ep.9 亜人種との出会い
「うっ……こ、ここは……?」
辺りを見渡すヨミ。
「そっか……崖から落ちちゃったんだ……痛てて……ユリアさん達は、大丈夫かな……?」
ヨミは、痛むお尻をさすりながら立ち上がる。そして、上にいるユリア達の身を案じる。
グートがユリア達を攻撃しないという確証はないからだ。
「さて、どうやって上に戻ろうかな……」
ヨミは、どうやって上に戻るかを考えた。しかし、この時ヨミは知らなかった。
どうやっても、上には戻れないと言う事を。
☆ ♡ ☆
一方、ヨミが落下した後、残されたユリア達は──、
「あんた、何してんのよ!」
エルナがグートに殴りかかろうとした瞬間──、
「おら!」
「ぐっ!?」
グートが先に、エルナの腹部に拳を打ち込んだ。その衝撃で、エルナは軽く吹き飛んでしまった。
「エルナさん!?」
ユリアがエルナに駆け寄る。
アイアは、今にでも攻撃してきそうなグートを、油断なく睨んでいる。
「ふっ。俺の目的は達成した。もうお前らに用はない。大人しくここから去れば、命までは奪わないでおいてやるよ」
「何、偉そうに、言って、んのよ!」
エルナが、痛む腹部を押さえながらなんとか立ち上がる。と──、
「エルナ、ここは一旦引きましょう」
「はぁ!? な、何言ってんのよ!?」
「ここでこの人を相手している暇はありません。一刻も早くヨミ様を探さなければ」
「くっ……」
「エルナ!」
「わ、分かったわよ! 行くよ!」
エルナ、アイア、ユリアは、ヨミを探すために走り出した。
「ふっ。探しても無駄だがな。もうすでに死んでるだろうからな。…………はは」
グートは、ユリア達の背中を眺めながら喜びを口にした。だが、最後の笑みはどこか悲しげなものを含んでいるような気がして……。
☆ ♡ ☆
崖から落下してしまったヨミは、森の中を彷徨っていた。
「どうしよう……全然上へ戻れる気配がない……。それどころか、どんどん危険な場所に近づいている気が……」
ヨミの勘は正しかった。
ヨミが今歩いて向かっている方向。それは規定ルートを大きく外れた危険な魔物達が住むエリアだった。
ヨミはそこまで詳しい事は分からず、とりあえず先へ先へと足を進めてしまっていた。
一時間後。
「ここって、なんかの巣窟? なんか卵とか見たこと無いものばかりなんだけど……」
ヨミがたどり着いたのは一つの大きな洞窟。
しかし、その中には見たこともない大きな卵や、漆黒の大きな羽などが置いてあった。
それを見ただけで、この洞窟は、魔物の巣窟である事が分かった。
分かったが、だからと言ってどうすることもできないのが、今のヨミの現状である。
もう、日も暮れ始めている。今から道の探索に向かうのは危険過ぎる。
それが分かっている為、ヨミも迂闊に動けない。
目の前にある洞窟が、危険な魔物の巣窟であると分かっていても。
「と、取りあえず、朝までここで休ませてもらおう。……………失礼しま〜す……」
ヨミは恐る恐る洞窟内に入り、奥へと進んだ。
しばらく進んだ所で──、
「************」
「************」
ヨミが、聞いたことのない言語の会話が聞こえてきた。
ヨミがその方向に視線を向けると、おそらく焚き火をしているのだろう。火が作り出した影が壁に投影されており、そこにいる者達の人数がはっきりと映し出されていた。
(人数にしては少ない……? 声と影からしておそらく三人くらい……? でも、もし奥に途方もない人数が控えていたら……? でも、ここで行かなきゃどうする事もできない)
ヨミは覚悟を決め、謎の声がする方へ向かおうとしたその時──、
「はっ!?」
後ろから気配を感じたヨミ。
慌てて後ろを振り返ると、ドラゴンのような顔をした、言わば竜人が立っていた。
その竜人は怖い顔をしており、ヨミに向かって殴りかかってきた。
「うっ……!?」
ヨミは、殴られ倒れてしまう。そして、殴ってきた竜人にロープで縛られ、連行されてしまった。
(僕、どうなっちゃうの……?)
