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短編

勇者に「父ちゃん(育児放棄タンクトップおじさん)と結婚してくれ!」と言われたモブ村娘な私

作者: 瀬尾優梨

 私が前世遊んだRPG【サーガ・オブ・ベリアス】の世界に転生していると気づいたのは、隣の家に黒髪の少年が住むようになったときだった。


「この子はレン君っていうんだけど、お父さんは有名な戦士でねぇ。これまではこの子を連れて旅をしていたそうだけれど、この村に落ち着いてくれることになったんだよ。アルマ、レン君の面倒を見てやってくれないか?」

「え……」


 私ことアルマは、村長の奥さんに紹介された黒髪の少年を凝視してしまった。


 奥さんに手を引かれているのは、六歳くらいと見えるぼさぼさの髪に質素な服を着た少年。彼は初対面の私を前に、ぎゅっと口を引き結んで黙っている。


 ……その少年を見た途端、私は「あっ、私って【さおべ】の世界に転生しているし、この子は未来の主人公だわ」と瞬時に気づいた。


【サーガ・オブ・ベリアス】――略して【さおべ】は、日本のコンピューターゲーム黎明期に誕生したRPGだ。

 主人公――デフォルト名レンは、小さな村で暮らす十六歳の少年。彼は高名な戦士だった父が行方不明になったことをきっかけに村を出て、冒険の旅に出る。

 最初は無名の旅人だった彼が行く先々で様々な事件を解決し、魔物を倒し、仲間たちと共に最後にはこの世界を闇に染めんとする魔王を倒して勇者の称号を得るというコテコテの王道展開の物語だ。


 そう……村長の奥さんに紹介されたこの少年こそ、十年後にゲーム主人公となるレンだった。


 レンは父親に憧れていて、成人の十六歳を迎えたら冒険の旅に出ると決めていた。

 つまり、今私が住んでいるこのなんの名産品もない地味なトッコの村が、主人公が育つ場所になるのだ。なお、主人公の村が魔物に襲われて村焼きに遭う――なんてことはない。


 ……と、いろいろなことを思い出していたからか、返事が遅れた。


「……アルマ? 聞こえているかい?」

「えっ、あ、はい。すみません。ちょっとびっくりしてしまって」


 つい惚けていたのをごまかすけれど、奥さんは「しっかり者のアルマも、びっくりしたのねぇ」とすんなり受け入れてくれた。


「本当に悪いけれど、この子のお父さんは家を空けることが多いんだ。最低限のことは自分でできるそうだから、アルマはたまに様子を見に行ってやるだけでいい。頼めるかい?」

「えー……」


 答えに窮した私は、レンを見る。彼は私が面倒を見てくれるのか突っぱねられるのか心配しているようで、不安そうな黒い目でじっと私を見てくる。


 ……ううう。そんな目で見られたら、嫌だなんて言えない!


「……わかりました。できる限りのことはします」

「ああ、ありがとう! ほら、レン君もお礼を」

「……ありがとう、お姉さん」


 奥さんだけでなくレンも安心したようで、彼はにこっと笑い――遅れて、気づいた。


 主人公レンは、故郷の村でいじめに遭っていたんだということを。











 偉大なる戦士の息子といえど、子どもの頃のレンは同世代の子どもよりちょっぴり運動神経がいいだけのただの少年だ。

 物心つくよりも前に母親を亡くし父親と一緒に旅をしてきたレンにとって、父親はたった一人の家族だ。そんな父親は滅多に家に帰ってこず、親なしのレンは村の子どもたちとなかなか馴染めなかった。


 たまに父親が帰ってきても、多忙な彼を心配させまいとレンは「友だちがたくさんできたよ」と嘘をついた。そしてレンが十歳の頃に旅に出たっきり、父親は帰ってこなかった。彼が結局どうなったのか、ゲームでは明かされなかったけれど……おそらく魔物に負けて死んだのだと思われる。


 その頃に村長夫妻も代替わりして、レンを守ってくれる人はいなくなった。彼は孤独な中一人で体を鍛え、成人になるなり村を飛び出した。


 ……ということで、レンにとって故郷のトッコの村は決して居心地のいい場所ではないという設定だった。ゲームでもトッコの村はオープニングで出てくるだけで、それ以降は一度も話題にあがることはなかった。


