第三十話 波紋
翌朝の王都は、また新しい噂で持ちきりだった。
「聖女ミリア様、夜の港で何を?」
「密輸人と接触していたらしい」
「いや、逆に密輸を摘発しようとしていたんだ」
真実は一つも確定していないのに、尾ひれがついてあっという間に広がっていく。
神殿の広間では、神官たちがざわめいていた。
「殿下がこれ以上の醜聞を許すはずがない」
「それより、レナ様の評判がさらに上がっているとか……」
噂は廊下から礼拝堂へ、礼拝堂から王宮へと伝わっていった。
一方、私のもとにも早馬で情報が届いた。
ルーカスが淡々と報告する。
「ミリア様が港に現れた件、既に貴族社会にも知れ渡りました」
「予想通りね」
私は紅茶を口にしながら、窓の外の王都を見下ろす。
動きが早いのは、もはや彼女の長所でもあり、弱点でもある。
その頃、ミリアは神殿の小部屋に閉じこもっていた。
港での出来事は、彼女にとって予想外の結果だった。
証拠はまだ手元にある。だが、あの場でセリーナに遭遇したことで、計画は半ば台無しになった。
「……このままじゃ、全部奪われる」
低くつぶやく声に、リオンが不安げな視線を向ける。
「お嬢様、次はどう動かれますか」
ミリアは机に置かれた地図を睨み、しばし黙ったまま——
「港じゃなく、資金の流れを断つわ」
その決意は固く、彼女の指先はすでに次の標的を示していた。
だが、彼女の動きは、私にも完全に読めていた。
——資金を断つ? いいわ、先に罠を張っておく。
王都の空は高く、夏の兆しを含んだ風が吹き抜ける。
次の一手が、双方の命運を決めることになる。