角砂糖みたいな罠と嘘(小説版)
『どうして?』
ネットのゲームをしていると一緒に遊んでいる男性がメッセージを打ち込んできた。
PC画面に映る『どうして?』の文字。
「そ、それは……」
私はギクリとしながらマイク越しに喋る。
彼は音声機能を使っていない。また何かキーボードから打ち込んでいるようで、ふきだしのアイコンが表示されている。
『僕の事を好きみたいな顔をしてたくせに、ウソだったんですね全部』
彼の文字は冷たい。
「いや、そういう訳じゃ……」
ネットゲームの彼のアバターのちっちゃくて可愛いもふもふのニワトリ。そのニワトリがうるうるしたわざとらしいけど愛嬌たっぷりな表情になった。
『僕の事をしょせん……からあげの材料としか思ってなかったんでしょ』
ニワトリ3という名前のユーザー、私の友達、名前は知らない。…………。
「いやいやいや。それって使ってるキャラクターがデフォルトの鶏だから?」
マイク越しに意味もなく愛想笑いをしながら言う。
ニワトリ3が、チャットを続けた。文字を打ち込む『・・・』の文字が表示されている。
『はぐらかさないでください。僕のこと、こないだの山大イノシシみたいに火あぶり処刑して食べるつもりだったんでしょ』
「そんな事は……」
思わず笑ってしまう。彼に冗談を言われているのだと、やっと気づいた。
『ひどいですぅ、なんでニワトリの僕が居るのにパーティーメンバーにNPCのAI入りのおしゃべりする牛と豚をメンバーにするんですか』
NPCというのは、Non-Player-Character(※ノン・プレイヤー・キャラクター)の略だっけ。えっと、つまり人間が操作してないゲームのキャラだ。
お店屋さんキャラ……例えば武器屋さんとか道具屋さん、あとは王様とか一部の村人とかがそれに当てはまる。
「だって……なんかアバター可愛いし……良いじゃないですかべつに……」
アバターというのはキャラクターの見た目のことだ。たぶん。
『畜産業に従事でもするつもりなんですか? やです、僕がふわふわ可愛い鶏をアバターにした意味が無くなります!』
彼が文字を送信してきた。
『せっかくエビ子さんに可愛いと思って貰える見た目になりたくてわざわざニワトリを選んだのに、僕のキャラが薄れるじゃないですか!』
メッセージがまた更新された。
「ニワトリさん、ウソつきだー」
『どうして嘘つきなんですか?』
私の言葉に彼がメッセージを返してくる。とんでもない迅速なスピードだ。
「だって、最初から鶏だったじゃないですか! へへ……会った時からそのアバターでしたよね。あと名前も」
『ああ、そうですね。……それはその通りです』
「やっぱり」
そこまで返した所で、『ところで、エビ子さんは……今日はどういう日でしたか?』という文字が表示された。
(今日? 今日か……うーん)
「ハンドクラフト作ってました」
と言う。
『いいですね』と彼が返してきた。「うん」思わず笑顔になる。
『僕、ハンドクラフトじゃなくてドット絵3Dゲームのマイクラフトしかしたこと無いです。ハンドクラフト、どんなの作ったのか見せて欲しいな』
「えっ。売り物にするレベルじゃないよ!?」
『あ、そうなんだ』
「うん。私のお母さんは作ったビーズ・アクセサリーとかストラップ・アクセサリーで副業してるけど、私は……そういうレベルじゃなくて」
「でも、楽しくって」
『そうなんだ』
『ねぇ、エビ子さん。ここではなんなので……、個別でチャットができる所に移りませんか?』
「えっ」
その言葉に、思わず驚いてしまう。
結構長いこと私はマイク、彼はチャットで遊んできたから余計に……。
『僕エビ子さんと仲良くなりたいです。あ、変な意味じゃないですよ。…………。……友達になりたくて』
「友達……」
(もう友達だと思ってたけど……でも、そっか。友達かぁ……)
(うーん。……本当かなぁ? 嬉しいけど……)
(でも、ニワトリさん、一応5年前からログインしてるみたいだし……変なユーザー……例えば変な画像を送りつけてきたり、妙なことするようなユーザーなら、強制退会処分にされてるよね……)
「うん、良いよ。えっと、個別チャットに移るってこと?」
『エビ子さんの個別チャットに僕のメールアドレスを送信したので、良かったらメールをして下さい』
「チャットアプリとかじゃないんだ」
『いきなり知らない人にチャットアプリ教えるとか怖いでしょ』
「確かに……」
(ええっと、そうだなぁ……)
(まあ、チャットアプリ教える訳じゃないし、良いか別に……)
「いいよ!」
『やったー! 嬉しい。じゃあメール待ってますね』
「うん」
(えっと、これが……このニワトリ3さんからのDMが……ああ。本当だ。メールアドレスのアカウントが書いてある)
(sj1225sn@◯◯mail.comって書いてある)
(SJ……名前のイニシャルかな……?)
『えっと、ニワトリ3さん、ですか?』
20秒後にメールが届いた。
(早ッ……)
『こんにちは! メールありがとうございますっ。えっと、エビ子さんですよね? あのゲームではニワトリ3って名乗ってましたけど、僕のことは気軽にエスジェイって呼んで下さいね』
(……エスジェイってやっぱりイニシャルなんだ……)
『そうだ。エビ子さんは『ディスコネクトブック』ってサイト知ってます?』
『名前だけ聞いたことあるけど……えっと、ディスコネクトブックって、仲良し同士で動画とか一緒に観れたり通話できるサイトだっけ』
『そうそう。画面共有したり通話して遊べるサイト。そこで今度通話とかしたいです』
『えっと、ゲームしてる時私喋ってますけど……それで良くないですか?』
『僕、ネットゲームでは通話したくないんですけど……ディスコネクトブックならプライベートな空間だから僕も喋れます』
メールが返ってきた。文章生成AIかな? と疑いたくなるほど早い返事だ。たぶんキーボードを打つのが尋常じゃなく早いのだろう。
「うーん」
『タイピングしてますけど、たまにはタイピングじゃなくて直接エビ子さんと喋りたいなぁー』
『えっと、じゃあアカウント作りましょうか? 無料ですか?』
『基本無料ですよ』
すぐに返事が返ってくる……。
『今度からメールアドレスじゃなくてディスコネクトブックのほうでメッセージのやり取りしましょう。そっちのほうが僕通知とか気づきやすいし』
(じゃあ最初っからディスコネクトブックのアカウント作ってって頼めば良かったじゃん……)
(あ。でもディスコネクトブックがアカウント凍結とかで連絡取れなくなった時とかはメールで連絡取れるってことか)
…………。
…………。…………。
…………。…………。…………。
『アカウント作ってきました。えっと、URL(?)っていうのを貼りますね』
『じゃああっちに移動しますね。ページのリンク、どうもありがとうございます。すみません、なんか』
『ううん。エスジェイさんの声聞いてみたかったし、いいですよ』
例のサイトに通知が来ている。あ、友達申請が来ているようだ。……<エスジェイ>さん、だ。
(えっと、申請を許可……っと)
(わっ。電話だ)
(え、えっと……)
「…………。…………。…………」
「も、もしもし……?」
「あ、良かった。繋がったー」
「あ、あはは……」
「いつもの声ですね」
「…………」
「どうかした?」
(声爽やかすぎだろ……)
(凄いイケボだ……声優……?)
「えっと。地声?」
「はい、地声ですよ。どうしたんですかぁ?」
「い、いや。その……」
「あっ、僕の声がAI生成じゃないかって心配?」
「……そうじゃないです」
(声がすっごく格好いいから、ドキドキしてしまう……)
(いや、落ち着け! 声が格好良かったら『声だけじゃなく性格も良くて顔も好み』とは必ずしも限らないだろ! 落ち着け私!)
「でも、エビ子さんって本当はどういう名前なんですか?」
「え」
爽やかで無邪気そうな声で言われた。
「あっ教えたくなかったら良いよ~! でも、なんて名前なのかなって」
「ていうかエビ子さんって電話で呼ぶと、なんかシーフードしか頭に浮かばないんですよね……魚介類と会話してる気分になります」
「あはは……ごめん。そうだよね」
「めーこ」
「私の名前はめーこだよ」
「そうなんだ~可愛い名前ですねぇ。なんとなくそんな気がしてましたけど、当たったんだ♡」
「そんな気がしてたとか絶対嘘じゃん」
「適当言ってるだけだけど、名字当ててあげましょうか?」
「えー。佐々木とか鈴木とか田中じゃないから当てられないと思うな」
「名前にエビは入ってる?」
「あ。うん」
「そうなんだ可愛い」
「うん……?」
(この人こんなに可愛い可愛いって言う人だったっけ……)"
「海老名さん?」
「海老名さんじゃないよ」
「海老原さん?」
「海老原さんでもないなぁ」
「恵比寿さん?」
「縁起良さそうだけど違うかな」
「じゃあー。うーん。お手上げです。何ですか?」
「エビスワキ。海老に子どもの子って書いて、脇って書いてエビスワキって読むの」
「へぇ~。まるで48人で活動してるアキバの女の子アイドルグループの派生みたいな名前ですね」
「まあよく言われるかな」
「僕の名前はスティーヴンって言います」
「偽名……?」
思わず聞いてしまう。
「僕の名前は本当にスティーヴンですよ。名字はSJです。スティーヴン・S・J」
「えっもしかして外国の人……とか外国ルーツの人?」
「ていうか日本国籍取ってますけど、僕幼少期はアメリカに住んでました」
「へぇー凄いね! 良いなぁ。ハンバーガーとかコーラとか映画とかITとか」
「楽しい場所ですよ。貧富の差は激しいですけど」
「日本も最近は貧富の差が激しいけどね」
「ああ、それもそうですね」
「そうだ、めーこさん」
(下の名前で呼ばれた……!?)