 私は前世で死んだ後、なぜかモブキャラのアルマに転生した。おそらく【さおべ】にもアルマという隣人キャラはいたはずだけど、レンは孤独の中で育った。

 ……つまり、ゲームでのアルマはレンの面倒を見なかったということだ。まあ確かに、記憶を取り戻すよりも前の私は気が強い性格だったし、奥さんの頼みを突っぱねた可能性も十分考えられる。


 でも、だ。

 前世の私は、学童の先生をしていた。子どもが大好きで、学校での授業を終えた子どもたちを迎え入れ、一緒に宿題をしたり遊んだりしていた。


 将来結婚して子どもを三人は産みたいな、と思っていたけれど残念ながら前世の私は若くして事故で死んでしまった。それでも子ども好きの魂は、このアルマの体にはっきりと引き継がれている。


 レンを孤独な主人公にさせたくない。

 せっかく隣に住んでいるのだから、彼の面倒を見て隣のお姉さんとして関わって……そうして、十六歳になった彼を晴れ晴れと送り出したい、と思えた。











 ということで私は、積極的にレンと関わることにした。


「レンくーん! おはよう!」

「あっ、お姉さん……」


 レンが引っ越してきた翌朝、焼きたてパンが詰まったかごを手に彼の家に行くと、既に着替えを終えていた彼がドアを開けてくれた。


 まだ彼は新居での生活に慣れないようで、私を見て不安そうな目をしてくる。……そんな彼の向こうに、リビングのテーブルが見えた。なんか野菜をちぎっただけのサラダが見えるけれど、まさか朝食はあれだけ?


「パンをたくさん焼きすぎちゃったのよ。よかったらもらってほしいの」

「あ、でも、おれ、自分の食べるものはちゃんと用意できるから……」

「もー、いいからいいから! 余っちゃったから、もらってほしいの!」


 どうやら本当に、あのしょぼいサラダが彼の朝食だったようだ。

 ……自分のことは自分でできるというけれど、彼はまだ六歳だ。日本だったら、ランドセルを背負って小学校に行くような年齢だ。

 彼の父親にも、事情があるのだろう。でも、こんなに小さくてまだ親に甘えたい年齢だろう息子を置いていくのは、あまりにも早すぎるのではないか。


 私が押し売り同然にパンをぐいぐい見せると、観念したようで彼はかごを受け取ってくれた。


「……あ、ありがとう。わ、いい匂い……」

「でしょう? 私、この村で一番のパン焼き職人なのよ。でも、いっつも分量を間違えて多めに作っちゃって……ああ、そうだわ。明日からも、レン君のところにパンを持っていっていい?」


 くんくんとパンの匂いを嗅いでいたレンが、驚いたように私を見てくる。その顔に浮かんでいるのは、『喜び』と『困惑』の色だった。


「でも、父ちゃんが言ってたんだ。男の子なんだから、自分のことは自分でしろ、って」


 父ちゃんって……主人公の父か。


【さおべ】は平成初期に発売されたゲームで、私は大人になってからプレイした。

 その頃には男女平等とか子どもの権利とかについて話題にあがるようになってきたので、発売当初はなんとも言われなかった主人公の父は子育てを放棄しているとかダメ父だとか言われるようになっていた。


 それに……昔のゲームだから容量の都合で仕方がなかったのだろうけれど、主人公父のグラフィックは専用のものではなくて、なんと町にいるモブおっさんの使い回しだった。

 上半身タンクトップ育児放棄モブおっさんは、前世の私もあんまり好きじゃなかった。世のため人のために魔物と戦っているけれど、自分が一番守るべき息子を守れていないじゃないか、と突っ込みたくなったものだ。


 そんなレンの父は、男の子だからといって幼い息子を厳しく育てたようだ。教育をきちんとするのはいいことだけど、これはやりすぎでしょう!


