第十七話 最後の盾
秋の終わり、王都の朝は薄靄に包まれていた。
新聞売りの少年たちが街角で声を張り上げる。
「特報! 枢機卿ルドヴィク、不正疑惑!」
見出しには、二十年前の孤児院資金横領事件と大きく記されていた。
当時の会計記録の写し、匿名の証言、そして孤児院に残る傷んだ施設の写真。
すべてが、彼の名誉を一瞬で地に落とすには十分だった。
王宮でもその話題は瞬く間に広がった。
議事室に入ったルドヴィクは、冷ややかな視線を一身に浴びる。
「このような記事、事実ではない!」
彼は声を荒げたが、王の返答は淡々としていた。
「真偽は調査する。だが、調査が終わるまで職務を控えよ」
それは、事実上の解任だった。
私はその様子を廊下の柱の陰から眺めていた。
ルーカスが耳元でささやく。
「証言者は、二十年前の会計係でした。孤児院の資金が高級家具に化けた証拠もあります」
「よくやったわ」
私は目を細め、議事室から出てきたルドヴィクの顔を見つめる。
その表情には怒りと困惑、そして——恐れが混じっていた。
同じ頃、ミリアは客間で報告を受けていた。
「枢機卿様が……そんなはずはありません!」
彼女は信じられないと首を振るが、侍女たちは目を合わせようとしない。
クラリスの件に続き、今度は後ろ盾までもが不正の疑いをかけられた。
その事実は、ミリアを支えてきた人々の信仰心を静かに削っていく。
昼過ぎ、私は王妃の呼び出しを受けた。
彼女は窓辺に立ち、外を見下ろしながら言った。
「……これで、聖女殿はしばらくおとなしくしていただけるでしょう」
「ええ。必要なら、私が様子を見に参りますわ」
王妃は微笑み、「頼もしいこと」とだけ返した。
その夜、私の領邸の応接室には密偵が一人、黒い封筒を持って現れた。
中には、事件の記事を流した新聞社の領収書と、匿名の原稿依頼書。
筆跡はもちろん偽装済み。
痕跡はすべて、私の手の外で動くよう仕組んである。
(これで、もう彼女の背中には誰もいない)
一方その頃、ミリアは孤独な夜を迎えていた。
机の上には、巡礼の記録と、かつて信頼していた人々の名簿。
しかし、その多くが今や沈黙し、手紙への返事すら寄越さない。
(……どうして、こんなにもあっけなく崩れるの)
胸の奥に広がるのは、悲しみよりも、悔しさだった。
ふと、ミリアは立ち上がった。
窓を開けると、冷たい夜風が髪を揺らす。
遠くに輝く王都の灯りを見つめながら、彼女は小さくつぶやく。
「……ならば、私が動くしかない」
その言葉を、私はまだ知らない。
しかし、次の一手は彼女の中で静かに芽吹き始めていた。