(距離感……!! でもなんとなくこの声に言われたらうれしいかも……)
「めーこさんってつぶやきアプリのXIWITTER使ってます?」
「あ。うん。『えだまめエビねこ1228』って名前でやってる」
「そうなんだー」
「どうしたの? アカウント教えてくれるの?」
「いや、そうじゃないですけど、めーこさんって、広告とかはともかくXIWITTERのタイムラインにおすすめされる内容とか……」
「陰鬱なニュースの内容がうざいなって思ったこととかあります?」
「いんうつなニュース……」
「そうそう。芸能人が浮気しただの炎上しただの、食料品に異物が混入してただの、政治家の失言だの誰々が死んだだのなんだの……っていうヤツですよ。――ウザくない?」
「いやまあ、そりゃちょっとはうざいけどさ……無課金ユーザーだし仕方なくない?」
「僕の使ってるこのアプリを入れたら全部消せますよ」
「エッ」
「無料のアプリなんですけど、余計なタイムラインの情報をぜーんぶ遮断してくれるんです」
「いいね数とインプレッション数も消えますよ」
「へぇー。良いじゃん! でもギガ無くならない?」
「んー。ソフト自体は軽いですよ」
「私、HighPhoneなんだけどHighPhoneユーザーでも使える?」
「DindowsとMocのパソコン版と、スマホはHighPhone版とRobbot版がありますよ~」
「じゃあ、HighPhoneのやつ入れる」
「あとパソコンが重いなーって思うことない?」
「あるよ! 前にも言ったかもしんないけど」
「なんかゲームとか遊んでて、時々動作が不安定になるっていうか……」
「それはたぶんデータのゴミが溜まってるからだと思います。データの汚れをクリーンアップする無料のソフトウェア、オススメのがあるんですけど、良かったらPCにインストールして下さい」
…………。
…………。…………。
うーん。
「これってスマホにも入れれる?」
「うーん、スマホは無理かなぁ。なに、スマホも重いの?」
「いや、好奇心で聞いてみただけ」
「スマホが重いならストレージを追加で買えば良いと思うよ」
「あと、ソフトの安全性については心配しないで下さいね。"ウイルス対策ソフトには引っかかりません"から」
「……ええ。ウイルス対策ソフトには引っかかりません。絶対に」
(…………)
そして私達はたくさん普通のお喋りをした。
ゲームの話が多かったけど、好きな食べ物とか、好きな場所とか、よく使うSNSとか、修学旅行の思い出とか、親・親戚・友達との関係を根ほり葉ほり聞かれてしまった……。
(――でも、なんで中学の時に親戚と行った京都旅行の話をそんなに興味関心持って聞きたがったんだろう?)
でも、私はいっぱい喋ったけど、エスジェイさんはあんまり色んな事を教えてくれなかった。ただ、本当に楽しそうに話を聞いてくれるのが嬉しかった。
(エスジェイさんこの声だったら絶対モテると思うけど、付き合ってる人とか居るのかな……)
(いや、居たら私に急接近したりしないか……)
(いや、でも、浮気してる悪い人って可能性もあるし……。いや、ていうか友達なんだよね私達は……!)
(なーに恋愛な思考回路になってるんだ! 悪い癖だぞめーこ……!)
「ところで」
「うん、なに?」
ドキドキしながら、言う。なんだろう。
(あ、アニメの話かな。さっきエスジェイさんも私と同じで少年漫画のアニメが大好きって言ってたし……)
「貴女のGPSとIPアドレスから簡単に貴女の住所特定できましたよ」
ジュウショ、トクテイ……?
住所。特定……?
「……は?」
思わず、息を呑んだ。
「貴女のGPとIPアドレスから簡単に貴女の住所特定できましたよ」
「……は?」
爽やかな声。でも、とんでもない事を言われているというのが分かる。……な、なに? なんで? は? ちょっと待って。頭の処理が追いつかない。
壊れたパソコンみたいにフリーズを吐き出す私。
「ふふふ。東日本のXX県の椿田丘の紫陽花街23-15の東桜並木ハイツですよね? 僕東京住みですけど、XX県なら超近くだから……電車で簡単に会いに行けるねぇ~♡」
うっとりしたような声。
ゾッとした。
「な……何言って……え。住所じゃん。……うちの住所じゃん。……な、なんで……!?」
「駄目だよ~、GPS機能全部のアプリに許可したら危ないでしょ~?」
電話越しに、私が悪いと言いたげな言い方で彼が言う。
「もー、良かったですねぇ僕がいい人で。危ない人だったら自宅に突撃されて刺されてますよ。今すぐにXIWITTERの写真にGPを追加するの止めたほうが良いですよ。それだけで特定した訳じゃないけど」
「~ッ!」
「今まで犯罪に巻き込まれてないのが不思議だね」
「外国人風な名前の意味深なBOTを除いたら、フォロワーさんがリア友の2人だけだから……まだ被害が出てないんだと思う。…………。……ていうかマジで!? そんな簡単に居場所バレるの!?」
「今すぐ全写真の設定をどうにかするか、鍵アカにしたほうが良いよ」
「…………! 鍵アカウントにする……!」
「でも住所バレちゃったね……なんかごめんねぇ」
なんだか全く申し訳なく思ってなさそうな声で謝られた。悔しいほどの格好いい声だけど、私の背筋はしっかりと寒くなっている……。
「い、いや。大丈夫……なんだよね?」
「いきなりインターホンを押しに押しかけたりはしませんよ」
「晒さないよね?」
「ネットに晒して僕になんのメリットがあるんですか」
「うっ」
「僕社会的信用とか社会的地位はそんなに高くはないですけど、一応組織に雇用されてる身分なので失うものしか無いのでそんな自分に何の得にもならない事はしないですよ」
「組織かぁ……私まだ大学生だけど、会社で働くって大変?」
「うーん。働くことが楽しいって思える瞬間はありますけど、普通の人にとっては基本的にお給料とかギャランティを貰って働くというのは楽しい事ではないですね。辛い事のほうが多いんじゃないかな? 世間一般的な話ですけど」
「ウッ……」
「それでもやっぱり生きていく上でお金はどうしても要るじゃないですか。ここ日本も一応資本主義の国ですし。生活のため、三食食事をするため、病気を治すため、屋根がある場所で生活をするためにはお金が要るんです」
「だから皆、しぶしぶ働くんじゃないかな」
「ウウウウーッ……」
(よかった……なんか、話題が変わった……)
「まあ、現実は甘くないって事ですよ」
「ウウッ……大学を卒業したくなくなってきた……院に進もうかな……」
「なんの大学なの?」
「え」
「ああ、学校名までは言わなくていいけど。あるじゃん種類が色々と」
「美術系の通信の。将来は美術館で学芸員さんになろうかなって……」
「へぇ~! それは素敵な目標ですね!」
「えへへ……子供の頃から美術がすきなんだ。小中高でも他の5教科の成績は終わってたけど、美術とか図工の時間とか卒業式の時に記念に描いた絵だけ生き生きしてたし」
「へぇ~じゃあ今度、僕の顔を描いて下さいよ」
「ン? あ、良いよっ」
「う、うまく描けるかなぁ……」
「昼間にXX県の……人が多い公園とかで会えます? カフェとか行きたいな」
「カフェ?」
(そういえば、今朝、友達と小兎山ノ珈琲店の話、してたんだよな……)
「小兎山ノ珈琲店とかいう場所、結構お気に入りなんだけど、そっちの県にもあるのかな?」
「へ?」
なんだか、ドキッとした。
すごい偶然だ……。
「僕、XX県には全然詳しく無いんですよねぇ~」
「あっあるある。行ったこと何回もあるよ!」
「へぇぇぇえー、そうなんだぁー」
「えっと。じゃあ、いつ会う?」
会わないほうが良いような気もするけど、へたに刺激してもいけない気がする……。
(家に来られるよりは……外で会うほうがマシだよね……)
「ンー。明日は昼は空いてますけど、明後日は仕事がちょっと長引くので無理かも」
「じゃ、じゃあ、東京からXXまで来れる?」
「ええ」
「どのくらい時間とお金かかる?」
「時間は……1時間ちょうどくらい。お金の心配はしないで下さい。僕貧乏学生じゃなくて一応組織づとめしてるIT関係の社会人なので」
「IT関係……?」
「あれ。まずかった?」
「いや、まずくはないけど。凄いね! ITって……エット……なにしてる仕事なの?」
「んー。いろいろだけど」
「社会に役立つお仕事じゃん。すごいね」
「社会に役立たないお仕事なんてこの世に無いと思いますよ」
彼がどこか冷たい声で言った。
「ITっていうとAIとかにも詳しいの?」
質問をする。
「コーディングを指示して手伝ってもらう事はあります」
「へぇー。よくわかんないけど凄いね。私Geminaaiに『焼き肉と合う単品のおかずは何?』って聞いたっきりAIとは関わってないけど」
「AIはなんて言ってた?」
「わかめスープとかビビンバがオススメだって」
「聞かなくてもそれは分かるでしょ」
「へへ」
「ところで焼肉屋のビビンバってお酢をかけたら美味しく食べられますよ。でもふつうの焼肉屋のビビンバって、ビビンバ屋のビビンバと違って甘すぎてなんか僕ちょっと苦手です」
「分かる。韓国料理好きなんだ?」
「好きっていうか……いや、……まあ、美味しい物は僕なんでも好きなので」
「私も! 美味しいは正義」
「はは」
「食べ物はマヌルパンとビビン冷麺が好きかなっ。私韓国好きなんだよねぇ~、いつか旅行とか行ってみたい」
「へぇ……! そうなんだ! ふうん」
(なんでか声がちょっと嬉しそうだ……)
「エスジェイさんは行ってみたい国とかある?」
「イタリア」
「おお……」
(…………)
「明日、XX県のXX駅で待ち合わせで良いですか? 時間は……朝の10時でも大丈夫?」
「もちろんだよ」
明日を楽しみにしながら、通話を終えた。
(どんな人なんだろう……)
(凄く怖い変質者みたいな人だったらどうしよう……?)
二日目。
「あ。ごめん、待った?」
彼が現れた。…………!
