第三十八話 王都の動揺
晩餐会の最中、私はグラスを手に笑顔を作っていた。
煌びやかなシャンデリア、音楽、甘い香水の匂い——
しかしその中で、ひそやかな囁きが耳に届く。
「……辺境で、奇跡が起きたそうよ」
「聖女でもない女が、病人を癒したって話だ」
私は笑顔を保ったまま耳を傾ける。
ただの噂に過ぎない——そう言い聞かせる。
けれど、妙に胸がざわついた。
晩餐会が終わった後、控室でルーカスが報告を持ってきた。
「この数日、辺境の村々で“金色の光を放つ女”の目撃が相次いでいます」
「偶然の作り話でしょう」
口ではそう言いながらも、心の奥に嫌な予感が広がる。
——あの目撃談、もしや……。
机に置かれた地図の辺境の一角に、赤い印がいくつも増えていた。
それは、ミリアが通った村の位置に重なっている。
「追放されたはずの彼女が……何をしている?」
ルーカスは少しだけ目を細めた。
「復讐の準備かもしれません」
「ふふ……なら、迎え撃つだけよ」
そう言ったものの、胸のざわめきは収まらない。
夜、私は寝室の窓辺に立ち、月を見上げた。
ミリアがまだ諦めていないとしたら——
これは本当に終わった物語ではない。
——そして私がその時点で気づかなかったのは、
彼女の歩みが、すでに王都の運命を揺らし始めていたということだ。