第二十三話 暗号の鍵
宿場町から王都へ戻る馬車の中、ミリアはひとり羊皮紙を広げていた。
細かな記号は、月や星の位置を表す古い教会式暦法と、街の地図記号を組み合わせたものだ。
彼女は子供の頃、修道院で退屈しのぎに古文書を読み漁っていた——その習慣が今、思わぬ形で役立っていた。
「……三の月、第二の旬、中央広場……」
指先で符号をなぞりながら、彼女の瞳は冷たく光る。
その日は、王都最大の舞踏会——春の社交シーズンを告げる祝典だ。
しかも、その主催者はセリーナ・ヴァルモンド。
ミリアは羊皮紙を握りしめ、ゆっくりと息を吐いた。
“影”の正体はまだ掴めない。だが、影を操る指先には、ようやく輪郭が見えてきた。
それがセリーナだというなら、正面から会いに行けばいい。
——いや、正面から引きずり出す。
翌日、ミリアは信頼する従者リオンを呼び寄せた。
「準備をして。三週間後、舞踏会に行くわ」
「……殿下と共に、ですか?」
「いいえ。今回は一人で行く」
その声に、リオンは眉を寄せた。
だが、ミリアの目は決意に満ち、揺るがなかった。
同じ頃——
私は、舞踏会の招待状を最後の一通まで書き終えていた。
筆先を止め、インクの匂いを嗅ぎながら、頭の中で当日の光景を描く。
広間に集う貴族たち、煌びやかな音楽、噂好きの令嬢たちの視線。
そこへ、まるで獲物のように足を踏み入れるミリア。
そして私が放つ“ある一言”で、彼女の評判は完全に崩れる。
ルーカスが控えめに声をかけた。
「本当に、彼女を来させるのですか?」
「来させるんじゃないわ。——来たくてたまらない状況を作るの」
私はゆっくりと微笑み、招待状を封蝋で閉じた。
盤上の駒は、互いを見据えて動き始めていた。