ヨミを引きずる竜人が向かう先は、先程声が聞こえたところだった。その場所にたどり着くと──、
『侵入者がいた』
『何!? 侵入者だと!?』
「うわっ!?」
ヨミは投げ飛ばされた。
ヨミが顔を上げ、辺りを見回すと、そこには三人の竜人がいた。どうやら、先程聞こえていた声の主は、この竜人達だったようだ。
『こいつ、人間のようだ。どうする? 殺すか?』
『いや、まずは長様に尋ねるべきだろう』
『いや、聞くまでもないだろ。こいつは我々のテリトリーに侵入してきた。それだけで殺す理由になる』
ヨミを連れてきた竜人と、中にいた竜人の一人が話している。と、その間に──、
『待って』
女の竜人が加わってきた。
『この子は入って来ただけよ。それだけで殺すのは違うんじゃない? 何も分かってないのかもしれないし』
『いいや。分からず入ってきたふりかもしれん。こいつがやっている事は侵略となんら変わらん。即刻死刑にするべきだ』
『あなたはそうやってすぐに結論つけたがる。だから駄目なのよ。だから時期長の話もなくなるんだわ』
『その話は今は関係ねぇだろ!』
「…………………」
ヨミは、目の前で繰り広げられている話が全く分からなかった。
ヨミの知る言語ではなく、竜人語だったから。その内容は、ヨミの生死に関わるものなのだが……。
『とにかく、こいつは殺す!』
一人の竜人が、近くにあった槍を手に取り、ヨミに向かって構えた。
それだけでヨミは、その竜人が何をするつもりなのかを理解した。言葉など通じずとも、行動は全てを表す。
ヨミは必死に首を横に振る。が──、
『問答無用!』
「くっ……!」
この時ばっかりは、ヨミにも竜人語が分かった気がした。まぁ、気がしただけだが。
槍がヨミに直撃する瞬間──、
「え……?」
カキーンと言う、甲高い金属音がヨミの目の前で鳴り響いた。
ヨミが恐る恐る目を開くと、そこには、一人の竜人が振るった槍の切っ先を受け止める、別の槍の切っ先があった。
『ガンデ、貴様!』
ヨミを殺そうとした竜人が、攻撃を防いだ竜人に向かって怒号を送ると──、
『そこまでじゃ!』
攻撃を受け止めた竜人──ガンデの後ろから、杖をついた老竜人が現れた。
『お、長……』
すると、先程まで血気盛んにヨミを殺そうとしていた竜人が、恐怖に引きつったような顔をして後退りをした。
後ろに立っていた他の二人の竜人は、その場に跪いていた。
『お、長様、どうしてここに……?』
『な〜に。ガンデから珍しい来訪者が現れたと聞いてな。挨拶に来たんじゃ。それをまさかキンデ、お主が殺そうとしておるとは』
『も、申し訳、ございません……』
「…………………」
ヨミは呆けた顔で、竜人達のやりとりを眺めていると──、
「おっと。これは申し訳ない。大事な客人をほったらかしにして、話し込んでしまったわい。儂は、こやつらの長を務めておる、オンデと申します。どうぞよろしく頼む」
「あ、よ、ヨミ・アーバントです……よ、よろしくお願いします……」
ヨミは、突然知っている言葉で話されたのでビックリしたが、なんとか自己紹介を返す。
「アーバント? もしや君は、あの……」
「?」
「その顔、その髪色、その目。まさしくそうじゃわい。なんで気づかなかったのか。はぁ〜年は取りたくないのぅ」
『お、長様?』
キンデが、様子のおかしいオンデを心配して声をかけると──、
『何をボサッとしとるんじゃ! 早くこのお方の縄をほどけ! この方に無礼を働く事は、この儂が許さんぞ!』
『は、はい!』
キンデは、オンデの圧に押され、慌ててヨミの拘束を解いた。
「儂の同胞がとんだご無礼を……誠に申し訳ありませぬ……」
『お、長様! なぜそんな奴に頭を下げる必要が……』
『黙らぬか!このお方はな、お前ごときが偉そうな口を利いていいお方ではないのだ! そこになおれ!』
「あ、あの……」