「ううん、今ついたとこだよ!」
あまりにも格好いい見た目。まるでアイドルだ。髪の毛がさらりとしていて、なんかひんやりした雰囲気だけど良い匂いがする。
「そっか良かった。うわぁ、写真で見るよりお綺麗ですねぇ」
長いまつ毛。形の整った口元に笑みが浮かぶ。
「え、え、え、えっと、エスジェイ、さん……?」
「なんで疑問形なんですかァ~。僕ですよ。あと僕の事は気軽にスティーヴンって呼んでくれたら嬉しいな」
あの格好いいイケボ……! そしてちょっと粘着質っぽい感じの、大袈裟な『~でしょォ~?』みたいな喋り方……!
(人違いじゃなかったー! なんだこのイケメン!? K-POPアイドル顔すぎる……!!)
「スティーヴン君って呼んで欲しいです。仲良し感があるし」
「スティーヴン、君……」
「うん。良い響きですね。嬉しいなー、会いたかったんですよエビ子さんと」
「ちょ、わ、私……」
「なぁに?」
やたらと甘い声でスティーヴン君が言う。
「私も、めーこって呼んで良いよ」
「じゃあめーこさんって呼ぶね」
「あの、スティーヴン君……その……」
「何?」
「ううん、何でもない! カフェ行こ」
「了解~」
にこやかに微笑まれた。想像していた変質者とは全く違う、爽やかなイケメン男性だ。声がそのまま顔になったみたいな、人だ……。
(彼女居るの? とか絶対聞けない!)
(いや、危ない人かもしれないから信用しちゃだめだけど……)
(でも好きな人とか居るのかな……)
(いや、言わないけど。お前なんか相手にする訳ないだろ馬鹿がァ! とか思われたら嫌だし……)
喫茶店に入ると目の下にくまがあるぼさっとした茶髪の女性店員さんが「いらっしゃいませぇ~」と私達に声をかけてきた。
「わ~店内の雰囲気、凄い。違いますねぇ」
スティーヴン君が言う。
「そ、そうかなぁ」
「うん。僕の家の近所のは、もうちょっとこじんまりしてたかな。ここ、雰囲気がいいですね」
「懐かしい感じ。昭和の後半みたいな雰囲気、好きです。まあもちろん僕は24歳なので生まれてないけど」
「そっか。えっと何頼む?」
「今日のオススメにキャラメルミルクレープとニューヨークチーズケーキ、それからチョコレートとバナナのパンケーキがありましたよ」
「わっほんとだ」
(陳列棚のところの上に、おっきなポスターが貼られている。キャラメルミルクレープ、チーズケーキ、チョコバナナパンケーキ……どうしよう?)
「僕はキャラメルミルクレープにするかな」
「じゃ、じゃあ私もそれで……」
「あはは……飲み物は僕はブラックコーヒーにします」
「…………!」
(笑顔、可愛すぎる……!! アイドルみたいだ)
「もしかしてめーこさん緊張してる?」
「エッ……そんなことは……」
「……あるかも」
「そんなことあるんだ。はは……あはは……ははっ」
彼が散々笑った後に、「緊張しないで下さいよ。僕は悪い人じゃないですよ?」とセクシーな表情で言ってきた。
「むしろ僕も緊張しちゃって昨日あんまり寝れなかったんですよね」
「え、なんで?」
(その格好いい顔面で、緊張する事とかあるの?)
「なんでって……僕ふだん東京から出ないし。まあ、昔、"ちょっとした用事"で京都まで出かけた事はありますけど」
「そうなんだ。私、京都が一番好きだよ」
「京都府。どうして?」
「オシャレで八ツ橋美味しくて清水寺があるから」
「信心深いんだ」
「いや、深くない。ただ、清水寺の外見が好きっていうか……」
「清水寺の外見って言われると、人みたいだね」
「あ、あれ。日本語おかしい?」
「外観って言ったほうが正しいかもね」
「うわぁ。スティーヴン君のほうが外国の人なのに日本語が流暢……すごい……」
「まあ、住んでから長いからね? 大学1年の時にはもう日本に居ましたし」
「そっか……って、6年前!? 流暢すぎない!?」
「僕、アメリカで友達が日系の子だったんです。親友二人が日系だったから、日本語を小学校の時から高校卒業するまで教えて貰ってたから……実質ほぼネイティブみたいな……」
「凄いねぇ……なんで日本に来たの?」
「ン? "親"の友達が住んでるから、あとコネで仕事で採用して貰えるって話があって……今働いてる組織に雇用して貰いたくて来ちゃいました」
「ITのお仕事?」
「そうそう」
「結構待遇が良いんですよねぇ。あ、お給料はそんなにたくさんは貰ってませんけど、"待遇"が良いんです」
「ふうん」
(会社の株を買わされて、で、その優待がいろいろつくみたいなヤツかな? 大人の世界のことはまだよく分かんない……もう大人で19歳なんだけども……)
「飲み物決まった?」
「あ。エト、ミルクティーにする」
店員さん「ご注文お決まりでしょうか?」
店員さんがこちらに早足で歩いてきた。
「えと、ミルクティーと……えと……」
「ブラックコーヒー1つと、キャラメルミルクレープを2つ」
何を頼むんだったっけ……ともじもじしていたら、スティーヴン君が全部注文してくれた。
店員さんが「ミルクティーをおひとつと、ブラックコーヒーをおひとつ、キャラメルミルクレープをおふたつでございますねぇ~」と愛想の良いけどどこか面倒くさそうな声で言う。
「はい」
スティーヴン君が笑顔を見せた。とびきりの作り笑いだ。はなまる百点の笑顔……。愛想笑いコンテストがあれば一位大優勝確定の笑顔だ……。
「かしこまりましたぁ~」
店員さんがちょっとうっとりした目をした気がした。でもすぐにそそくさと店員さんは立ち去った。
「ところで、僕の似顔絵、後で公園のベンチとかで描いてくれます?」
「エッ」
「あれ。今日は似顔絵描いてもらうために会ったんだよね?」
無表情な目でこっちを見てくるスティーヴン君。
「エエエエ!」
(会う約束を取りつけるための口実じゃなかったの!?)
「あ、あれ……駄目だった?」
「だめじゃないけど、えと、私プロじゃないよ……?」
「うーん」
「そんなに上手に描けない……カモ」
「そうなの? 美大生っていうのは虚偽申告だったんですか?」
「そうじゃない! でもほら、スティーヴン君ってあれじゃん? 絵になる人だし、余計に、描きづらいっていうか……長時間見つめづらいし」
(ってなに婉曲表現でカッコいいって言ってるの私――!)
「じゃあプロになったら描いて下さいよ」
爽やかなスマイルでとんでもない事を要求されている。
「えええええ! そんな簡単に!」
「ていうかプロレベルになったら描いて」
「簡単に言わないで下さいよ~!」
「冗談ですよ」と言って、スティーヴン君は笑った。
「これからもときどき、週末とかに会ってくれます?」
「あ。うん。大丈夫」
「大学はいつありますか?」
「えっと、通信で完結する大学だから……」
「へぇ~良いじゃん。ハイテクだね」
…………。
その言葉に思わず引きつった顔になってしまう。
「あ、あはは……」
(IT関係者にハイテクって言われると、なんかはずかしくなってきた……)
店員さん「キャラメルミルクレープとミルクティーとブラックコーヒーお持ちしましたぁ」
「ありがとうございます~」
(わっ美味しそう)
(そしてゆっくりと喫茶店でケーキを楽しんだ)
(私は、なんとなく、スティーヴン君に……)
(すでに好意めいた感情を……抱いてしまっていた)
(早すぎるのは分かっている)
(一目惚れ、ってヤツなのかな……)
(でも、スティーヴン君は楽しそうだけどこちらに気がある気配は全く感じられなかった)
(…………)
そして、3ヶ月が経った。
スティーヴン君、メッセージまだかな……、とついスマホを触ってしまう。お仕事中なのは分かっているんだけど……。
んー、とひとしきり悩んでから、気晴らしに音楽でも聴こうかなという気持ちになる。課題のデッサンも終わったし……。
K-POPは大好きだ。特に男の子のグループが大好きだ。爽やかな低い声でダンスをしながら歌う格好いい男性アイドルの動画は、何時間でも観れてしまう。
バイトとかはしてなくて親からの仕送りで生活させて貰ってる身分だから、中古じゃないとCDとかDVD買えないけど、地道にグッズ集めてる。
(こないだのウエハースチョコつきのブロマイドコレクション、2000円近く課金して買ったのに、6枚出しても1枚も推しが出なかったし……)
(……K-POPの推しに、スティーヴン君、ちょっぴりだけ目つきとか顔立ちが似てるんだよね……)
あんなイケメンと顔合わせしてから3ヶ月もやりとりが続いてるの奇跡だな……という自虐的な笑いが口からこぼれる。
あれから一緒に外出したのは1回だけで、後はビデオ通話とか電話を毎日1時間もしてる。
スティーヴン君が私とどういう関係性になりたいのか、恋人にいつかなりたいと思ってくれているのか、それともただ単に話し相手っていうか寂しさを埋めるための友達って思われてるのか、全然分かんない。
(ていうかスティーヴン君に寂しいとかいう概念なさそう……はは……)
(スティーヴン君って温和だし、毒々しさが無くて、なんていうか10代・20代の女の子が思う理想の恋人って概念に服を着せて歩かせてるみたいな感じするんだよね……)
(聖人君子みたいな……)
(電話でも一回もセクハラみたいな事言われた事無いし。ただ単に、その日あった事、ゲームの事、読んだ漫画や今季オススメの観たアニメ、あと日本とアメリカの映画やドラマについて語るだけだ)
(…………)
(……K-POPアイドルの動画を観て、めーこは寂しさを減らした!)
(ふう……格好良かった。もうK-POPは世界遺産として認定されるべきだよな……世界の国宝だ……神……! とか言ったらスティーヴン君に引かれそうだけど)
(あ、メッセージ来てる。SNSの通知も……)
(なんだろ……)
そう思って、通知を見た。瞬間、背筋が凍った。
▼ あああさんからコメントが届きました。
『"むつかしい"じゃなくて"むずかしい"だと思いますww』
▼ あああさんからコメントが届きました。
『あと絵がデッサン崩壊しすぎ』"
(…………!?)
