第三十七話 失われた神託
追放から十日目。
ミリアは東方の山間を抜け、辺境の小村にたどり着いた。
村は旱魃に苦しみ、井戸は干上がり、畑はひび割れている。
村人たちは疲れ切った顔で、見知らぬ旅人に視線すら向けない。
「……助けてください」
幼い声が足元から響いた。
痩せた少年が、小さな壺を抱えて立っている。
「お母さんが熱で……」
ミリアは膝をつき、少年の頭を撫でた。
「案内して」
藁葺きの家に入ると、そこには衰弱した女性が横たわっていた。
聖女だった頃なら、祈りひとつで癒せたはずの症状。
しかし今の彼女には、その力はもうない——はずだった。
ミリアは女性の手を握り、無意識に祈りを口にした。
その瞬間——胸の奥で、かすかな光が灯る。
「……え?」
掌から、淡い金色の温もりがじんわりと広がっていく。
女性の呼吸が少しだけ楽になり、顔色が和らいだ。
——神の声が、微かに響いた。
「汝、まだ道半ばにある」
それは懐かしく、同時に厳しい響きだった。
ミリアは涙をこぼしながら女性の額を拭う。
力は完全ではない。けれど、確かに戻り始めている。
「……必ず、取り戻します」
その決意は、もはや失望の影を一切含んでいなかった。
村を発つとき、少年が小さな袋を差し出した。
「これ……干し肉です。お姉ちゃんが助けてくれたから」
ミリアは笑って受け取り、東の道へと歩みを進める。
遠く離れた王都で、その変化に私はまだ気づいていなかった。