「すみませぬ。なんとお詫びしてよいか……何か願いがありましたら、なんなりとお申し付けください」
オンデが頭を下げると──、
「い、いえ、その、頭を上げてください……!」
「いえ、しかし……」
「頭を下げられる事をされた覚えがないですよ。それに、オンデさんの同胞さん達が僕を拘束したのは、この場所を守ろうとしたからです。そもそも悪いのは、何も知らないとは言え、勝手に入ってきた僕の方なので。だから、謝られる理由なんてありませんよ」
ヨミがそう言うと──、
「なんとお優しい方……やはり、あの方と同じだ」
「ん? あのお方?」
「気にしないでください。ヨミ様のお優しさには感謝いたしますが、それでは儂らの気が収まりませぬ。何か、何か願いはありませぬか? できる範囲なら、いえ、無理なことでもなんでもやらせていただく所存ですので、何か」
「う〜ん……あ、それなら、朝までここにいさせてくれませんか?」
「え? そんな事でしたら、お好きなだけいていただいて構いませんが……それでよろしいのですか?」
ヨミの願いに拍子抜けしたのか、オンデは呆けた顔でヨミの顔を見つめていた。
「はい。実は今、道に迷っていまして。仲間の元に戻る為に道を探してるんです。なので、夜が明けるまでここにいさせていただきたいなと思いまして」
「なるほど。そういう事でしたら」
そこまで言い、オンデは竜人語に切り替え──、
『おい、ヨミ殿がお休みになる場所を確保しろ。ヨミ殿に不自由させる事は儂が許さぬからな』
『は、はっ!』
オンデは、キンデを含めた三人に命じた。命を受けた三人は、そそくさと支度を始めた。
「ヨミ殿、今、あやつらに場所を用意させております。しばしお待ちを」
(な、なんか敬称が変わってる……)
「あ、ありがとうございます。すみません、僕なんかの為に……」
「何をおっしゃいますか。ヨミ殿のためならなんでもするのが道理。謝る事など何一つございませぬ」
オンデは、柔らかい笑みを浮かべた。その笑顔はとっても優しいものだった。
「…………ヨミ殿」
「はい?」
「年寄りの話を聞いてくれたりは、しませぬかな?」
「は、はい。なんでしょう?」
ヨミは、座ったオンデに向き合い、背筋を伸ばし話を聞く体勢になった。
「昔の話なんじゃがな。儂らの暮らす竜人町が、とある化け物に襲われたんじゃ」
「化け物?」
オンデは、過去に竜人町で起きた事件について語り始めた。
「儂がまだ若かった頃。儂らの町は平和だった。争いなど無縁で、幸せに暮らしていた。しかし、その平和を終わらせる者が現れた。その名は……」
「そ、その名は……?」
「 ”転移者”」
「転移者?」
「儂もよくは分からぬのだが、儂らの町を襲った者は皆、自らを転移者と名乗ったのだ」
オンデは当時を語る。しかし、苦しい思い出なのだろう。語るその表情は暗いものだった。
「今でも忘れる事はない。あの転移者達は、謎の生物を操り、儂らの町を一瞬にして燃やし尽くした」
「な、謎の生物って……?」
「見たこともない生物でした。何かに例えるとするならば、そうですな……伝説上の生き物である、ドラゴン」
「ど、ドラゴン……」
「しかし、儂らが知るようなドラゴンではなかったのです。体は何メートルにもなる長い体。その体と同じくらい長い髭。全てを睨み、ひれ伏せさせるような鋭い目。その全てが見たこともなく、その全てが恐怖でした」
オンデが見たドラゴンは、この世界には ”存在しない” ドラゴンだった。
その為、これまでオンデは誰にも信じてもらえないであろうと、この事を誰にも話してこなかった。
それなのに、なぜヨミには話したのか。それは分からないが──。
「その時の儂らは、必死に逃げました。当てもなく逃げて逃げて逃げて。しかし、ただ逃げるだけでは、食料も水も尽きてしまう。そこで何人もの同胞を失ってしまった」
ヨミは、真剣にオンデの話を聞いている。