「いいえ、レン君は六歳の子どもなんだから、なんでもかんでも自分でしなくていいの。いくらでも、私たちを頼るべきなのよ」

「……」

「ね、これからはお姉さんがレン君のお隣さんとして、手を貸すわ。だから、うんと頼ってほしいのよ」


 私ことアルマはゲームではモブキャラだったけれど、村の中では一番の美女と言われている。

 ちょっと気が強いけれどパン焼きの腕前は確かで、きれいめの顔で胸もお尻も大きい。何度も村の男連中にセクハラされそうになったけれど、持ち前の気の強さで返り討ちにしてきた。


 だから笑顔で優しくしていると、包容力のあるお姉さんといったふうに見えるはずだ。気が強いあまりなかなか結婚相手が見つからず今年で二十二歳になったけれど、六歳のレンからするとギリ従姉くらいには思ってもらえるんじゃないだろうか。


 私が「頼ってほしい」とお願いするように言ったのが効果的だったようで、かごを抱えたレンはゆっくりうなずいた。


「……うん。ありがとう、お姉さん」


 ……そう言うレンは、ちょっとだけ笑っていた。

 この笑顔、私が守ってみせる……!











 こうして私は近所のお姉さんとして、レンの成長を見守ることにした。


 レンはものすごい人見知りに思われたけれど、一度心を許した相手にはとことん甘える質だったようだ。最初のうちは私が家に行ってもおどおどしていたけれど、次第におしゃべりになっていたずらもするようになった。


 きっと元々彼は、いたずら好きな年相応のやんちゃ少年だった。

 でも父親の言いつけを守って一人で頑張ろうとするし、友だちはなかなかできないしで、元来の明るさを失ってしまった。旅に出て仲間を得ることでようやく自然に笑うことができるようになった、というエピソードがあったはずだ。


 そうしてレンのお隣さんになって半年経つ頃には、私はすっかり彼のオカン代わりになっていた。


「もー、また泥だらけで遊んできたの!?」

「だって、トニーのやつがしょうぶをしかけてきたんだ! しょうぶを受けるのが男だろう!」

「違いますー。本当の男は、無謀な戦いをしたりしませんー!」


 夕方まで帰ってこないと思ったら頭からつま先まで泥だらけで帰宅したレンを捕まえて服を引っぺがしながら説教するけれど、レンはけたけた笑うだけだ。


 ……レンは、想像以上にやんちゃで手がかかる子だった。

 でも、きっとこれが本来の彼だ。それにゲームと違い、今のレンには泥だらけになって遊べる友だちがいる。


 泥染みだらけの服をつけ置き洗いしてレンを風呂に連行して全身洗い、ほかほかきれいになった彼に夕食を出す。


「ほら、今日はお肉よ」

「やった! アルマのご飯、いつもおいしいんだ!」

「はいはい、そう思うならもうちょっと大人しくしてほしいわ」


 そう言いながらも、私はつい笑みをこぼしてしまう。


 私はしょっちゅうレンの家に通い、ご飯を作ったり洗濯をしたりしている。最初の頃はパンを受け取るのも躊躇っていたレンは今ではすっかり私のご飯の虜で、「父ちゃんのメシよりずっとうまい!」と言っている。


 ……父ちゃん、ねぇ。

 がつがつとご飯を食べるレンを見ながら思うのは、まだ一度もお目にかかっていないタンクトップ男のこと。


 レンが十歳になるまでは、たびたび村に帰ってきていたとゲームでは語られていた。レンがトッコの村に来て半年経ったのだから、そろそろ旅から帰ってきてもいい頃のはず。


 レンが年相応の少年になる姿を見守りながら、私は一つの決意を固めていた。

 それは、タンクトップモブおじさんが帰ってきたら一言物申してやるということ。


 たとえ事情があったとしても、ゲームでのレンが笑顔を失っていたのはモブおじさんが原因だ。せめてレンがもう少し大きくなるまでは面倒を見ろ、と隣人として進言しなくてはならない。


 夕食を食べたレンは眠くなったようで、すぐにベッドに行きたがる彼を洗面所に引きずって歯磨きをさせ、パジャマに着替えさせた。


「明日には洗濯物が乾いているはずだから、自分で取り込むのよ」

「……ん」


 レンに言うと、ベッドに入った彼は眠い目をこすりつつうなずいた。普段のやんちゃ具合にはほとほと手を焼いているけれど、こういうときのレンは大人しくてかわいげがある。


 ……本当に、こんなかわいい盛りの息子を置いていくタンクトップ親父め!


