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第十八話 微かな牙

 冬の気配が王都に忍び寄る頃、聖女ミリアは表舞台から完全に姿を消していた。

 人々は病気説や失脚説を囁き合い、その名は以前のような輝きを失っていく。

 ——はずだった。


 その日、私のもとに一本の報告が届いた。

「ミリア様が、巡礼地で出会った村人たちに密かに手紙を送っているようです」

 封蝋は王宮のものではなく、草花を模した個人印。

 内容はまだ掴めないが、相手は病人や孤児院の関係者、そしてかつての信奉者たち。


「……面白いわ」

 私は微笑んだ。

 孤立した聖女がすることは二つ——沈黙か、抵抗か。

 彼女は後者を選んだ。

 しかも、堂々とではなく、密やかに。これは、ただの感情的な反発ではない。

 まだ未熟だが、確かに“牙”の形をしていた。


 私はルーカスを呼び寄せた。

「この手紙の内容、必ず手に入れて。可能なら、途中で差し替えても構わない」

「承知しました。しかし、聖女様が外部と接触できる経路があるとは……」

「経路は必ずあるものよ。問題は、それを誰が作ったか」


 同じ頃、ミリアは王宮の一室で侍女マリアと向かい合っていた。

「マリア……あの子たちに会いたいの」

「しかし、ミリア様、王命で外出は……」

「分かってるわ。だから手紙だけでも。どうか、お願い」

 マリアは一瞬ためらったが、やがて小さく頷いた。

 ミリアの手紙は、彼女の細やかな筆致で綴られ、相手の心を慰め、希望を与える言葉で満ちていた。

 それは、表舞台の演説よりも、ずっと直接的に人々の心に届く。


 私はその動きを半歩遅れて掴んだが、逆に利用することを考えた。

 手紙を“届く前に”読むことで、彼女の交友関係と影響力の範囲を把握できる。

 そして、必要なら——内容を少しだけ変える。

 例えば、相手が望まぬ約束や金銭の話を暗示する一文を追加するだけで、聖女の清廉さは揺らぐ。


 夜、ルーカスが持ち帰った複写の一通を読んだ。

 ——『必ず、また会いに行きます。あなたの村に』

「……ほう」

 その一文を見て、私は次の計画を立てた。

 ミリアが訪問を約束した村に先回りし、彼女の到着前に“偽物の聖女”を送り込むのだ。

 贈り物と優しい言葉、そして微かな無礼を混ぜれば、人々の中に「違和感」という種を植えられる。


 窓の外では雪がちらつき始めていた。

 私はグラスを揺らし、その白さを眺める。

(さあ、聖女様。牙を剥くなら、こちらも牙で迎えましょう)


 ミリアはまだ知らない。

 自分の反撃が、すでに私の掌の上にあることを。

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