第三十三話 最後の駒
夜明け前、王都はまだ眠りに包まれていた。
私は書斎の机に広げた地図を見つめ、最後の計画に印をつける。
——狙うは、神殿の中枢そのもの。
「準備は整ったわ」
背後から静かに現れたのはルーカスだった。
「例の者は?」
「今夜、神殿に潜入します」
彼が言う「例の者」は、神殿内部の文官でありながら、密かに私に忠誠を誓う者だ。
彼にはある書類——聖女ミリアの任命に関する決定文——を改ざんさせることになっている。
内容は単純。
「聖女の任命は、神託ではなく、父親の贈賄によるものであった」
この一文が公になれば、ミリアは聖女の座を完全に失う。
そしてその瞬間、彼女を守る権力も消える。
その頃、神殿の廊下では、ミリアが一人歩いていた。
失意の色はまだ濃いが、その瞳にはわずかな光が戻っている。
——港も商会も失敗した。でも、まだ神殿がある。
彼女はそれだけを頼りに、自分の立場を立て直そうとしていた。
しかし、その足音の影で、静かに裏切りが進行していることを、彼女は知らない。
夜、文官が密かに書類庫へ忍び込み、封印を切る。
机の上で羊皮紙がすり替えられ、再び封が押される。
それは、たった数分の出来事だった。
私は王宮のバルコニーから夜空を見上げていた。
遠くで鐘が一つ鳴る。
——これで終わりよ、ミリア。