▼ あああさんからコメントが届きました。
『手も描けてないし、スナックパンみたいwwww関節どうなってるの??????wwwww』
▼ あああさんからコメントが届きました。
『ハッシュタグに"ocart"ってつけてるけどOCはオリキャラだから分かるけどartって・・・。自分のことアーティストか何かだと思ってるの?客観性なさすぎwwww思い上がってて草wwwwww』
▼ あああさんからコメントが届きました。
『純粋に気持ち悪い』
▼ あああさんからコメントが届きました。
『あと首と腕どうなってんのwwww複雑骨折してるwwwwwwww』
▼ あああさんからコメントが届きました。
『ていうか写真も撮るの下手』
▼ あああさんからコメントが届きました。
『絵の細部とくに手とか雑すぎww自分自身のムダ毛の処理とかも雑そう。ていうかちゃんと毎日お風呂入って歯磨きしてるの?』
……コイツッ……!
(……サイテーだ……ッ!!)
思わず右の手を握りしめてしまった。爪が手のひらに食い込む。
▼ あああさんからコメントが届きました。
『そうだ、彼氏いる? ねえ、ねえ。どんな人??あ、妄想上の彼氏だったっけwwww』
『居るわけないかWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWすみませんWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW』
(…………!?)
画面いっぱいに広がった、不愉快な「W」の大文字。
きっと大笑いしている、嘲笑していることを表しているのだろうなと予想はついた。
▼ あああさんからコメントが届きました。
▼ あああさんからコメントが届きました。
▼ あああさんからコメントが届きました。
▼ あああさんからコメントが届きました。
『あと背景描くのへたすぎるから写真加工したほうがいいよ。なんでそんなに全部自分で描こうとしてるの???』
『あと男の絵ばっかり描いてるけどやっぱり欲求不満の現れなの?wwwwwwww』
『どうせリアルでも友達とか居ないんでしょ?』
『WWWWWWWWWWWWWWWW』
(な、なんだこれ……!)
なだれ込むように、メッセージが送られてくる。
ぶ、ぶ、ぶ、とスマホがバイブレーション音を出し、震える。まるで靴箱に学校で蛾を入れて画鋲を刺すみたいなテンプレ……! まるでどこかで聞いたことあるようないかにも典型的な悪口がぎっしりと……!
(ドストレート悪口……!)
思わず口を開いてしまう。あんぐりと口が開いているのだろうなと思う。きっと、すごく面白い間抜け面なんだろうな。でもこの姿を見ている人は私しか居ない。少なくとも、カーテンは締まっているし、スマホ越しに私を見つめる私しか、その姿を見ている人は居ないはずだ。
(ていうか顔以外描くの苦手なのわざわざ指摘して難癖つけやがってコイツこの野郎……!)
(あと悪かったな男の子の絵ばっかり描いてて!!!! こっちの勝手だろが女の子も描かなきゃいけない法律でもある訳!?!?)
でも一体、どうしてこんなメッセージが届いたのだろう……? 私、炎上するような事言ったりしたりしてないと思う。もちろん愉快犯という可能性もあるけど。
そうだな、今のところこの「あああ」って人、一人だし。……もしかしたら愉快犯なのかも……。"
『▼ あああさんからコメントが届きました』
『▼ あああさんからコメントが届きました』
『▼ あああさんからコメントが届きました』
(あわ、わ、わわ、まだメッセージが……!! どうすれば!?)
大慌てになる。怒りと恐怖でおかしな表情になっている自分の滑稽な姿がスマホに映っている。焦っている私の血走った目を見ると、19歳の女の子じゃなくてゾンビみたいだ。怖い。私は余計に怖くなる。
「……あ……」
(そうだ、ブロックを……!)
とりあえずアンチコメントの投稿者を写真投稿SNSでブロックした。
「これで、大丈夫、なんだよね……」
誰に問いかけるでもなく自分自身に言う。
言い聞かせる。
なんか、涙が出ている。目の端。
「ウウウウウ。……でも、いや、逆に考えたらアンチコメントがつくくらい私の絵は見られているという事では!?」
空元気で無理やり笑顔を作る。
「え。私実は凄いってコト……」
そこまで言う。
「……な訳ないか」
急に虚しくなってきた。
「はあ……」
――その時、電話がかかってきた。
「あれ。スティーヴン君だっけ」
(……電話番号教えたっけ? ……ディスコネクトブックとかRIMEではビデオ通話とか電話してたけど、……電話番号……教えてなくない?)
うわ。非通知だ。間違い電話か詐欺かな。でも大事な用事だったらいけないし……電話に出よう。
「もしもし?」
スマホを耳に当てて問いかける。誰ですか、と思いながら。
「も、も、もしもし……?」
とてもくぐもった、気持ちの悪い声だ。合成音声……? いや、映画で誘拐犯役が電話をかけてくる時に、こんな音声を出している、気がする。
「え、え、えびすわき……さん……? はあっ……はっ……えびすわきさんですか?」
「…………」
「え、えびすわきさん……?」
あまりの不気味さに、思わず口をつぐむ。呼吸も浅くなる。
「はあっ……はっ……えびすわきさんですかぁぁぁぁー?」
「……っ」
「もしもぉぉぉぉし」
ホラー映画みたいな音声に、ゾッとした。
そして名前を知られているという事実に二重でゾッとする。どうして? なぜ? ――誰が?
(スティーヴン君じゃないのは確かだ。だって、スティーヴン君には電話番号教えてないもん)
「おい! 返事しろ!! そこに居るのは分かってるんだぞ!?」
「ひっ……!」
思わず声が出た。
しまったと思うよりも早く、非通知の電話主が「あっ……えびすわきさん……えへ……えへへ……えへっ……えへ……」と気持ちの悪い笑い声をあげた。
「やっぱりそこに居るんだねぇぇぇ……」
彼の声はどこか嬉しそうだけど、どこか”分かりきっていた”ような声のニュアンスで、こちらの反応を楽しむような余裕を感じる。
「ああぁああああぁぁァあア……えびすわきさぁーん……」
「だ、誰ですか!!」
「誰って酷いな。未来の婚約者だよ」
「は……?」
安いサイコホラー映画のようなセリフ。
いや、発言。
でも実生活で19歳のただの小娘――ただの一般人――を怖がらせるには十分すぎるほどの破壊力がある、それ。
「俺はいつもえびすわきさんの事を見てるんだぁ、うひ、うへ、うへへへっ……」
非通知の相手が言う。
「なんなの、アンタ……」
思わず言っていた。
「気持ち悪いんだけど!! 何、いたずら電話!?」
次第に声が大きくなる。
近所の人に何事だと思われそうだが、よく考えたら横の部屋も下の部屋も引っ越していったばかりだった。
マイホームを建てる間に住んでいただけの人々。
「誰!? 警察に相談するよッ!?」
言葉が止まらない。怖いから、喋っていないと崩壊しそうだ。
「気持ち悪い! もう二度とかけてこないで! ていうか着拒するから!」
それだけ大声で言うと、バクバク鳴る心臓、震える手、涙で濡れた瞳、その全てで不審な電話に怯えながら通話を切ろうとした。
(切る前に、『ははははははははははは! ……あはははははぁっ……』と笑い声がした。狂気的な声だ)
(画面をタップして会話を終わらせようとしたら、相手のほうから切れてしまった)
(意味が分からない……)
「あ……そっか。非通知は非通知だから、個別に着拒にはできないんだっけ……」
ちょっと絶望する。
「あ。そういえば……スティーヴン君からメッセージが来てたな」
(どっと疲れた……)
『めーこさん、見て下さい! 今釣り上げたんですよ!』
スティーヴン君がゲーム内で巨大カジキを釣り上げたらしい。その画像のスクショが送られて来ていた。
『わ、凄い! そのゲームしてたんだ』
最近このゲームがスティーヴン君はお気に入りらしい。前一緒にしていたオンラインゲームとは別の、オンライン要素の少ない普通のパソコンゲーム……。
難しいFPS視点(?)ってやつのオープンワールド(?)RPGゲームをやっているみたいだった。
(私は複雑な操作とか、タイミングが重要なゲームとか、機敏に反射神経を使わないといけないゲーム、苦手なんだよね……。
(3D画面も酔っちゃうし)
(でも、よかった……)
スティーヴン君が送ってきた画面のスクショには、『7:15』と書いてある。ちょうど、電話がかかっていた時間だ。
疑ってた訳じゃないけど、本当にスティーヴン君は容疑者から外して良いようだ。
『電話していい?』
『なんか夕方と深夜って寂しくなりません?』
「電話かぁ……」
(あんな事があったから気乗りはしないけど……)
『うーん』
『僕、料理するんだよね……。あんま上手じゃないけど、今日は野菜と豚肉の炒め物です』
『美味しそう!!!』
スティーヴン君が作った炒め物。絶対美味しいに違いないでしょ……! と思ってはしゃいでしまう。
『最近の豚肉って脂が凄いから、一度ゆがいてから使ってます』
『へぇ~。料理上手なの羨ましいなぁ』
『電話しても良い?』
『……スマホ片手に料理とか危ないよ』
『ワイヤレスイヤホンつけて調理するし、片手がふさがったりしませんよ』
『じゃあうん、いいよ』
「めーちゃん、久しぶり」
そうそうに電話がかかってきた。
「いやいやいや、昨日電話したよね?」
「なんかめーちゃんと喋ってないと、元気でないんですよねー」
「ええー」
「なんか、会話してから9時間くらいは元気なんですけど、10時間以降になると途端に元気が……」
「私コーヒーじゃん」
「え?」
「なんでもないッ!」
思わず照れて言う。おもしろくない冗談なんか言うんじゃなかった!
