第四十三話 誘いの刃
修道院の中庭に、黒い外套をまとった影が三つ。
月明かりに照らされた赤い三日月の紋章が、まるで血のように光っている。
先頭の女——南門で私と対峙した騎兵隊長が、ゆっくりと歩み寄った。
「逃げも隠れもしないのね」
ミリアは背筋を伸ばし、冷ややかに言った。
「何度も言ったはず。私はあなたたちの駒にはならない」
「……駒じゃない」
隊長は微笑む。だがその笑みは、氷のように冷たい。
「王国も、お前の“友人”セリーナも、お前を利用した。
我らは違う。——お前に選ばせる」
その言葉と同時に、後ろの二人が囚人を連れてきた。
縄で縛られているのは、修道院の若い修道士。
顔に殴打の跡があり、か細い声で助けを求めている。
「選べ」
隊長は腰の短剣を差し出した。
「王国の密偵として死なせるか、我らと共に来て救うか」
ミリアの心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
これは試しだ。力だけでなく、信念を測る試し。
彼女は短剣を手に取り、修道士に歩み寄った。
周囲のクレセントの兵たちが、固唾を飲んで見守る。
「あなたたちのやり方は、私のものじゃない」
その瞬間、ミリアの掌から光が迸った。
短剣は床に落ち、縄は炎のような光で焼き切れる。
驚く修道士の腕を掴み、彼女は一気に後方へ跳んだ。
「捕らえろ!」
隊長の叫びと同時に、兵たちが剣を抜く。
だが、修道院の鐘が再び鳴り、別の影が門を破って現れた。
銀の鎧をまとい、剣を構えた王国騎士団。
その先頭に立つのは——私だった。
「間に合ったわね、ミリア」
クレセントの兵と王国騎士団が交錯し、修道院は戦場と化した。
月明かりの下、私とミリアの視線が一瞬だけ交わる。
そこには憎しみと、奇妙な共鳴が入り混じっていた。