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作者: 索☆創

「おう。風呂いくぞ」

 そう父親が言ったのは、なにするでもなくすごしていた日曜の午後だった。


 ──またかよ。


 とは口に出さない。


 父が思いつきで、───いや、彼の中では計画的なのかも知れない───行動をするのはいつもの事だし、それに対して嫌な顔をしようものなら機嫌が悪くなるのも、また日常茶飯事だ。


 まだキャンプ───とは名ばかりの、外でいつもの夕飯を食べて、風呂も入らず、寝苦しい空間で寝る───泊まりがけの(二日つぶれる)イベントではなかっただけましなのかも。


「わーい! お風呂!」

 などとテンションが上がっている幼児()もいるし。




 ばん、ばん、ばん。

 車のドアでさえ、考え無しに思いっきり閉めるといい顔はされない。

 半ドアになら(部品がすり減ら)ない程度にドアを閉じた車内には四人。運転するのは父で、後部座席に弟を挟むように母と俺が座る。

 五人乗りのセダンの後部座席のシートベルトは三本。

 弟がまだ小さいせいもあって狭さは感じ無い。


 感じない、が・・・。


 ↑←↓→


「昔、この山は姥捨て山でな、最後の親孝行と背負って行った息子に、もういらないからと最後の食事の握り飯と・・・を、いいや、もしかしたら、戻ってこれないように、わざと・・・」


 ──今から行く場所の怪談をされて、誰が喜ぶのだろうか?


「うん、うん。それで?」

 だからといって、一人は怖い話を聞かないように耳を塞いで、一人は疲れたように目を閉じているなら聞くふりぐらいはしなくてはいけない。


 そんなこんなしているうちに到着したのは、大型ショッピングセンターと見まがうばかりのスーパー銭湯(開店二ヶ月目)だ。


「今日はすんなり停められそうだな」

 確かに。

 前回きた時、満車状態でしばらくぐるぐる回った駐車場には、ちらほらと空きがある。

 すんなりと停めた車を降りた俺達は、建物の自動ドアをくぐ───


「どうした?」


───ろうとして、俺だけ立ち止まった。


「いや、なんでも」

 ・・・。一瞬、中にいる客が全員が男女にかかわらず、タオル一枚に見えた。

 ぎゅっと目を閉じて開けばそんなことはなく、普通の格好の人々の中でおかしな主張してもしようが無いので適当に誤魔化した。


「ボクすべり台すべるー!」

「体、洗ってからな」

 当然のように弟の面倒を見るのは俺の役目になった。

 服を脱がしたとたん、浴場に駆け出そうとする幼児に「待て!」と発した号令の効果が続いているうちにと、急いで服を脱ぐ。


 脱ぐが。


〈脱衣場から出るさいには、必ず! 絶対! 間違いなく服を着て下さい! つ さ ます!〉

 入ってきた入り口を振り替えると、やたらと貼られた警告にどうしても気を取られる。

 湿気が溜まるせいなのか、どのポスターも下の方にいくにしたがって、文字がにじんで読めない。

 まあ、裸で人目のある場所に出るつもりは無いのでどうでもいいだろう。


 ──通報されても困るしな。


「だから! 待てだ! 待て!」

 だだっ広い洗い場を駆け抜けて、浴槽に飛び込もうとする弟は、前世犬だったに違いない。


 ──いや、犬なら風呂は嫌いか?


 そんな事を考えつつ、ひっ掴んだ腕の先をどうにかこうにか座らせ洗ってから、俺は休まらない入浴時間をすごしたのだった。


 ↑←↓→


 ──最近? サウナで暖まって水風呂に浸かるのを、整う、と言うらしい。


 どれ、俺も一つと、もう上がるらしい父に弟を託し、脱衣場直結のサウナに入る。

 視覚からも熱さを加えようというのか、赤い照明の小部屋は勝負の空間だ。

 ・・・別に、他の人より長くいることに意味は無いのだが。

 それでも後から入った何人かを見送って出た俺の目に入ったのは、自販機のアイスの棒をなごり惜しそうにくわえた弟の姿だった。


 ──あんの、くそ親父!


「あっ! おにい出てきた!」

 とっくの間に、待つのに飽きていたらしい弟が、脱衣場の出口に向かって走り出す。


「こら! 待て!」

 こっちはパン一、どころかまだ腰にタオル一枚だ。

 にもかかわらず、俺の手はサウナで消耗していたせいもあって、弟をつかみそこねた。


 ──まあ、仕方あるまい!

 このままでは弟が迷子になるのは確定である。


 一歩、二歩ならと。脱衣場に脱ぎ散らかったスリッパを越えたあたりで、俺の視界はぐるりと回転して、闇へと落ちた。


 ↑←↓→


 ──うん?


 ぱちりと開けた俺の目に入ったのは、知らないようで見慣れた模様の天井だった。

 学校の天井にも採用されている不規則な穴の模様は確かトラバーチン。大理石をモデルに作られた建材だ。


「キ蛾憑(ガつ)かれマシ多か?」

 その天井に吊り下げられたレールに沿って巡らされたカーテンからすると、ここは医務室の類いなのだろう。


「はい。御手数をおかけしまして」

 サウナから出てすぐに、激しい運動(追い駆けっこ)なんかするもんじゃないな。

 弟には逃げられたが、迷子センターぐらいはあるだろうから心配はないだろう。

 むしろ、心配なのはやたらと肌触りのよさに包まれているこちら側だ。


 ──Oh! ヤッパーリ!