「ああ。コーヒーのカフェインが作用する時間が9時間くらいだからって話?」
「今の少ないヒントでよく分かったね」
「分かりますよーめーこさんの事はなんでも分かります。結構喋ってるし、ネトゲで出会った期間も入れたら半年は付き合ってる訳ですから。……友達として」
「うん……まあ、そうだね……」
「なんか、元気無いね」
「うん……」
「大丈夫? 大学の課題がキツイの?」
「うん……」
「そうなんだ、僕に手伝える事なら……って美術系大学か、無理だな……僕絵心無いんですよね」
「知ってる」
お絵かきチャットしたことあるからよく知っている。
「酷いな~めーちゃんにディスられちゃった」
(楽しそうな声で言われる。やけに楽しそうだ)
「はあ……」
(本当の事を言うべきだろうか?)
「でも、本当に落ち込んでるじゃないですか。どうしたの? 恋煩いですか? …………。……だったら焼けちゃうなぁ」
「え……?」
「ふふ。気づいてなかった? 僕、めーこさんの事好きですよ。言ったら嫌われちゃいそうだったから言わなかったけど」
「エッ!?」
「……まあ、僕の気持ちなんてどうでも良いんですよ。本当にどうしたの。僕で良かったら、力不足かもしれませんけど話くらいなら聞きますよ」
その優しい声に、ホッとした。
「……実は……」
起こった事をありのままに話した。
彼はしばらく無言だった。
痛いほどの沈黙が続いて、何か言わなくちゃと私が思ったその瞬間に、彼が喋った。
「悪口を書かれた日に非通知の電話でストーカー……」
「うん」
「……わぁ……。……それはキツイね」
怒ったような、心配するような、疲れたような声だ。
「うん……あの、えと、悪口のほうはブロックしてコメント削除して、非通知のほうは……その……どうしたらいいか分からなくて……」
「登録してる電話番号以外全部シャットアウトする設定をしたら?」
「どうやったら……」
「ちょっと複雑だけど、今度、めーこさんと会った時に設定してあげますよ」
「でも……もしまたかかってきたら……! う、ううううー!」
「うわあぁ! 泣かないで! 分かりました。今からそっちに行きますよ。大丈夫、電車で行って、帰りはタクシーで帰るから」
「でも、申し訳ないよ……」
「何を言うんですか。僕はあなたの事が……す……、いや、心配なんです」
「でも……」
「ストーカーの男……いや、男とは限りませんけど、とにかくそのストーカーがめーこさんの命を狙ってる可能性もありますから、しばらくは夜は外出をしないで下さい」
「うん……」
「どうしても夜出歩く時や、夕方出歩く時は、大通りの人と車の多い通りを通って下さい」
「エト……来てくれる……?」
「……今から行くね。電車で行きます。ディスコネクトブックかRIMEで文字で連絡したので良い?」
「うん……ぐすっ……ひっく……」
「……ッ」
「待っててね」
「何かあったらすぐに連絡して」
「ありがどぉ……うう……」
安堵感からか、涙が止まらない。
1時間と20分が経った。
ピンポーンとインターホンが鳴る。
身体が凍ったように固まった。
(スティーヴン君、だよね……?)
(いや、でも……)
誰が来たのか、覗き穴からチェックしよう。
ドキドキして心臓が跳ねる。怖い。もしスティーヴン君じゃなかったら……。
(もし、あのストーカーだったら?)
(どうしよう……)
…………。
…………。…………。
…………。…………。…………。
でも、そこに立っていたのは、見覚えのある姿だった。細い体躯。格好いい髪型と顔と雰囲気。紺色のシャツを着ている。紺色みたいな青い目は夜の闇を照らす廊下の蛍光灯の光では照らしきる事ができず、黒色みたいに見える。
スティーヴン君だ。
「スティーヴン君!」
玄関を開けると、照れたような顔をされた。
「わぁ……。……こんばんは……」
…………?
どうしてそんなに気まずそうな顔をしているんだろう。目線が泳いでいるし、なんか、ほっぺがうっすらと赤い……。
(なんでそんなに気まずそうな顔をしているんだろう)
「ど、どうしたの……?」
「……ズボンだけ……パジャマ、……可愛い」
ぼそっと言われた。今度はしっかりと藍色の瞳がこっちを向いている。パジャマを見つめられている。それもズボンを。…………! リモート通話でちょっと知人と話す用事があったからズボンだけパジャマだった。外出の予定がないから上だけ着替えたんだった……!
(まるで会議中に猫が乱入するくらいあるあるなリモートネタをリアルでやってしまった……!)
「エッ! アッ! ご、ごご、ごめん! 完全に油断してた! すすす、すみません着替えてきます……!」
言った瞬間、スティーヴン君が驚いた顔をした。
「いや、そっちのほうがまずい!」
大袈裟なくらい断言的な口調だ。
「何がまずいの?」
「いや、何でもないよ。ほんと、何でもないから」
優しいアイドルみたいな笑顔に、疑問は吸い込まれて消えていった。ブラックホールみたいな笑みだ。疑問とか疑念とか疑惑をぜんぶ、ねじ伏せて吸い込んでしまうだけの力がある美形スマイル……。
「そっか……」
「スマホの設定するんですよね? 僕に任せてください」
「う、うん、お願いします……!」
スティーヴン君に自分のスマホを渡した。
「えーっと、ちょっと時間かかるから、良かったら僕には構わずに漫画でも読んでリラックスしてて下さい」
うっとりするほど爽やかな微笑み。冷たそうに見えて優しい目元。
「あれっ再設定ってそんなに時間かかるの!?」
スティーヴン君が「あれっ知ってた?」と言う。その後、ゴニョゴニョ何か言っているけど、英語で聞き取れなかった。英会話とか勉強してないし今度AI相手に英語の練習とかしようかな……。なんかスティーヴン君にばっかり色々してもらっている気がする。日本語で喋ってくれてこっちに合わせてもらっちゃって。申し訳ないカモ……。
「いや。そこまではかからないけど、他にも色々しないといけないからちょっと待って……」
「他にも? うん、わかった」
(よく分かんないけど、大変だなぁ……)
(……私、スマホ機種変更したばっかりで使い方がよく分かんないんだよな)
(スティーヴン君のIT技能に長けてる感じ、なんかお仕事できる人みたいな感じでキュンとしてしまう……)
(こんなイケメンが私の事好きとか……ほんとかなぁ……絶対うそだよ……あそばれちゃってるんだ私……)
(でも。……スティーヴン君になら……遊ばれても……良いかも……?)
思わず顔面がにやつきそうになる。
(いやいやいやいやいや、何考えてる私!!)
「ちょっと」
その瞬間、怒ったような顔でスティーヴン君が私に声をかけた。
「めーこさん、ジロジロ見られると集中できないです」
「あっごめんなさい……!」
スティーヴン君が真顔に戻る。ちょっとひんやりした表情。相変わらず造形が格好いい男性の顔だ。なんでK-POPアイドルやってないんですか? と質問したい。オーストラリアとかアメリカ出身でも韓国に行けばアイドル候補生として雇ってもらえるだけの魅力がスティーヴン君には満ちていると思う。
「いや、謝らないで。ごめんねなんか……」
「えと、あの、お茶淹れてきます! ブラックコーヒー……は安いコーヒーの粉しかないから美味しくないと思うから――えっとミルクティーか麦茶かカフェオレ、どれが……」
「水道水で良いよ」
スティーヴン君が真顔で言った。表情からは無邪気な悪意を感じる。
「エ!?」
そしてスティーヴン君がいたずらっ子みたいな魅力的な笑顔になった。意地悪な表情とも言える。
「あはは……。ただのおもしろジョークです」
「面白いかなぁ」
今度は私がむっとする版だった。
「じゃあ麦茶をお願いします。牛乳苦手なんだよねー。アメリカでも学生時代給食の砂糖入りの牛乳毎回残してましたし」
「了解!」
「いってらっしゃ~い」
「まかせろ~!」
ちょっと子供っぽい言動になっちゃった。
(でもスティーヴン君の前では自然体で居られるんだよな)
(誰かの前で猫をかぶらずに、大人っぽい演技をせずに、ふつうに喋れるなんて……こんなの、中学生以来の懐かしい感覚だ)
(だから私はスティーヴン君の事が好きなのかもしれない)
(私のほうから好きって言ったことはないケド……)
(イケメンだけど冗談言ったら笑ってくれるし、冗談言うし、明るいし、優しいし。聖人君子だし)
(まるで……休日のおふとんみたいな存在だ……)
(人間国宝だな……性格が)
「えーっと」
「何を淹れるんだっけな」
そうだ、麦茶だった。
私はリビングへ向かった。
● ● ● ● ● ● ● ●
「淹れたよ~!」
「わっ、ありがとう。僕も終わりましたよ~。これでもう、怖い人から電話かかってこないはずです」
「ストーカーなんて怖いよね。……ねぇ、めーこさん」
「な、なに?」
「僕が……めーこさんの事……。…………。…………。……あー! どう言ったらカッコよく聞こえるのかな……。嘘くさく聞こえるかもしれないけど……聞いてくれます?」
「話による」
茶化すつもりはないけど、ちょっと癖で言ってしまう。
「あーひどい! 僕一生懸命今いい感じのセリフを考えてるのに!」
「いい感じのセリフ……? なにそれ……」
「弱ってる所に付け込むみたいで申し訳ないんだけど、ね、……僕、……あなたの事が……」
不安になってきた。なんだろう。そんなに好きじゃないから絶交しようとか言われたらどうしよう? それか、あなたの事をサンドバッグにしたいくらい嫌いですとか言われたらどうしよう。私、そんな事言われたら申し訳なさすぎてスティーヴン君のためにサンドバッグになるしかない。……もしかしたら。
でも、ひょっとしたら。
スティーヴン君も私のことが? 好き、とか。そんな可能性。
あるわけ無い。天文学的確率だ。
だってスティーヴン君はアメリカ人なのに訪日して日本に在住してからほんの少し、たった数年で日本語をマスターしちゃうくらい賢くて、あとIT企業に務めてるなんかよく分からないけどすごい人で、海外では売れっ子のK-POP男性アイドルイケメンですって言われたら簡単に人々を騙せるレベルの顔立ちだし。
優しいし、意地悪だけどそこがまた魅力的で、女性にモテそうで背筋がピンとしてて立ち振舞いが動作が無駄がないし洗練されててカッコよくて、日本語のイントネーションも日本人にしか聞こえないレベルで修練されている。
要するに、鶴と亀どころじゃなくて、カビた給食の揚げパン(私)とITの大天才な顔面がK-POPアイドル君(彼)だ。釣り合って良い訳がない。
だからこんな痛い妄想はやめるべきだ。
今すぐにヤメロ。
顔の表情がきもいなって思われて引かれたくない。それに「お前なんか好きになる訳ないだろ」って言われて、傷つきたくない。もう、傷つくのは中高生の幼稚で残酷な恋愛だけで十分だ。
「……聴いてる?」
「う、うん。な、なに?」
私まで緊張してきた。
アリエナイと分かっているのに。なのに。
ドキドキして、期待してしまう。お砂糖みたいな気持ちが胸にじわじわと広がっている。と同時に不安で頭の中が真っ暗になる。
「あのね、……あのさ……あの……」
そこまで言うと、スティーヴン君がごく、とつばを飲み込む音がした。
ちょっとびっくりして顔を見上げると
「ストーカー。大変だったね」
「え。まあ、そ、そうだね。たぶん大変だったんだと……思う」
「あれ。意外と堪えてないんだ」
「え」
なんか、ちょっと残酷な視線を一瞬向けられた気がして、……それにちょっと怖い雰囲気になった気がして、びくっと肩が震える。
「でもつらかったでしょう?」
「まあ、人並みに……」
よく分からない事を言ってしまう。本当は泣きつきたいけど、人前で……しかもこんなイケメンに抱きついて泣きつきたいなんて思っちゃいけないことだ。私が国民的美少女だったらともかく、私なんかが……。
「僕がどういう話をしようとしているか察してくれたりしてます?」
「してないです」
私は言う。目元には涙が浮かんでいる。ストーカーとかネットのアンチコメントが心をとげとげぐるぐるに有刺鉄線で巻いたみたいな気持ちになっている。
「あなたの事を好きだから、あなたを守りたいみたいな、そんな感じと言ったら……良いんでしょうか……」
「……へ?」
…………。
言葉の意味を咀嚼して繰り返しあじわう。フリーズした頭。
意味が次第に鮮明になっていく。これは何か悪いドッキリカメラか何かだろうか?
