第二十一話 影を追う光
偽聖女レナの存在は、一度や二度の偶然では説明できなかった。
その行動は計画的で、かつ正確。港町、鉱山村、果ては王都の裏通りまで——彼女の足跡は私の知らぬ間に人々の間に入り込み、少しずつミリアの立場を削っていた。
ミリアがそれに気づいたのは、私が仕掛けてから三ヶ月後のことだった。
ある夜、彼女は王宮の外れにある古い礼拝堂で、一冊の帳面を手にしていた。
帳面は村人がつけた“巡回記録”で、そこにはレナが訪れた日と場所が克明に記されている。
——そして、その移動経路が、私の商隊や使者の行路と不自然に一致していた。
「……やっぱり、誰かが動かしてる」
ミリアは小さく呟き、帳面を抱きしめる。
彼女は決して馬鹿ではない。むしろ頭の回転は早い。
だが、これまで感情の波がそれを上回り、行動を短絡的にしてきた。
今の瞳には、感情よりも鋭い光が宿っていた。
一方、私は執務室で新しい情報網の地図を広げていた。
港町の件での“聖女の怒号”は順調に広まっている。
王都の噂好きの奥方たちは、お茶請けにミリアの話を好んで口にし、王宮の廊下でも小声の笑いが交わされている。
——完璧に見えた。
だが、ルーカスが差し出した最新報告に、私は眉を動かす。
「……彼女、動き方が変わったわね」
報告によれば、ミリアは直接人々の前に出る頻度を減らし、裏から情報を集めている。
それは、彼女が“影”を意識し始めた証拠だった。
夜、王都の外れ。
ミリアはフードを深く被り、信頼できる信徒と共に馬を走らせていた。
向かうのは小さな宿場町——レナが次に現れると予測した場所だ。
「次こそ、捕まえる……」
馬上の彼女の声は、決意というより狩人の呟きに近かった。
私はその動きも読んでいた。
レナに伝えたのは、ただ一言——
「次は、彼女に捕まってあげなさい」
駒は盤上で交わり始めた。
そして私は、盤の端から全てを見て笑っていた。