第三十六話 荒野の誓い
王都の大門が背後で閉じた瞬間、静寂が訪れた。
耳に届くのは、風の音と自分の足音だけ。
ミリアは立ち止まり、冷たい空気を深く吸い込んだ。
——これで、すべてを失った。
聖女の座も、信頼も、居場所も。
それでも、心の奥の炎はまだ消えていない。
やがて彼女は、道端に崩れかけた小屋を見つけ、そこで一晩を過ごすことにした。
外套を肩から外し、持ってきた水袋を少しだけ口に含む。
空腹はひどいが、食料はほとんど残っていない。
その夜、夢の中で彼女は過去の光景を見た。
まだ聖女になる前、孤児院で子供たちと笑い合っていた日々。
「ミリアお姉ちゃんは、ずっとそばにいてくれるよね?」
小さな声が胸を締めつける。
——あの笑顔を、奪わせはしない。
夜明け前、ミリアは小屋の外に出て、東の空を見上げた。
星々が薄れ、赤い朝焼けが地平線を染めていく。
「……必ず戻る」
その声は低く、しかし大地に染み込むように力強かった。
彼女は懐から一枚の紙を取り出す。
そこには、王都の外にいる味方——かつて救った商人、巡礼僧、傭兵——の名前が記されている。
「今度は、私が全部取り戻す番」
そう呟くと、彼女は東へ歩き出した。
王都から遠ざかるその背中に、もう迷いはなかった。
——そして私の知らぬところで、その一歩が私への反撃の始まりとなる。