「あー!!」
スティーヴン君が頭を抱えて勢いよくうつむいた。清潔で一本一本がつやつやの髪の毛が、彼に鷲掴みにされてぐしゃっとなっている。オーバーなリアクションだけど、悩んでいる人みたいな、いや、苦しんでいる人みたいなリアクションだ。
「わっ!?」
「全然カッコよくない! こんなの全然駄目だよ! えっとね……めーこさん……! やり直し! もう一回やり直させて下さい!」
指を一本立てられている。もう一回! チャンスをくれ! というポーズだ。表情は真剣でそのおろおろぶりに思わずなぜか笑ってしまいそうになるのをこらえる。
「えと」
スティーヴン君が、間を開けずに言った。
「僕とお付き合いして下さい」
「…………」
「いや! 違う! そうじゃないだろ! もっと普通になってる! 僕は馬鹿か!?」
「…………」
これはスティーヴン君の考えたコント『愛の告白』を見せられているのだろうか。それとも真剣に告白されているのだろうか。
後者なんだよね? 後者なんだよね……ッ!?
(期待しても、良いんだよね……!?)
「僕、めーこさんの事を……愛してます……。だから、守りたいです……めーこさんの事……」
「あ、あ、あいしてるは、早すぎない……?」
「えっ、I love youの翻訳って愛してるじゃないの?」
「いや、それはあってるけどなんかニュアンスがもう熟年夫婦のソレでは……!? いや、付き合った事ないから知らないけど愛してるとか付き合う前の人に言う!?」
「いやいやいや日本の熟年夫婦が愛してるなんて言ってるの僕ドラマでも現実でも見たこと無いですよ!? 日本人の夫ってたいてい亭主関白で家事と育児を手伝わなくて、家に金さえ入れれば何をしても許されると思いがちですよね?」
お前は日本の主婦代表か? というツッコミを入れたくなるような、自分ごとにとらえているのが伝わってくるムッとした表情で言われる。
(なんか日本の夫に恨みでもあるんか……)
「偏見だもん……私のパパとママはラブラブだもん……」
言う。言っておかないとスティーヴン君の頭の中で日本人は全員必ず夫婦仲が冷え込んでいるという固定観念が根付いてしまう。
「…………。…………」
スティーヴン君がにっこりした。
「話が逸れました。すみません。まあ、人によりますよね」
「うん」
「…………。……えっと。冷やかさないで聞いてくれてありがとうございます。……結構勇気、居るんですよ? 僕から告白するの、二回目ですけど……その。いや、ほんとこんな事件があった直後に申し訳ないんだけど、僕……あなたの事が好きなんです……」
「ええ……」
ほっぺがにこにこしてしまいそうになる。感情を抑えたい。目線を伏せる。
「ちょっと自分の話をして良いかな? …………。僕、大人になってからは友達があんまりできた事なくて」
スティーヴン君が言う。
「いや、向こうの方は僕の事を友達って思ってくれている事はあるんですけど、僕が相手の事を友達って思えた事なくて。人が信頼できないんですよね……。でもめーこさんは無害じゃないですか」
「そ、そうかなぁ……」
よく分からない。何も考えてなさそうっていうのは言われるけど、無害なんて言葉は初めて言われた。スティーヴン君の目で見ると、世界は危険生物認定された人間だらけなんだろうか?
「だからめーこさんと出会ってから、毎日楽しくて。声も可愛くて。あなたは明るくて、やさしくて、素直で。…………。……ぜんぶ好きなんですよ……髪の毛サラサラで良い匂いだし……アッ、きもちわるいかな……ごめんね……」
「気持ち悪くはないよ」
「そう?」
「でもよかった。べっ別にスティーヴン君のためにお手入れしてたとかではないけど、そう言ってもらえるならお手入れしててよかったっていうか……別にそういうつもりじゃ……なくて……えと……でも……」
「うん?」
「いや、本当はスティーヴン君と会うってなってから慌ててお手入れしだしたというか」
髪の毛。……お手入れ。ぜんぶあなたのためだ。
知られたくなかったけど言ってしまった。
「あっ、そうなんだー。あははは……」
「ウン……」
「じゃあ僕の気持ち、受け取ってくれますか?」
うっとりするほど優しい表情に彼がなる。
「好き……なんだよね。君の事が」
「ウン……」
「両想いかな……」
そこまで言うと、スティーヴン君が無言で、幸せそうに目を細めてくれた。
心臓が、ギュンッ! となった。キュンを通り越している。
「というか、私、電話した時と会った時からずっと、好きだった……かも」
「良かった……」
「じゃあ、えっと、改めて、よろしくお願いします」
「う、うん……よろしくね……」
「だいすきです、めーこさんの事」
「…………!」
(心臓が持たない!)
(ドキドキしすぎて、心臓が口から飛び出てきそうなんだけど……!!)
● ● ● ● ● ● ● ●
3ヶ月が経った。
(おかしい……)
(絶対に何かがおかしい)
(なんで……?)
ネットゲームでそこそこ仲が良かった相互フォロワーさんからブロックされた。ほぼ全員から。それにリア友にまでSNSでブロックされた。中学校からの付き合いなのに。2人とも、ブロックしてきた。
「は……は……ははは……」
「私のせいかな……なんで……?」
(私の友達と呼べる人ほぼ全員からブロックされた上で、そうじゃない人は私の事をフォロー解除した上でミュートしてるみたいで、ダイレクト・メッセージがいつまでも既読にならない)
…………。
「別に……いいもん……」
(スティーヴン君さえ居てくれたら、いいもん……)
不機嫌なささくれだった気持ちのなかに、一粒の甘さが残っていてその甘さを堪能する。
(でも、私の事をミュートしている人が妙な事を言っていた)
『友達だと思ってたのにあんなに性格最低だと思ってなかった。なにあれ。マジでむかつく(怒った絵文字)』
『ずっとあんな事思われてたとか、ひどすぎ。友達って思ってたのはこっちだけだったって訳ですか』
『すみません~~~、皆様お騒がせしちゃって。ちょっと問題あるかなって発言は全部つぶ消ししました(天使の絵文字)』
『私まであの子と同レベルに堕ちたくないし(笑い泣きをする絵文字)』
(これってもしかして私の事?)
(いや、でも……)
(私、なにも言ってないし。そもそもリアルでも会ってないし、ネットでもそんなに最近文章でも音声でも喋ってなかったじゃん)
(なんなの……)
(意味分かんないよ……)
"めーこは友人を全員失った!"ってゲームなら表示が出そう、と苦笑する。そしてすぐに泣きそうになる。さびしい。つらい。しにたい。酸で焼けただれたみたいに胸がズキズキする。友達だと思っていたのはこっちのほうなのに。ひどい。なぜ? どうして……。
(おかしい事といえば、スティーヴン君も妙だ)
『あ、めーこさんって、"サブロォドのエビ入りアボガド・スモーク・サーモンパン"とか好きなんですね! 僕も好きですよぉ! 嬉しいなぁ、食べ物の好みが似てるから結婚しても僕達きっとうまくやっていけますね!』
これだけ見ると普通の文章に見える。でも、よく考えたら、私が好きなんて言った覚えのない隠れた好物をなぜ把握されているのだろう?
