第二十六話 崩れる足場
舞踏会の翌朝、王都は噂で満ちていた。
「聖女ミリア、偽物に立ち向かえず」
「新たな聖女レナの奇跡、広間で目撃」
「真の慈悲は誰にあるのか——」
その見出しが、新聞の一面に踊っていた。
内容はほとんどが誇張や捏造。
だが、王都の人々は面白い話ほど信じやすい。
ミリアが街を歩けば、以前は敬意をこめて微笑んでくれた商人たちが、今は目をそらす。
噂好きの令嬢たちは彼女の背後でささやき、笑いをこらえた。
王宮でも同じことが起きていた。
廊下ですれ違う侍女たちが頭を下げる代わりに、距離を取る。
以前、彼女を支持していた数名の貴族も、慎重に距離を置き始めた。
——孤立は、静かに、しかし確実に進んでいく。
その頃、私は執務室で新聞を広げていた。
見出しを一つ一つ眺めながら、表情には出さず、心の中で満足の息をつく。
「順調ね」
ルーカスが隣で微笑み、追加の報告書を差し出した。
「王都北部の孤児院が、レナを支援する声明を出しました。彼女の人気は一層高まっています」
私は頷き、報告書を机に置いた。
盤上の駒は、想定通りに進んでいる。
一方、ミリアは神殿の小部屋に籠もっていた。
窓の外では、信者たちがレナの噂を語り合っている。
彼女は机に置いた羊皮紙を睨みつける。
そこには、偽聖女の背後にある名——セリーナ・ヴァルモンド。
だが証拠はなく、行動すれば逆に自分の立場を悪化させかねない。
リオンがそっと部屋に入った。
「……殿下からの伝言です。しばらく、表立った行動は控えるように、とのこと」
ミリアは苦く笑った。
「つまり、見捨てられたってことね」
その声は冷たく、しかし燃えるような決意を帯びていた。
——足場は崩れた。だが、彼女はまだ倒れてはいない。