第四十二話 王城の波紋
南門での騒動から、わずか半日。
王都は、噂と憶測で渦巻いていた。
「聖女が戻ったらしい」
「反王国同盟と手を組むのか?」
「いや、追い払ったそうだ」
真偽入り混じった話が、酒場から市場、貴族の邸宅にまで広がっていく。
王城の会議室。
重厚な扉が閉ざされ、私と数人の重臣、そして第一王子アレクシスが集まっていた。
「セリーナ、どういうことだ」
アレクシスの視線は厳しい。
「門前で聖女と接触したと報告を受けた。なぜ捕らえなかった?」
「捕らえることは可能でした。しかし……」
私はわざと間を置き、全員の注意を引く。
「彼女を捕らえれば、反王国同盟が“王国が聖女を弾圧した”と吹聴し、民衆を煽るでしょう」
重臣たちがざわめく。
「今は利用できる形で泳がせる方が得策です」
しかし、アレクシスの表情は険しいままだった。
「泳がせる……? 彼女はお前の敵だろう」
「ええ、ですが敵を倒すには、まず相手の動きを知る必要があります」
私の声は冷静だったが、内心は焦りを隠していた。
——ミリアの力が戻っている。
あの金色の光は、聖女だった頃の力の残滓ではない。
確実に、再び目覚めつつある証だ。
一方その頃、ミリアは王都の外れの修道院に身を寄せていた。
院長は昔から彼女を知る人物で、追放後も密かに手紙をやり取りしていた。
「もう戻らないと思っていたわ」
「戻らざるを得なかったの」
ミリアの声は静かだが、その奥には強い決意があった。
「奪われたものを返してもらう。そのためなら、王都のど真ん中でも動くわ」
その夜、修道院の鐘が不意に鳴り響く。
——侵入者だ。
ミリアは即座に外套を羽織り、闇の中へ足を踏み出した。
そして、月明かりの下で見えたのは、黒い三日月の紋章。
南門で退いたはずのクレセントが、再び彼女の前に現れたのだった。