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第十四話 月下の晩餐

 王宮の大広間は、金色の燭台と水晶のシャンデリアに照らされ、夜空の星よりも眩く輝いていた。

 長卓には豪奢な料理が並び、壁際には楽師が静かな旋律を奏でている。

 貴族たちは笑顔を浮かべながらも、目だけは周囲を観察していた。

 ——ここは、言葉の剣と噂の毒が飛び交う戦場。


 私が入場すると、いくつかの視線が流れる。

 侯爵夫人がわずかに会釈をし、若い伯爵令嬢たちは小声で囁き合う。

 彼女たちの話題が何かは、聞かなくても分かる。

 井戸の事件は、すでにこの場を覆う薄い霧のように漂っている。


 やがて、大扉が開き、ミリアが現れた。

 純白のドレスに金糸の刺繍、宝石のティアラが頭上で煌めく。

 その姿は、誰が見ても「聖女」でしかない。

 しかし私は、その完璧さがかえって脆さを孕んでいることを知っている。


「セリーナ様、ご機嫌麗しゅう」

「まあ、ミリア様。お変わりなく」

 私たちは礼を交わし、形式的な笑みを浮かべる。

 だが近づいた瞬間、彼女が小さく囁いた。

「……先日の件、余計な憶測が広がっているようですわね」

「まあ、人の噂は防ぎきれませんもの。けれど、真実ならば、いずれ自然と残りますわ」

 ——挑発を受けたのは、どちらかしら。


 晩餐の席は、あえて王妃の計らいで、私とミリアが隣同士にされた。

 食事の間、周囲の貴族たちは、私たちの会話を耳に入れようと注意を向けている。

 私はワインを軽く回しながら、何気ない口調で言った。

「井戸の件、お気の毒でしたわ。犯人はまだ見つからないと伺いましたが」

「ええ……ですが、神は必ず真実を示してくださいます」

「そうですわね。ただ……その真実が、必ずしも望む形とは限りません」


 一瞬、ミリアの瞳が揺れた。

 彼女は笑みを保ったまま、皿の上のフォークを置く。

 「……セリーナ様、あなたは何を企んでおられるの?」

 「企み? ただ、舞台を整えているだけですわ」

 「舞台……?」

 「ええ。お互い、観客の多い方が面白いでしょう?」


 その時、王の杯が高く掲げられた。

「本日は、聖女ミリアの巡礼成功を祝う!」

 大広間に拍手と声が響く。

 しかし、私の耳には、数人の貴族が小声で囁く声も届いていた。

 ——「あの事件は本当に……?」

 ——「奇跡も万能ではないのだな」


 晩餐が終わる頃、私は廊下でミリアに再び声をかけた。

「次にお会いする時までに、私から贈り物を用意しておきますわ」

「……贈り物?」

 「ええ。きっと、皆さまが喜ばれるような……真実という名の贈り物を」


 月光が窓から差し込み、彼女の横顔を白く照らしていた。

 その表情に、一瞬だけ緊張が走るのを私は見逃さなかった。

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