第二十話 仕組まれた遭遇
雪解けの始まらぬ港町は、潮風と寒気に包まれていた。
漁師たちは冬の仕事を終え、酒場で夜を過ごす。
その片隅で、一人の女が白衣を纏い、祈りを捧げていた。
——偽聖女、レナである。
ミリアは、海沿いの石畳を急ぎ足で進んでいた。
村人からの手紙に「再び聖女様が訪れた」とあり、日付は自分がそこにいなかった日。
彼女はそれが誰なのか確かめるため、単身港町へ向かったのだ。
昼下がり、港の小さな広場で二人は出会った。
「……あなたが“聖女”を名乗っているのね」
ミリアの声には怒りが滲む。
レナは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「聖務は誰のものでもありません。私はただ、人々を救いたくて」
「そのために、私の名を利用して?」
広場の周囲には、買い物帰りの村人たちが集まり始めていた。
彼らの視線は二人の間を行き来し、何が起きているのかを探ろうとしている。
レナはわざと声を少し張り上げ、芝居がかった口調で言った。
「聖女様……どうして私を責めるのです? あなたが来られないとき、人々を見捨てろと?」
ミリアは言葉を詰まらせた。
彼女の本心はもちろん、そんなことを言うつもりはない。
だが、傍から見れば、まるで嫉妬や排他心で相手を糾弾しているように映る。
その光景を、少し離れた酒場の二階から私は見下ろしていた。
手にした望遠鏡の向こうで、群衆がざわつき始める。
「これでいい」
私は小さくつぶやき、グラスを置く。
今回の目的は、ミリアと偽聖女の存在を同時に村人に知らしめることではない。
——ミリアの口から、不利な言葉を引き出すことだ。
案の定、彼女は感情に押され、つい語気を強めた。
「あなたのやっていることは、善意じゃない! 人の心を操るだけの——」
その瞬間、周囲の空気が変わった。
村人たちの表情には困惑と不安が混じり、「聖女様が怒鳴った」という事実だけが残る。
レナは俯き、わざと涙をにじませた。
「……分かりました。私は去ります。でも、港町の子どもたちは——」
そう言いかけて、彼女は人混みに紛れて姿を消した。
残されたのは、息を荒くするミリアと、冷ややかな視線を送る一部の村人たち。
その夜、私の屋敷にルーカスが戻ってきた。
「港町での一件は、すぐに噂になります。『聖女が同業を追い払った』と」
「ええ、そうなるようにしておきなさい」
私は机の上の地図に新しい赤い印を加えた。
(感情的に動く限り、彼女は自分の首を絞める)
——だが、私の知らぬところで、ミリアもまた動き始めていた。
偽聖女の足跡をたどり、その背後にいる影を追うために。