『え? なんで知ってるのって……ネトゲしてた時言ってたじゃないですか、最初の頃に』
(……嘘だ)
(だって初めてサブロォドのエビアボガドサーモン食べたの、今月が初めてなんだもん。――そのことを言ったら、スティーヴン君ちょっと困惑した感じで『あれ。じゃあトリーズかトトールのパンだったっけ。サーモンパン好きって言ってたよね?』って凄い真剣に言われたけど)
(……スティーヴンの言動がおかしい気がするのは、これだけじゃない)
(他にも……)
(…………)
『あ、めーこさん! 今季の刑事ドラマ観ました!?『怪物の巣食う都市と殺人鬼』ってドラマ、めっちゃ面白いですよ~! アクション多くて、サスペンスでハラハラ・ドキドキで。でも少年漫画みたいな熱い所もあって……』
(その感想、文章生成AIに聞いたら言ってたよ)
(……本当に観たんだろうかって疑ったんだけど……でも観てたらしいけど、怖かった)
(だって……)
(笑ったシーンも泣いたシーンも、怒ったシーンも、全部私がSNSの鍵アカでつぶやいたのと同じ所)
(ていうか、親に電話で喋った内容とすっごく似たこと言ってきてた)
『刑事ドラマの醍醐味って刑事同士の友情もあると思うんだよね~』
『あ。あとあの早口でミズハラ刑事とオダ刑事が罵り合って、リサちゃんが止めるシーンとかめっちゃ笑ったし』
『キャリア組とノンキャリ組の違いとか、公安の事をハムとか言うところとか、靴の痕跡のことをゲソコンって呼ぶ所とか面白かったです!』
『あと、ミズハラ刑事の過去には泣いちゃいました。昔は彼も熱い刑事だったんですよね……でも"あの例の事件"以降、心を閉ざしてしまった……』
『ていうか、上層部の権力争いとか、主人公の周りの足の引っ張り合いも結構コミカルに描かれてるし、重くてハードなストーリーが気軽に楽しめるようにできてて、凄いですよね』
(楽しそうに話すけど、その話、私が親にしたのとすっごく似てる。いや、細部はぜんぜん違うけど、言ってる事がほぼ同じっていうか……)
(でも電話の盗聴とかできる訳ない。何も貰ってないし)
(私が貰ったのは、手作りのマフィンだけだ)
マフィンで盗聴とかSFすぎるし、食べてから時間経ってるから仮にカメラとか音声盗聴器が入ってても今頃下水道の中だ。汚い話だけど。
マフィンは美味しかった。おいしかった。けど……。
『ああ、分かります! やっと仲良くなった所でアレだもんねぇ、僕も何回も心をかき乱されてますよ』
『ていうかめーこさん、僕とほとんどおんなじ感想じゃないですかぁ!』
『気が合うってレベルじゃないですよ(笑)』
『嬉しいなぁ♡』
(まるで、私の会話を言い換えて、噛み砕いて自分の言葉で再説明してるかのような……強烈な違和感……)
(まさか、SNSの鍵アカを見る方法とかがあって……。……見られてるとか……?)
(そうだったら合点がいく)
(…………)
スティーヴン君は怪しい人かもしれない……。
(気にしすぎだと良いんだけど……)
その時、電話が鳴った。
『スティーヴン君』だ。
「あ、もしもしめーこさん。良かったら扉を開けて下さい」
「え?」
「めーこさんにお届け物があるんですよ」
「届け物……?」
「あなたの誕生日まで待てなくて。というかただの贈り物です。ぬいぐるみとCD。受け取って下さい」
「ぬいぐるみ……」
嫌な予感がした。
(眼の中にカメラが入ってるテディベアを、アイドルがファンに送りつけられて住所バレした刑事事件あったよな……)
「う、うん」
(今嫌がったら怪しまれる。……とりあえず喜んだフリをして、押入れに入れておけば良いんだ)
玄関を開けた。
「わ」
紙袋!
紙袋がドアノブにかけられていた。
紙袋を覗くと、今世界中で人気の、ちいさくて可愛い動物のぬいぐるみが目に入った。そして、前に家で一人の時に欲しいなと言っていた――。
スティーヴン君には話した事のない、最新のK-POPアイドルグループの、写真集つきのCDだった。しかも韓国限定品だ。写真集には全部英語と韓国語で文字が書いてある。
(し、しかもサインまで……!?)
(凄い! 限定品だこれ絶対……!)
(って喜んでる場合じゃない!)
「あ……あの……スティーヴン君……」
「はい! 喜んで貰えた!? 手に入れるの、CDのほうは大変だったんですけど韓国に居る知り合いに頼んで買って送って貰ったんです」
「…………」
「タカシってヤツですよ。前話した、半グレみたいな見た目の……でも心根は優しい関西弁の日系アメリカ人です。僕の幼馴染」
「……そ、そっか……」
「嬉しい? ねえ、嬉しい? 喜んで貰えた?」
「う、うん……うれしいっ! でも……その……一つ聞きたい事が……」
「何? 転売ヤーからはぬいぐるみ、買ってませんよ。ちゃんと公式ストアに出かけて買いました。僕、そういう倫理観はある男なので」
「いや、そうじゃなくてさ……」
「うん、何?」
「えっと、……」
(どうしよう。『スティーヴン君って私のストーカーだったりする?』とか……言える訳が無いよ)
(違ってたら失礼だし)
(それ以上に事実だったら、逆ギレされてころされちゃう……?)
「そうだ、めーこさん、安心して下さいね」
スティーヴン君は続けて言った。
「僕はあなたの事をいつでも見守っていますから」
「……え?」
「もう怖い目に遭う事はありませんよ」
「……え」
「友達も居なくなっちゃったみたいですけど」
「…………!?」
「あんなに簡単にあなたの事を疑って、あなたの事を悪と断定して話も聞かないような連中、――友達になる資格ないですから。……あはは」
心臓が恐怖でどこどこと鳴った。
「つまり……その……認めるの? 私のストーカーだって……」
「え? 何のこと? 僕よく分かんないなァ~。ところで僕、あなたのご両親のご住所、調べたんですよね。結構近いっていうか、XX県じゃないけど、関東住みなんですね。うーん。ありがたいなぁ。今度ぜひご両親にご挨拶に行きたいです。結婚するまで待てません!!」
「……ヒッ……」
(親の住所特定されてる……!)
「な、なんでそんな事したの……?」
「なんでって。気になったから調べただけですよ。愛ゆえかなぁ……。僕、めーこさんの事だぁいすきなので」
(…………)
(……言ってる事とやってる事がチグハグで、おかしいよ……)
「僕、法に触れるような事をするのにためらいがないから"上司"に可愛がられてて、重宝されてるんですけど……。気づいてなかった? 僕ね……ふふ……あはは……ハハハハハッ! あはははは、ひ、あははあははははッ!!」
「…………!」
(この笑い方は……!)
(ま、まさか……そんな訳……!)
「もうちょっとらぶらぶいちゃいちゃ恋人ごっこというか、君の愛する爽やかな好青年の聖人君子な僕を演じたかったんですけど、もう限界、お腹痛いです。あははっ……笑いすぎて……お腹……痛い……。キッショいストーカーのフリでもしてボイスチェンジャー使って犯人の声で電話でもすれば、僕を頼ってくれるかなぁとは思ってたけどまさかここまで僕の事最初の時は信用してたのが逆に誤算すぎて、面白くてついネタバレしちゃいました。ついでに言うとあのアンチコメントはAIに書かせて僕が投稿しました~、めーちゃん、ごめんね、あははははっ。あんな事全然思ってないけど、どう言ったらめーちゃんが一番傷つくかなって思って……まあ自害されても困るので比較的ソフトな表現には抑えたんですけどね? だから本当ごめんねぇ、あはっ……アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
そこまで言うと、「でも。……悪いのは君だよ」とスティーヴン君が冷たい金属みたいな刺々しい声で言った。
(あの非通知の電話ッ……!)
(あのマジでキモかったストーカーの電話! あと暴言アンチコメントって……スティーヴン君……なの!?)
「でも。……あーああぁ、あああ……ムカつくなァ……。僕という男が居るにも関わらず、あんな精神年齢ガキみたいなお花畑女とイチャイチャベタベタしやがって。あんな女めーこさんには釣り合いません! 許せません……ッ!!」
「ちょっとDMでチャットしただけじゃん!!」
「それが許せないんだよ!! あんな中身空っぽな女と馬鹿みたいにベタベタして喜びやがって! クソが!! ていうか二人、男が混じってますけどねェ……ッ!! 一人はゲイの人なので許しますけど、もう一人は性自認男で恋愛対象も性の対象も女性の100%シス男性! つまり浮気!!」
「は……はぁ……!?」
「宅配員と店員と市役所の職員と病院の看護師・医者以外の異性との会話は浮気です!! 同性との浮ついた会話だって全部浮気ですッッッ!! 僕がこの世で一番許せない物は無視と浮気なんですよ!!」
「浮気!? 何言ってんの? マジでどういう事? 意味分かんないよ!! 私別にスティーヴン君以外とは付き合ってないし!! そもそも男性と関わらずに暮らすとか不可能だし! 地球の人口の半分は男の子だよッ!? 大学の教授っていうか先生だって男性居るし、ていうかなんでDMしただけで浮気になる訳!?」
(豹変したスティーヴン君は怖い。でも言うべき事は言うべきだ)
「さぁぁァ。自分の頭で考えてみればァ?」
狂気的で壊れた声だ。
「……っ」
「あのどうしようもない連中とイチャイチャしてたメッセージを見せつけられ続けたこっちの身にもなって欲しいです。まるで恋人みたいにハートを大量使用したメッセージの数々、楽しそうな絵文字、あぁぁああぁあ。何が大好きだよだ、何が親友だよだ、キズナ? ヘドが出ますね。……キズナとか愛とか、めーこさん以外が使うと気持ちが悪いんですよ……不快だ……。まぁ、めーこさんに群がる害虫どもが喋ってる時点で不快なんですけどね。虫なら虫らしく岩の下で暮らして一生喋らないまま出てこなきゃ良いのにって心から思います」
「さっきからッ聞いてれば何!? ぐすっ……ひっく……!! ……ッでもっ私の友達を、悪く言わないでよ!!」
私は叫んだ。
「大事な友達なんだよッ!?」
「だから何だよッ! 大事な友達?! あなた捨てられちゃってますけどねェ!! 僕がちょーっと小細工を仕掛けたら、簡単にあなたのコト大嫌いになるくらいの友情なんですよ! そんな物、友達とは呼ばない!! 僕を愛せよ!! なんでこんなに演技し続けたのに、完璧な恋人を演じてたのに、僕にちゃんと恋愛感情を向けないんですか!? 好きになったらもっと束縛するでしょ、もっと甘えるし、もっとワガママになるし、もっと素直になるんですよ普通はきっとたぶん!! なんで、なんで、なんで僕のコト段々飽きてきたみたいな反応になっていくんですか!? 初めて会った時が一番あなたの反応可愛かったですよ!! 僕はあなたを好きなのにあなたは僕を好きじゃない! そんなのおかしい! 間違ってる!!」
「…………」
「……はぁ……。……実は言いたい事があります。隠していたんだけど……」
「…………」
「めーこさんめーこさん僕があなたを好きになったのはネットで出会ったからではありませんめーこさんが中学生の時に京都で僕とあなたは会いましたあなたはとても優しかったので僕はとてもあなたを好きになりました僕はあなたの事を監視していたんですネットでも監視していましたし実はこの家を特定したのはオンラインゲームをあなたが始める前からなんです実は僕あなたの家の周りをウロウロとしている事があって実は僕は――あなたが中学2年生の時から、僕はずっとずっとずぅっとずっとあなたの虜なんです。…………。…………。…………。……僕の気持ち受け取ってくれますよね?」
「かひゅっ……ひゅうっ……ひゅっ……」
(息が苦しい……!)