「……ねえ、アルマ」


 部屋を出ていこうとしたら、レンに呼び止められた。

 振り返ると、レンは半分まぶたが閉じた状態で私の方を見上げていた。


「アルマ、母ちゃんになってくれない?」

「え……」

「おれ、母ちゃんのことを覚えていないんだ。だからおれ、アルマに父ちゃんと結婚して母ちゃんになってほしい」


 普段の彼なら絶対に言わないだろう、甘えたお願いに私は言葉に詰まってしまう。


 ……レンは私に、あのタンクトップおじさんと結婚してほしいということ?

 いや、半年間一緒に暮らしてきたのだからレンに対して愛も情もあるし、これから彼が成人するまで面倒を見ることもやぶさかでないと思っている。


 でもそれはあくまでも、隣の家のお姉さんとしての立場であって、レンの母親になるというのは……そしてあのモブおじさんの後妻になるというのは……。


 私の中での天秤が『やだ』の方に傾いていると察したらしく、レンがクスンと鼻を鳴らす。


「だめ? おれじゃ、アルマの子どもになれない?」

「だ、だめじゃないけれど、そういうことはすぐには答えられないの。私はレンが望むならずっと隣に住んでいるから、近所のお姉さんとしてならずっと一緒にいるわ」

「でもおれは、母ちゃんがいい」

「いや、それは……そう! あなたのお父さんが嫌がるかもしれないでしょ?」


 レンを泣かせるのは本望ではないので彼のもとに行き、とんとんと布団越しにお腹を優しく叩いてあげながら諭す。


「レンのお母さんになるということは、レンのお父さんと私が結婚することになるのよ」

「すごくいいと思うよ。きっと父ちゃんも、アルマのことを好きになるもん」

「そ、それはどうかわからないでしょ?」


 私としては、育児放棄モブグラフィックおじさんとの結婚は避けたいところだ。


「さあ、今日はもう寝なさい。……大丈夫。私はずっと、そばにいるからね」

「……ん。行かないでね、アルマ……」


 とんとんのリズムが心地よかったのか、レンはすうっと眠りに落ちていった。

 彼の目尻に浮かぶ涙をそっと拭いながら……私はレンのお願いについて考える。


 レンは涙をこぼすほど、私に母親になってほしいと思っている。

 きっと彼にとっての『家族』は、私が考えるものとは違うのだろう。前世の私は家族には恵まれていたし、今世の私も今でこそ一人暮らしだけど遠くの町に両親が住んでいる。


 でもレンにとっての家族は父親だけで、いつそばにいなくなるかわからないものだ。だからこそ彼は、絶対に自分を見捨てない、そばにいてくれる母親を欲しているのだろう。


 ……ああ、もう! 本当に、モブおじさんには腹が立つ!


『行かないでね、アルマ……』


「行かないわよ」


 レンの頬をそっと撫でて家を出ながら、私の考えはとある方向に進みつつあった。











 レンから「母ちゃんになって」と言われた、数日後。


「レン、話があるわ」


 いつものように朝食のパンを届けに行き、せっかくだからレンと朝食を一緒にした後で私が切り出すと、食器を片づけていたレンがびくっと振り返った。


「な、なに?」

「この前の話の続きよ。私に母親になってほしいという」

「え……あ、あの、それなら気にしないで。おれ、眠くて変なことを言ってたみたいで……」


 レンは慌ててごまかす。私からそっぽを向いているけれど、首筋が真っ赤なのが丸見えだ。

 そんな意地っ張りな姿に、笑みがこぼれる。


「……私、レンのお母さんになりたいわ」

「えっ!?」

「もちろん、あなたのお父さんと話す必要もあるわ。でも私は、レンが成長するところを見届けたいと思うの。近所のお姉さんとしてでもいいけれど……できるなら、家族として」


 そう、これが私の出した結論だ。


 レンが十六歳になり、この村を巣立つ日まで。私が彼の家族となる。

 モブおじさんとの結婚については最後まで悩むけれど、どうせおじさんは四年後には消息不明になる。私と夫婦として関わることも望まないから、私にレンの母としての立場さえくれればいいと思っている。


