第三十一話 罠
王都の北区に、古い商会があった。
「ローヴァン貿易」。表向きは香辛料と織物を扱うが、裏では高利貸しや密輸にも手を出していると噂される場所だ。
ミリアはそこがレナの慈善事業の資金元の一つだと突き止めた。
午後の光が傾きかけた頃、ミリアはリオンを伴って北区へ向かう。
「今日中に証拠を押さえる。もしうまくいけば、あの女の資金は一気に干上がる」
彼女の声には、久しぶりに勝機を感じる響きがあった。
一方、その同じ時刻——
私はローヴァン貿易の会長室にいた。
「予定通りでいいわ。彼女が来たら、協力しているふりをして」
会長は不安げに眉を寄せる。
「本当に大丈夫でしょうか、セリーナ様。あの聖女は……」
「心配いらないわ。彼女が欲しがるものは、すべてこちらで用意してある」
——そして、それはすべて偽物。
彼女が証拠として神殿に持ち帰れば、逆に「ミリアが商会を陥れようとした」という証言が揃うよう仕掛けてあった。
夕暮れ、ミリアは商会の裏口から忍び込み、帳簿室へと潜入する。
そこには、まるで彼女を待っていたかのように机上に開かれた帳簿があった。
「……これよ」
ページには、レナの慈善団体からの巨額の入金と、それが密輸に使われたことを示す記録——もちろん、私が用意させた偽のもの——が書き込まれていた。
その瞬間、背後の扉が開く音がした。
「何をしているのです、聖女様」
現れたのは、王都警備隊長だった。
彼の視線は冷たく、すでに複数の兵士がミリアを取り囲んでいる。
「……これは違う! 罠よ!」
ミリアの叫びは、狭い部屋に虚しく響いた。
しかし、その言葉を信じる者は一人もいなかった。