きっと向こうは、私が震えて逃げ出す姿を期待しているわ」
「逃げるつもりは?」
「ないわ。むしろ、足を踏み鳴らして入っていくつもりよ」
夜、宿の窓から月を見上げる。
王都の灯りはまだ見えない。だが、その向こうで待つ人々の顔は容易に想像できた。
アルベルトの冷たい笑み。ミリアの慈愛に満ちた仮面。そして、彼らを囲む貴族たちの視線——。
(利用するのは、向こうじゃない。私だ)
翌朝、出立の準備を整えたとき、宿の主人が恐る恐る声をかけてきた。
「……セリーナ様、王都ではどうかご無事で」
その目には、領民としての心配と、何かを託すような期待が混ざっていた。
「ええ。必ず」
そう答えて馬車に乗り込む。
馬車の車輪が石畳を離れ、再び街道を進み出す。
やがて、遠くの地平線に王都の尖塔が見え始めた。
私は窓からそれを見つめ、微笑んだ。
——さあ、舞台は整った。