第三十四話 剥奪
朝の鐘が鳴り響くと同時に、神殿の大広間には異様な空気が漂っていた。
祭壇前に集まった神官たちの間を、重々しい足音が進む。
先頭に立つのは神殿長、その手には封印の押された羊皮紙が握られている。
「ミリア・フォン・エーベルライン」
その名が響くと、彼女は静かに跪いた。
神殿長の声は冷たく、しかし揺るぎなかった。
「君の聖女任命について、重大な不正が発覚した」
ざわめきが広がる。ミリアは顔を上げた。
「不正……?」
「神託による任命ではなく、父上の多額の献金と働きかけによって得られたものだと記録されている」
ミリアの表情が固まる。
「そんなはずはありません!」
必死に否定しても、証拠として改ざんされた書類が神官たちの前に掲げられる。
「これがその記録だ。文官三名の証言もある」
全て、私が用意させた駒たちの証言だ。
神殿長は最後の言葉を告げた。
「本日をもって、君の聖女位を剥奪する」
その瞬間、広間の空気は完全に彼女を拒絶するものへと変わった。
外で待ち構えていた群衆が、決定を聞くや否や叫び声を上げる。
「やっぱり偽物だった!」
「聖女を騙るなんて!」
石が投げられ、神殿兵が慌てて彼女を中へ押し戻す。
その光景を、私は王宮のバルコニーから遠く眺めていた。
ルーカスが隣で微笑む。
「これで完全に……」
「ええ。もう彼女には、立場も後ろ盾も残っていない」
私はグラスの赤ワインを軽く揺らした。
——あとは、彼女がどう壊れていくかを見るだけ。
しかしその夜、ミリアは涙も見せず、ただ机に一枚の紙を広げていた。
そこには、神殿の外に残されたわずかな味方の名が記されている。
「……まだ、終わってない」
その声は低く、しかし確かに火を宿していた。