 上半身裸である。

 下半身裸である。

 つまり全裸である。


 これも───誰が搬送してくれたが謎で───嫌だが、気を失っている間に服を着せておきました~もまた嫌悪感をそそる。

 ちなみに腰に巻いていたタオルは角をきっちりとあわせて、ベッド脇にあるチェストの上、なぜか用意されているおにぎりと水のペットボトルの横に置かれている。


 食品のとなりに腰に巻いてた布。

 

 ──まあ体は洗ったばっかりだから。


 そう自分をごまかしてみても、いやなものはいやだが。他に選択肢があるわけでもなく。

 しぶしぶちょっと湿ったタオルを腰に巻いてカーテンを開ければ、そこはやっぱり医務室っぽい部屋だったが、無人であった。


 ?


 ──ああ、患者を起こさないように、かな?


 並んでいるカーテンの中はどこも無人だが、医療関係に勤めている人なら、ドアの開け締めの音を立てない習慣が身に付いていてもおかしくはない。


 ──できれば、もう少し居てくれれば・・・。


 軽く見回したが、服の代わりになりそうな物はなさそうだ。

 まさに、包帯を服代わりにぐるぐる巻きにするわけにもいかず、俺は女装した男子がスカートに感じる頼りなさの数倍の儚さを腰にまとって、人々がいるであろう空間へ続く廊下へと足を踏み入れた。


 さっ、サッ。


 ──うん。いるね。


 気を失っていたのはそう長い間ではなかったようだ。

 閉店間際でもない施設内には当たり前のように、ひと、ヒト、人。

 目を合わせるのも、合わせられるのも気恥ずかしいせいか。


 もしかしたら後ろ(ゆび)()されて いるのかも知れないが、人の瞳は背中についていない。

 前だけ見て進めば、やがて目的の物は見つかった。


 シンプルな線で描かれたそれは館内見取り図。

 太い矢印で示されているのは避難経路だが、今必要なのはそれではなく。

 元いた場(服のある)所に戻る為の道順だ。


 右に行って、真っ直ぐ進んで、左に曲がる。

 同じ所に戻りそうだが、出っ張った壁をよけただけだ。

 大浴場と書かれた看板の矢印の先には───


「消人栓?」 


───なぜか、違和感しかない、不思議な内容のタイトルが出っ張る赤い箱。

 薄暗い廊下に真っ赤なランプが光る行き止まりだった。


 ──あれぇ?

 結構地図を読むのは得意のはず、なんだが。


 仕方がないので、恥を忍べば、店員さんに話しかけることも可能である。


 ↑←↓→


「あー。それは申し訳ありません」

 さすがにこの状態(腰タオ一丁)で異性に話しかける勇気はなく。恥を忍んで男性店員さんに  道を聞けば、先に立って歩き出してくれる。

 恐縮しつつ謝ってくるわりには、着るものを出してくれないのは、置いてあるであろうバックヤードより、脱衣場が近いせいだろうか?


「こちらの先になります」

 はっ! そんなことを考えている間に目的地についたようだ。

 公共浴場に通ずる通路特有のかほり。


「ありがとうございます」

 どうやらゴールはあの角を曲がったところで───


 消人栓


───間違いしかなかったようだ。


「は? え? なんで?」

 振り返った先には。

 当たり前のように誰もいない・・・。


 人混み、発見、問い掛け。

 デジャブを感じるのは当たり前だ。


「こちらの先になります」

「えーと。もう少しいいですか」

「はい?」

 不思議そうにする男性店員さんと一緒に角を曲がる。

 そこは、消人・・・ではなく、もはや懐かしい男湯の暖簾のかかった脱衣場へのみち。


 下げられた紺色の布をくぐり。


 ──なんでだよ!


 消人栓。またここだ。

 やっぱり自分の他には誰もいない。


「ええと。一緒にきてくれませんか?」

「はいぃ?」

 今度は店員さんと同時にくぐる。

 はい! ダメー。


「先に入ってもらえませんか?」

「・・・いいですけど?」

 なに言ってんだコイツ? という顔をされてもいい。

 ・・・だって消えるんだから。


「ええと。一緒にきてくれませんか?」

「男湯に入るのはちょっと・・・」

 ですよねー。


 結論。

 一人で行っても、男の店員さんに案内されても、女性の店員さんに頼んでも、脱衣場にたどり着けない。


「・・・先に何か着るものを貸してもらえませんか?」

「うち、そういうサービスはしていないんですよ」

 浴衣やスエットを貸し出すお店もあるが、ここはそうではないようだ。


 どこまでいっても、パン一、どころかタオル一丁だ。


 ──もう、いいや。


 そう思ったのは、異常な状況に思考が磨り減ったせいかもしれない。


 ウィーンと開いた自動ドアをくぐり、俺はセミの鳴く、駐車場へと。


 足を。


 踏み出すことはなかった。


 外へと向かった体が入ったのは施設内。


 施設内、施設内、施設内。消人栓、消人栓、消人栓。施設内施設内、消人栓消人栓。施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓施設内消人栓。


 は、は。


 は、は、は、ハ、ハ、ハ、Ha、ha、ha! ・・・、・・・、・・・・・・・


 どこかで。

 壊れたオモチャのように。

 誰かが笑っている。


 ↑←↓→

 

    。は失われた。


 失われたのだから、ない。


 ただひとつだけ良いこともあった。


「あー、あんたもこっちきちゃったのね」

「姉ちゃん?!」

 姉と再会したのだ。

 気がつけばそこかしこに。

 タオルを巻いた男女が座り込んでいて、その一人が姉だったのだ。


「子供ってしょうがないのよね・・・」

「ああ」

 そういえば、あの日、二ヶ月前。

 まだ小さい弟は姉と一緒に───。


「あっ」

「えっ」


 姉の声に振り向けば。


 ガラス製の自動ドアの外を。


 父と母と弟を乗せた車が。


    をたどって行った。

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