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第十六話 沈黙の檻


 王宮の議事室にて、公務の一時停止が正式に言い渡された。

 「聖女ミリア殿、当面の間、公務から離れ、静養に専念せよ」

 王の声は穏やかだが、そこに覆い隠せぬ決定の重さがあった。


 ミリアは伏し目がちに礼を取り、何も言わずに退出した。

 廊下を歩く彼女の背中は、あれほどの光を帯びていた人物とは思えないほど、小さく見える。

 その姿を、私は遠くから眺めていた。


「これで、聖女の光はひとまず幕を下ろすわね」

 小声でつぶやくと、ルーカスが隣で静かにうなずいた。

「すでに城下では、『聖女様は病で倒れた』という噂が広まっています」

「いいわ。事実はどうでもいい。人々が信じたい形で受け取ってくれれば」


 王宮からの帰途、馬車の窓の外に広がる王都の街並みは、秋の夕陽に染まっていた。

 露店では焼き栗の香りが漂い、子どもたちが笑いながら走り回っている。

 その一方で、井戸端に集まった女たちは声を潜め、何やら噂をしている。

 ——ミリアの名が、またひとつ、哀れみと疑念の色を帯びていく。


 私は次の一手に思いを巡らせた。

 この沈黙の檻に閉じ込められている間に、彼女の支持者を切り離す。

 まず狙うのは、彼女を公に擁護してきた枢機卿ルドヴィク。

 彼は頑固で信仰心が強く、ミリアの力を「神の証」として疑わない。

 しかし、強すぎる信念は、時に盲点になる。


「ルーカス、ルドヴィク枢機卿の過去を洗って。特に、聖職に就く前のことを」

「承知しました」


 夜更け、領邸の書斎に戻ると、暖炉の火が静かに揺れていた。

 机の上には、王妃からの短い手紙が置かれている。

 『静養中の聖女殿には、領地での滞在もお勧めします』

 ——つまり、王妃は彼女を王都から遠ざけるつもりだ。

 私にとって、これほど好都合なことはない。


 翌日、密偵からの報告が届く。

「ルドヴィク枢機卿、二十年前に孤児院の資金を巡って不正があった形跡がございます。表沙汰にはなっておりませんが、証言者がまだ生きています」

「いいわ……それを掘り起こす」

 私は笑みを浮かべ、ワインをひと口。

 彼が失脚すれば、ミリアは唯一の後ろ盾を失い、本当の孤立を味わうことになる。


 その頃、王宮の奥まった部屋で、ミリアは机に伏せていた。

 外に出ることも許されず、訪れる者はわずか。

 窓から差し込む月明かりだけが、彼女を照らしている。

(……なぜ、こんなことに)

 心の奥で、初めて疑念が芽生える。

 ——自分の力にではなく、人々の善意に対して。


 私はまだ知らない。

 その夜、ミリアがひとり涙を拭った瞬間、彼女の瞳に新たな色が宿ったことを。

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