第十一話 聖女の巡礼、悪役令嬢の出迎え
青空の下、領都の大通りには花が敷き詰められていた。
商人たちは店先に色鮮やかな布を飾り、子どもたちは小さな旗を振ってはしゃいでいる。
——これほどの歓迎は、聖女にしか許されない。
そして今日、その聖女は私の領地へやってくる。
石畳の先から、白馬を引く行列が見えた。
先頭には銀の刺繍入りの法衣を纏ったミリア。
陽光を浴び、その金髪はまるで後光を帯びたかのように輝いている。
群衆から歓声が上がり、彼女は優雅に微笑んで応える。
その笑顔は完璧だった——ただし、私の目には作り物としか映らない。
広場に設けられた特設台の前で、私は出迎えの礼を取った。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました、ミリア様」
「まあ、セリーナ様。お招きいただき光栄ですわ」
互いに笑顔を浮かべながら、視線だけが鋭く交差する。
周囲から見れば、仲睦まじい挨拶。
だが、足元では氷のような言葉が飛び交っていた。
「巡礼の最初に私の領地をお選びになるとは、意外ですわ」
「ええ、とても意味のある場所ですから」
「……意味?」
「この地を治める方が、民にどれほど慕われているか、直接確かめたくて」
——挑発ね。
私は唇にわずかな笑みを浮かべた。
儀式が始まると、ミリアは壇上で聖句を唱え、病人に祝福を授けた。
彼女の周りには香の匂いと柔らかな歌声が満ち、民衆の表情が一斉に和らぐ。
演出としては完璧。聖女としての力を誇示する場としても申し分ない。
だが、私は別の準備をしていた。
群衆の後方に控えるのは、領内の代表農民たち。
彼らは数日前に私が直接会って依頼した人物だ。
——「今日、ミリア様の前で領主の支援がいかに役立っているか、心から話してほしい」
その言葉通り、農民たちは儀式の後、次々と声を上げた。
「セリーナ様が新しい用水路を作ってくださったおかげで、今年は作物が倍に!」
「孤児院の子らも、冬を越せるようになりました!」
「病人に薬を配ってくださったのも、セリーナ様です!」
民衆の証言は、ミリアの祝福の場をじわじわと侵食していく。
ミリアは笑顔を保ちながらも、指先に力が入っているのが分かった。
——聖女の光の中に、悪役令嬢の影が差し込む瞬間。
式典が終わり、控室に戻ると、ミリアが扉を閉めて振り返った。
「……やりますわね」
「お褒めいただき光栄ですわ」
「でも、これは私の巡礼。主役は私です」
「ええ、もちろん」
私は静かに扇子を開く。
「けれど、舞台の上に立つ主役より、舞台そのものを作る方が強いのですよ」
ミリアの瞳がわずかに揺れた。
——その隙を、私は見逃さない。