第四話 王都からの招待状
治安回復のための兵の再編と、税率引き下げの布告を出して三日後。
領地内の空気が、ほんの少しだけ変わった。
市場には数軒の商人が戻り始め、盗賊の目撃情報も減っている。
まだ始まったばかりだが、この流れを止めるわけにはいかない。
そんな昼下がり——机に広げた予算案を睨んでいたところ、カイルが静かに扉を叩いた。
「お嬢様、王都からの使者が参りました」
「王都?」
私はペンを置き、カイルの手元にある封筒へ目をやった。
白地に金糸の縁取り、赤い封蝋には王家の紋章。
差出人は——アルベルト王太子。
胸の奥で、何か冷たいものが流れた。
婚約破棄から日も浅いのに、今さら何の用だろう。
「開けて」
カイルが封を切り、中の便箋を読み上げる。
『ミリア・フローレンス聖女任命祝賀舞踏会に、セリーナ・アストレア様をお招きいたします』
室内に沈黙が落ちた。
ルーカスが眉をひそめる。
「……挑発だな」
「あるいは見世物にする気でしょう」
カイルの声は冷ややかだ。
私は便箋を受け取り、最後まで目を通した。
丁寧な文面、だがそこに滲むのは、明らかに「私を呼び戻す意図」だ。
——おそらく、王都で新たな秩序を誇示するため。聖女と王太子の並びを見せつけ、その対比として私を立たせる。悪役として。
「行きます」
私の言葉に、二人が同時に顔を上げた。
「お嬢様、危険です」
「承知の上よ。向こうが仕掛けてきたのだから、正面から受けて立つわ」
私は微笑んだ。
恐怖ではなく、むしろ楽しさが込み上げてくる。
あちらが用意した舞台を、私の勝手に使わせてもらうだけ。
「それに、王都には確認すべきことがあるの」
そう告げて立ち上がると、クローゼットの奥から真紅のドレスの箱を引き出した。
かつて、王太子の隣に立つために仕立てたもの。
——今度は、別の意味で着る。
「光と影、どちらが眩しいか。はっきり見せてあげる」
ルーカスが小さく笑い、カイルが溜息をついた。
だが二人とも、止めようとはしない。
彼らは知っているのだ。私が一度決めたら、何があっても曲げないことを。
「旅の支度を」
「承知しました」
こうして、私は再び王都へ向かう準備を始めた。
今回は、断罪されるためではない。
——舞台を奪い取るために。