 私の言葉を聞いたレンは振り返って、じわっと目を潤ませた。


「……ほんと? ほんとに、おれの母ちゃんになってくれるの?」

「ええ、なるわ」

「……ありがとう、アルマ。おれ、アルマのことを大切にする! 手伝いもするし、いい子にする!」

「ふふ、あなたは十分いい子よ」


 おいで、と腕を広げると、彼は持っていたものを荒々しくテーブルに置いてから私に抱きついてきた。


 まだ私の胸にすっぽり収まるほど小さなレン。

 彼が立派な青年になるまで、私が守ると決めた。










 さて、レンのお願いを受け入れた私だけど、私には挑まなければならない問題がある。

 そう、あの育児放棄モブグラフィックタンクトップおじさんとのバトルである。


 私がレンの母になるには、おじさんの同意が必要だ。今の私はレンを育てる気に満ちあふれているので、相手がどんなタンクトップおじさんだろうと怯まず戦うと決めている。


 言うべきことを言って、主張するべきことを主張して、その上でレンを育てる者同士としての同盟を結ぼう、と申し出る。

 私とおじさんは、レンを育てるという目的を持った同志。そう考えると、おじさんとの結婚も受けて立とうという気持ちになれた。


「アルマ! もうすぐ父ちゃんが帰ってくるんだってさ!」


 ある日嬉しそうなレンが言ったため、ついにこの日が来たと私は戦意をみなぎらせた。


「父ちゃんに、アルマと結婚してほしいってお願いするんだ。受けてくれるかな?」

「どうでしょうね。私、あなたのお父さんがどんな人か知らないし」

「大丈夫! 父ちゃんむちゃくちゃ格好いいから、絶対アルマも気に入るって!」


 レンは尊敬する父親のことだからか目をきらきらさせているけれど……うん、まあ確かに、少年にとってはムキムキタンクトップおじさんは格好よく見えるかもね。


 いざ父親が村に帰ってくることになり、レンはご機嫌で父親を迎えに行った。私の方は自分の家とレンの家の掃除をして、この後に控えるバトルに備えていた。


 ……大丈夫。タンクトップおじさんごときに、負けたりしない。

 レンの笑顔を守るのは、私だ!


 自宅で待つことしばらく、レンの嬉しそうな声が聞こえてきてどきっとした。


「アルマ! 父ちゃんが帰ってきたぞ!」


 きたか、と私は玄関の方に向かい、大きく深呼吸してからドアノブに手をかけて力強く開いた。

 ……まず視界に入ったのは、弾けんばかりの笑顔のレン。小さな彼と視線を合わせることに慣れていたから、真っ先にレンの姿が見えた。


 そしてそんな彼の背後には、大柄な男性が立っていた――のだけど。


「父ちゃん、この人がアルマ。おれの母ちゃんになってくれるって言ったんだ!」

「レン、気が早すぎるだろう」


 男性はやれやれとばかりに言ってから私を見て、微笑んだ。


「初めまして、アルマさん。オレはレンの父親の、ザインと言います」

「……」

「レンが世話になったようで、これまでの道中でこいつが話すのはあなたのことばかりでした。なんでも、母親になってほしいというレンのわがままを聞いてくれたそうで……すみません、迷惑ばかりかけます」

「……」

「これからしばらくはオレも村に留まるので、いろいろ話を聞ければ嬉しいです」


 私は何も言えず、目の前の男性を見ていた。


 レンと同じ黒髪にがっしりとした体つきの、男性。そこまでは私が想像していたタンクトップおじさんのとおりだけど、他は全く違う。


 たぶん三十代後半だろうと思っていたのに、目の前の男性はどう見ても二十代だ。おっさんどころかお兄さんと呼べるような見た目だし、笑った顔は爽やか。さすがに王子様のような気品はないけれど、おっさん臭の欠片もない好青年だった。


 着ているのはタンクトップ――ではなくて、冒険者らしいジャケットや鎧。長旅を終えたばかりのはずなのに、泥や汗の臭いどころか爽やかな森林のような香りさえしている。私の好きなタイプの匂いだ。


 ……。

 ……どちら様?


