第十五話 真実の贈り物
晩餐会から三日後、王都の社交界は新たな話題で持ちきりになっていた。
——聖女ミリアの侍女長、クラリスが贈賄容疑で拘束された。
クラリスは長年ミリアに仕え、巡礼にも同行していた腹心だ。
その彼女が、ある商人から高額の宝飾品を受け取り、その見返りに聖女の推薦状を渡していたという。
商人は「彼女を通して聖女様に恩を売りたかった」と証言し、証拠の帳簿も押収された。
「まさか、クラリスが……」
ミリアは王宮の客間で蒼ざめた顔をしていた。
私は、あえて偶然を装い、訪れた。
「まあ……お気の毒ですわ、ミリア様」
「セリーナ様、これは誤解です! クラリスはそんなこと……」
「もちろん、そうでしょうとも。ですが、世間は事実より噂を信じますの」
ミリアは唇をかみしめ、拳を握る。
クラリスの拘束は、彼女の周囲に「聖女の取り巻きが不正に手を染めている」という印象を植えつける。
その印象は、井戸事件の記憶と結びつき、ミリアへの信頼を静かに削っていく。
事件の発端は——もちろん、私だ。
商人に近づき、巧みに「聖女への近道」を示唆するよう仕向け、贈り物を渡させた。
あとは密かに検察庁へ匿名の告発を送ればいい。
事実は作らない。ただ、潜んでいた欲望を表に出させるだけだ。
その夜、ルーカスが報告を持ってきた。
「クラリスは取り調べで、ミリア様の関与を否定しています。しかし……」
「しかし?」
「彼女が受け取った宝飾品の一部が、巡礼中にミリア様が身につけていたものと一致しました」
私は笑みを浮かべた。
それは偶然ではない。巡礼の終わりに、クラリスがミリアへ贈った「感謝の品」として渡した物——実際には商人からの賄賂品——を、ミリアは何も知らずに身に着けていたのだ。
この事実が公になれば、「知らなかった」では済まされない。
「……これは火種になりますね」
「ええ。しかも、まだ燃やす前です」
翌日、私は王妃に謁見を求めた。
王妃は柔らかな笑みを浮かべながら、私の話を聞く。
「まあ……聖女様の周囲で、そのような不祥事が。国民の信頼が揺らぐのは由々しきことですわ」
「ですから、早めの手当てが必要かと存じます」
私はあえて「聖女を守るため」という建前を示した。
王妃はうなずき、「しばらく聖女様には公務を控えていただくのも一案かもしれませんわね」とつぶやく。
その決定が下れば——ミリアは人々の前から姿を消す。
聖女は「姿を見せる」ことで信仰を保つ存在。
表舞台を離れれば、その輝きは否応なく鈍る。
夜、バルコニーで杯を傾けながら、私は月を見上げた。
(次は……あなたの足元を、完全に崩しましょう)