「わぁ。大きな声を出してごめんね」
無感情な声で謝られた。
「僕の嗜虐欲を煽って、僕の劣等感とコンプレックスと罪悪感を焚き付けて、ますます僕が醜くて卑しい存在だって思い出させてくれるそういう所も愛してますよ本当です、信じて? 君は被害者のか弱い女の子で、僕は卑しいケダモノみたいな屑で。サディズムに傾倒した異端の危険思想の犯罪者の悪魔それが僕だって思い出させてくれる所。まるで誰かさんみたいで凄く大嫌いですけどめーこさんは特別なので大好きなんです。あなたが本当は僕の事を愛してくれる事は京都での出来事で証明されていますから僕はあなたの事を大好きなんです。だいすきなんです」
「……"だれか、さん"……ッ?」
(こわい。こわい。こわい。こわい。こわい。こわい……!!)
(なんで? なんで? なんでなんでなんでなんでなんで、なんでこんなコトに……)
(京都? 中学生の時? なにそれ。全然覚えてないよ……!)
(……ッ、めまいが……)
(吐き気が、……ッ)
(うああああああぁぁああぁ! 頭が痛い! 割れるみたいに痛い!!!!)
そして私は意識が遠くなるのを感じた。視界が真っ暗になった。
「あれ……?」
割れるような頭の痛みがとれている。
ここはどこだろう。
(あれ……)
(ここは……?)
「あ……」
自宅の床に倒れていたことが分かった。冷たい床。冬の寒さが伝わってくる。エアコンはタイマーが切れていて、部屋全体が驚くほどひんやりしている……。まるで冷蔵庫のようだ。
(ヒッ……あれは、夢……? それとも、現実……?)
(夢であって欲しい……酷い悪夢だ……)
(ど……どうしよう……?)
(どうしよう……!?)
「110番で専門機関に相談しなきゃ……!」
この家には固定電話はないので、電話をするならスマホを使う必要がある。
(警察……!!!!)
(専門機関に110番で相談しなきゃ……ッ)
スマホをタップする。緊急事態をタップする。圏外と言われる。
……圏外? え、なんで?
(え? なんで、ナンデッ!? 全然画面タップしても動かないじゃん、はあ!?)
「……あっ、パソコン……!! パソコンで……あれ……」
(パソコンが壊れてる……いや、なんか、パスワード入れても中に入れない……! なんで? なんで!?)
(まさか……)
(前にダウンロードさせられたアプリとソフトウェア……)
(そういう、事……?)
(…………)
(…………!)
部屋の電気がなぜか点滅し始めた。ホラー映画のようにチカチカと照明が明滅する。
そしてスピーカーからスティーヴン君の声が聞こえた。
『パソコンもスマホもロックしてるので、警察に連絡するなら公衆電話からですね? でも無駄ですよ。だって僕……もうすぐそばに――』
「逃げなきゃッ」
「玄関……!」
(ていうかお財布とか身分証明証とか大事な物かき集めなきゃ……!)
「…………!」
(……暗くてよく手元が見えないけど、なんとか大事な物集められた!)
「よしッ……行くぞ……!」
「こんばんは」
玄関を開けたら、スティーヴン君が居た。
私は恐怖で気絶してしまった。
● ● ● ● ● ● ● ●
目が覚めると、そこにはスティーヴン君が居た。
じっとこちらを伺っている。手の中には袋だ。不透明な、ビニール袋。
「叫んでも無駄ですよ、ここ地下室のさらに地下室なので」
笑顔だ。監禁者に似つかわしくない笑顔。
「地上には聞こえません。ここは関東の東京の近くの郊外です。ベッドタウンの近くだけど、ひとけのない場所です」
彼は言った。
「あなたをいつかこうする日が来るんじゃないかなって5年前に思って"父さん"に頼んで買ったんですよね、この隠れ家」
スティーヴン君は何かを思い出しているような顔だ。
そして、意地悪にいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「……あ、父さんって言っても……実の父親じゃないですよ? 親分って言ったら良いのかな……はは……」
親分。嫌な響きの言葉だ。まるで……任侠映画みたいな……。
「めーこさんってモブスターとかギャングの出るゲームの実況動画が好きでK-POPアイドルも好きみたいだけど、良かったです。僕の事好きになる確率が上がりそうですね。職業と顔面の話ですけど」
「……えっと……」
「でも、ふふっ隠れ家っていい響きですよねぇ。僕秘密基地を作るの大好きだったんです。大人の手で壊されましたけど、子供の時に――」
「……そ、そう、なんだ」
震えた声。
「そんな事より……」
彼が近寄ってきて、私は抱きしめられた。
「…………!」
「…………」
「ま、まさか……!」
目を見開いた。ストーカーの監禁犯が被害者を監禁したらしたいことなんて、『服を脱がせてする一線を踏み越えまくったいけないこと』か『バラバラ殺人』くらいしか思いつかない。
「じゃじゃーん。見て下さいこれを」
スティーヴン君が、なにか黒くてガサガサッと音がするでかいものを見せつけてきた。よく見たら、エコバッグだ。……なに……? こわい……。
「ねぇ、おにぎりかサンドイッチかブリトーか、パスタか何を食べますか? 奮発していっぱい買っちゃったんだよねぇー」
「へ」
スティーヴン君の言葉に拍子抜けした。
「色んな店をはしごしましたよー。一度に一箇所で大量に買うと怪しまれるので」
「そ、そうなん、だ」
「ごはん食べたら歯磨きして、歯磨き終わったら一緒にお風呂はいって、お風呂から出たら楽しいことしようね♡」
「……ひっ……」
「ああ、楽しいことの内容、もう気づいちゃったんですかぁ♡ 察しが良いめーこさん、可愛い♡ 可哀想……♡」
「あ……あ……そと……、……あぁ……あ……たすけ……て……、だれ……か」
「ふふ。本当は今すぐキスしてこの床に敷いたおふとんの上で愛をはぐくみあいたい所だけど……」
「これはゆめ、これはゆめ、これはゆめ、これはゆめ……」
「ああ、そうだ、豆知識だけど知ってます? 床におふとん直置きすると結露なのか何なのか知りませんけどびちゃびちゃになってカビるんだよね。だからじゃじゃーん。畳マット買っちゃいました♡ すのこと悩んだんだけど、畳マットって和って感じだし可愛くない?」
「……これはゆめ、これは……ゆめ……これはぁ……!!」
涙が出そうになる。床を見つめ続ける。身体が寒くもないのに震える。ここは暖房が聞いている。エアコンだ……。
「あ、感傷に浸ってる所悪いけど外には出しませんよ。外は危険がいっぱいだからねぇ」
知り合いで一番危険な人物がなにか言っている。
「え、お前が一番危険だろってツッコミを入れました? 今。心のなかで」
「言ってない! 言ってないです……!」
(ちょっと思っただけです……!)
「ふふ、そっかー。好きな食べ物選んでね」
「しょくよく、ない……」
「そうなんだ。食べないという選択肢を選ぶ権限は貴女にはないので頑張って咀嚼して頑張って飲み込んでくださいね。食べれないなら少女漫画みたいに口移しで……食べさせても良いんですけど……。……あ、そうだ。メロンのヨーグルトスムージーとか、ベリーミックスジュースとか、レモンティーとか……飲み物もお酒以外ならいっぱいありますよ」
「そうなんだ」
「お酒は二十歳になってから、ですね」
(そこだけマトモだ――!?)
「ふふ。めーちゃん。大丈夫ですよ。僕と楽しく遊びましょう」
「対戦ゲーム一緒にしようよ。前にめーちゃん、やってみたいって言ってたヤクザが主人公の格闘ゲームとか、あと3Dのオープンワールドの2人で遊べるファンタジーゲーム買ったんですよねー」
「嫌って言ったら?」
「食事が出なくなります。水道水とパンの耳とビタミン剤が晩ごはんになるかな~」
「…………。……ッ」
「仲良くしましょう♡♡」
「…………」
(どどどどど、どうすれば……!?!?!?)
「じゃあゆっくり食事にしましょうか」
「……っ」
「これから何十年も一緒に居るんだから、僕のご機嫌は損ねないほうが良いですよ」
「…………」
「これからもよろしくねぇ、えびすわき・めーこさぁん♡♡ もっとも、僕のご機嫌を損ねたら寿命が縮む可能性もある訳ですが」
「…………!」
「まぁめーこさんは賢いし、大丈夫だよね? 僕監禁は初めてですしIT犯罪以外の犯罪行為に日本で手を染めるのもほぼ初めてですけど、監禁者として『ふつつかもの』ですがよろしくお願いしますね♡」
「……あ……」
「うふふ、はは、ははははははははははは!」
「…………」
(終わった……人生詰んだ……!)
(完)