「儂らは絶望しました。もう終わりだと。ですが、その時でした。儂らに救いの手が伸びてきたのは。一人の人間が、儂らを助けてくれたのです。それは」
「それは……?」
オンデは、ヨミをじっと見て──。
「シンヤ・アーバント様」
「っ!?」
ヨミは驚いた。だって、その名前は──、
(と、父さんの名前……)
なんと、ヨミの父親の名前だった。
「儂らはシンヤ様にとても感謝しておりました。シンヤ様のおかげで、命拾いをしたから。だから、ずっと何か恩返しをしたいと思っておりました。ですが、シンヤ様はある日、突如姿を消してしまったのです」
「え……」
「何があったのか、なぜいなくなってしまったのか、どこに行ってしまったのか。それは分かりませんが、シンヤ様は他に困っている者達を助けに行ったのだと、儂らは考えました。シンヤ様は、とてもお優しい方でしたから」
オンデは、シンヤに本当に感謝しているのだろう。
シンヤの事を語る時のオンデの表情は、とても穏やかで、とても嬉しそうなものだった。
「ヨミ殿は、お父上の記憶は? 同じアーバントと言う事は、お父上はシンヤ様、ですよね?」
「はい。確かに僕の父はシンヤ・アーバントです。ですが、僕が産まれた時には、もういませんでしたから」
「それは……」
「母さんから聞いたんですが、父さんは僕が産まれる前に、戦争で命を落としたと」
「そう、でしたか……答えにくい事を聞いてしまい、申し訳ございません……」
オンデは、ヨミの悲しそうな顔を見ると、やってしまったと言う表情を覗かせ、頭を下げて謝罪した。
「い、いえ、気にしないでください。会ったこともないので、悲しくもないし、苦しくもないんです。薄情なやつだと思われるかもしれないんですけど……」
「そんな事思ったりはいたしませぬ。会ったことがなければ当然の感情。ヨミ殿は決して、薄情なんかじゃありません。儂が誰にもそんな事は言わせたりはしません」
「あ、ありがとうございます……。あの、その、オンデさん。父さんの事、もっと聞かせてくれませんか? もっと知りたいんです。父さんがどう生きて、どう戦って来たのかを」
「もちろんですとも。では、何から話しましょうね」
そうして、オンデはヨミの父、シンヤの話を夜が明けるまで話し込んだ。
☆ ♡ ☆
ヨミが、竜人の暮らす洞窟に入り、オンデ達と出会う前。
日が暮れ始めた森の中を、ユリア、エルナ、アイアの三人が、ヨミを探す為に歩き回っていた。
「はぁはぁ……ヨミ、どこにいるの……?」
「ヨミさん、無事ですよね……?」
「当たり前です。あの方が、私達を残して一人死ぬ訳がありません」
「そう、ですよね……」
アイアの言葉を聞いても、最悪の結果が頭から離れないユリア。
そんなユリアを、二人は心配そうに見つめていた。
そして、ヨミがオンデと出会い、父の話を聞いてる時。
「「「え……?」」」
三人はなぜか、森を抜けてしまっていた。
「な、なんで森から抜け出せたの……? ここはそう簡単に抜け出せないはずなのに……」
エルナが不思議そうに森を見つめている。ユリアは歩き疲れたのか息を切らし、アイアは何かを考え込んでいた。
☆ ♡ ☆
ユリア達が森から出たのを、肉眼では捉えられないほどのはるか上空で、三人を見つめる人物が。
ヨミを助けた、謎の女性だ。
「あなた達は邪魔なのよ。ヨミちゃんの覚醒のためには、あなた達に近くにいられたら困るの。あなた達は学園に帰りなさい」
女性は、森に手を翳す。すると、森はまるで透明になったかのように、その姿を消してしまった。
この続きは、2/16に投稿致しますので、楽しみになさっていてください!
今回から行っている書き方、読みやすいと思って頂けましたら、幸いです!
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皆様のご反応が、僕の執筆の糧になります!
これからも『龍 岳』をよろしくお願い致します!