「な、父ちゃん格好いいだろ!?」


 硬直する私に、レンがきらっきらのおめめで父親を売り出してくる。


「父ちゃん、格好いいし強いしで、むちゃくちゃモテるんだ。おれ、そのへんの女が父ちゃんにベタベタしているのは見たくないけど、アルマならぜんぜん許せるんだ!」

「こら、レン。アルマさんが困っているだろう」


 タンクトップおじさんことザインはそう言うけれど、私を困らせているのは息子ではなくてあなただ。


「そうかー? でもアルマ、父ちゃんと結婚するって言ってくれたんだ!」

「レン……」

「な、な、アルマ! 父ちゃんと結婚してくれるよな!?」


 レンに期待の眼差しで、見つめられたけれど。


「……解釈違いです!」


 私は絶叫するなり、ドアを閉めてしまった。


 聞いてない。

 育児放棄タンクトップモブおじさんがあんな爽やか好青年だったなんて、聞いてません!!










 後に、私は考えた。


 前世、『リメイク』という言葉があった。ゲームがリメイクされるとグラフィックがきれいになったり、物語が膨らんだりする。


 私が生きている頃には、【さおべ】のリメイクの話は聞かなかった。でももしかすると、私が死んだ後には【さおべ】もリメイクされたのかもしれない。

 オリジナル版ではゲーム容量の関係でモブおじさんと同じグラフィックだったザインも、リメイク版では固有グラフィックを与えられていて……その彼はあの爽やか青年戦士だったのではないか、と。


 私はモブおじさんとバトルの後に結婚するつもりだったのであり、あんな好青年と結婚する予定ではなかった。

 とはいえ私はひとまず当初の予定どおり、ザインに子育てについてつらつらと語った。ザインも幼い息子を置いていったことを反省したらしく、これからは村にいる時間をもっと増やすと約束してくれた。


 ……ただし、彼は私のことをいたく気に入ったようだった。

 ザインは私の説教を受けて、「息子のことをこんなに考えてくれるなんて……」と惚れ込んだそうだ。ザインに「アルマさんとなら、共にレンを育てるよい夫婦になれそうです」と花束を差し出して真っ赤な顔で言われたときの私の気持ち、想像できる?


 私はザインから逃げ回ったけれど、レンに「母ちゃんになってくれるって言ったじゃん!」と泣きながら言われるしザインからも熱心にアプローチされるしで、とうとう折れた。


 私たちは村の小さな教会で結婚式を挙げて、夫婦になった。

 ザインは約束どおり仕事よりも家族の時間を優先させてくれたので、レンは私が母親になったのはもちろんのことザインと一緒にいられるのが本当に嬉しいようだった。


 モブおじさんの後妻になる気満々だった私は最初、爽やか青年なザインとの距離感が掴めなかった。でもザインに熱心に口説かれるし、レンを大切にする姿は立派だと思うし、三人で過ごすのは案外心地いいしで、なんだかんだ言って結婚して二年後には娘が生まれた。


 その後もザインに甘やかされ愛されまくった結果か子宝に恵まれて、レンを含めた四児の母になった。そしてザインは村一番の子煩悩愛妻家になり、レンが十歳になっても失踪せずに村を拠点とする傭兵になった。


 いよいよレンが成人を迎えた日、彼はひとりぼっちで村を飛び出すのではなくて「父ちゃんと一緒に世界を見てくる!」と言って、ザインと一緒に旅立った。村人総出で見送りをした、なんとも華やかな巣立ちだった。


 私の夫と息子は世界のあちこちで大活躍し、なんとたった半年で魔王を倒して村に帰ってきた。二人曰く、「早く村に帰りたかったから、急いで魔王を倒した」とのことだ。

 かくして、ゲームでは何年もかかった魔王討伐の旅は最強の親子によってたった半年で終結し、世界に平和が訪れた。


 二人は英雄親子としてあちこちの国から招待を受けたけれど、どの誘いに対しても笑顔でこう言ったそうだ。


「オレの居場所は、家族のいる家だ」と。

お読みくださりありがとうございました!

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恋愛小説の大家である瀬尾先生がハイファンを書いたァ!?ってのが驚きだったため読みました( 'ω')めっちゃ面白かったけどもこれ異世界恋愛で結婚するまでを書いたほうが良かった気がするなぁ笑
イケメンにリメイクされたらOKなんでしょうか…
タイトルからして元ネタはあの人かと思ったらあの人だった 5でも容量による王様使いまわしのせいで主人公と同い年くらいの白髪の爺さんになってたなと、なのにテーブルの料理はアイコンをあえて作る遊び心w あと…
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