第十九話 種を蒔く者
冬の寒さが深まり、王都から離れた山間の村では雪が降り積もっていた。
そこは、かつてミリアが巡礼の途上で立ち寄り、病人を癒やし、井戸の修繕を約束した場所。
村人たちは彼女を心待ちにしていた。
——そこへ、先に現れたのは私が用意した“聖女”だった。
彼女の名はレナ。
元は修道院出身で、背丈や髪色、声までミリアに似ている。
そして何より、人前で愛らしく振る舞うことに長けていた。
私は彼女に新しい白衣と聖印を与え、こう指示した。
「村に行き、暖かい言葉と贈り物を与えなさい。ただし、ほんの少しだけ——高慢さを見せること」
雪の降る村の広場で、レナは微笑みながら布を配った。
「聖女様……本当にお戻りくださったのですね!」
年老いた村長が深く頭を下げる。
レナは優雅に頷き、手を差し伸べた。
——だが、その声に微かに冷たい響きが混じる。
「もちろん。でも、王都の務めは忙しくて……あなた方のために、こうして来られたのは奇跡のようなものですよ」
贈られた品は確かに高価だったが、その量は少なかった。
しかも、渡すときに「ありがたく受け取りなさい」という一言を添える。
村人たちは感謝を口にしつつも、その違和感を胸の奥にしまい込む。
一方その頃、私は王都でその報告を受け取っていた。
ルーカスが雪を払いつつ入ってきて、低い声で告げる。
「村人たちは戸惑っております。『聖女様は以前より……変わられた』と」
「よろしい。違和感は雪と同じ——積もるのに時間はかかるが、やがて形になる」
さらに、レナにはもう一つの役目を与えていた。
——井戸の修繕について、費用の一部を村で負担するよう話を切り出すこと。
「王都の財政も厳しいのです。皆様の協力が必要ですわ」
その言葉は、以前のミリアが決して口にしなかったものだ。
村人の心に芽生えたのは、わずかな疑念。
(あの聖女様が、こんなことを言うだろうか……?)
数日後、ミリア本人がその村を訪れた。
しかし彼女を迎えたのは、以前のような熱狂ではなく、遠慮がちな笑顔と曖昧な沈黙だった。
「聖女様、先日はありがとうございました」
村長の言葉に、ミリアは首をかしげる。
「先日……?」
その違和感はすぐに確信へと変わった。
村人の口から、「白衣を着た聖女が贈り物を持ってきた」という話が出た瞬間だ。
夜、ミリアは暖炉の前でマリアに問い詰めた。
「私以外の“聖女”が動いている……どういうことなの?」
マリアは唇を噛み、答えられなかった。
しかしミリアの目には、怒りと——何より悔しさが浮かんでいた。
王都の私の書斎では、ルーカスが静かに地図を広げている。
村に刺した赤い印は、もう三つ目。
「次はこの港町に送りますか?」
「ええ。海風は冷たいけれど、噂は暖かく広がるものよ」
私はグラスを掲げ、赤いワインをゆっくり揺らした。
(牙を剥くなら——その前に毒を回してやる)