2、月夜に羽ばたく蝶
「浮気なんてしてないって何度も言ってるでしょ。」
「君が他の男といるところをこの目で見たんだ。」
「だからそれは人違いだって。祐介はそんなに目が良くないじゃない。」
「はぁ、もういいよ。これ以上君と話していても時間の無駄だ。」
「なんで。まだ話は終わってないでしょ。」
男はもう1度大きくため息をついた。
「僕は祐介じゃない。涼介だ。それに僕は目が良いよ。パイロットをしているから。色んな男を同時に相手にしすぎて、墓穴を掘ったようだね。」
女はその言葉に絶句していた。男はそんな女に目もくれず、崖の先端の方に歩き出した。
「待って。違うの。そうじゃなくて…。」
女は歩いていく男に追いつこうと、高いヒールで必死に早歩きをしている。
先端まで辿り着いた男は崖を背にして、女の方へと振り向いた。
「もういいんだ。君という生きがいがなくなるのなら、僕がこの世界にいる意味はない。」
そう言って、男は1歩後退りをした。先の見えない空へと。
「だめっ。」
その瞬間、女は一生懸命手を前に伸ばした。彼女自身なぜこんなに必死になっているのかも分からずに。普通なら届くはずはないだろう。しかし、何の奇跡か、女は男の左腕を掴んだ。
男は瞑っていた目を開け、上を見上げた。女の顔は月明かりで照らされ、涙が宝石のように輝いていて天女のように見える。
「なんでこんなことするの。私は…。」
「君を失うのが怖いから。君は綺麗な蝶だから、きっとすぐに僕の前からいなくなる。」
風が強く吹き、男の体は右へ左へと揺れ始めた。女は徐々に前へと引きずられていく。右手で掴んでいる蔦が緩み始め、女の体も闇に落ちそうになっている。
「私はどこにも行かないわ。」
「かれん。僕の手を離して。君は生きるべきだ。」
「嫌。絶対に離さない。」
再び強く風が吹き、2人の体重を支えられなくなった蔦がだんだん音を立てて千切れていく。女の腕もそろそろ限界を迎えてきていた。
そこで、ただ一部始終を見ていただけのメルダーが走り出した。元々女を殺さなければいけないのだから、助けに行く必要はない。でも、このままじゃ駄目な気がした。
ブチっと大きな音を立てて、遂に蔦が千切れた。もう無理だと女は諦めたが、落ちる寸前にメルダーが2人の腕を掴む。
「まだだ。お前が死ぬには5分早い。」




