やるなら二人で
眷属が口から油のようなものをまき散らす。それにドラゴンの熱がかかると、尋常で無い勢いで炎が燃え上がった。煙が目にしみて、ぼろぼろ涙が出てくる。
黒煙の間に、かろうじてノアが行き来している姿が見える。それに向かって、龍が氷を差し向けた。
「氷があるうちに退避しろ、ドラゴンは引き受けた!!」
「すまん! ……よかったらこれを使え!」
すぐに意図を理解したノアは、何かを放ると一目散に逃げ出した。仲間があわてて彼を迎え入れる。
愛生がすぐそばに転がったものを見ると──あの高そうな剣だった。
「全く。龍、悪かったな」
「あなたの仲間なら、放ってはおけませんよ」
愛生の内心を察したようで、龍は笑って答える。そして愛生を見つめた。
「さあ、敵が来ますよ」
さっきよりも強い殺気を纏った炎が、まっすぐに愛生をめがけて飛んでくる。
「させません!」
その炎の勢いを絶つのは、空気を切り裂いて放たれた、塔にも等しい巨大な氷柱。それが炎に突き刺さり、押しつぶしそのまま消火した。
「どういう魔法だよ、全く」
愛生はどんどん氷が溶ける水蒸気を浴びながら笑った。このとびきりの援護で、状況は好転し始めている。
「行きなさい!」
龍の号令に会わせて、とげとげしい氷の柱がドラゴンに向かって降り注いだ。図体が大きい相手だから、いくらでも氷の柱が当たる場所がある。今までの恨みを返すように、氷はドラゴンの頭と体に突き刺さった。
絶叫をあげてのけぞるドラゴン。その咆哮は、周囲の者全ての体を揺さぶった。
「これで倒れるか……」
愛生は期待したが、ドラゴンはまだ動き、愛生たちに近付こうとしていた。
顔に柱を突き刺したまま、起き上がったドラゴンは痛みをこらえてか、憎々しげにこちらを向く。明らかな異変を認めたその瞳には、敵意だけでなくかすかに動揺と恐怖の色があった。
精神的に疲弊した上に片目が潰れているので、攻撃の精度が落ちた。尾が闇雲に振り回され、爪も愛生たちの側を通り過ぎていく。さっきまで感じた痛いほどの覇気もなく、明らかに弱っている。
「効いてるな」
愛生と龍は、互いに不敵な笑みを交わしあった。
「──最終局面はやっぱり」
「二人そろってがいいな、相棒」
そして掌が空中でぶつかる。互いに少しだけ荒れた、だがたくましくなった手に触れて安心した。
もう会えないのかと絶望した日もあった。隣で手を握っていてほしいのに、誰もいない寂しさを噛みしめたこともあった。しかしもう今は、大丈夫だ。
『やはり……やはりあの者たちの力は、滅びてはいなかったか!』
ドラゴンが顔を左右に振る。力任せに尖塔を破壊して引き抜き、いっそう凶悪になった面構えを見せた。熱を受けて溶け始めた氷が、ぴしりと鋭い音をたてる。
「……覚悟しろよ」
愛生はその音を合図に動き出した。走って一気に距離をつめようとすると、控えていた眷属の鬼火たちが、素早く動き始めた。その数はざっと数百、音もなく忍び寄るその炎にまとわりつかれれば、命はない。
「龍! 眷属が来るぞ」
愛生が声をあげて合図した。それの一瞬後に、正確な射撃。いつもの射撃場にいるのかと見まがうほどの冷静さ。氷をまとった杭が愛生の側へ飛び、鬼火たちはあわてて逃げていった。賢明な判断だ。
さらに愛生はドラゴンに肉薄する。剣を体に立て、よじ登ろうとしたその途端、上空が明るくなった。空に星が急に増えたようで、愛生はちらっとそちらを見やる。
上に鎮座しているのは、無数の火の玉。さっきの鬼火より、もっと多い。それが一斉に、こぼれるように落ちてきた。
「火の雨だ!」
愛生が叫ぶ。しかし龍はそこから動かず、指先を軽く動かして天空へと向けた。諦めたのではない。
雨のようにひとつひとつ降り注ぐ鬼火をとどめているのは、霰と降り注ぐ氷の粒。それは炎の雨を包み込み、単なるくすぶった煙に変えていく。一瞬で風景が見違えた。
凍り付き、うち捨てられた火の残骸を飛び越え、愛生は一気に距離をつめた。その足元に、氷の板が寄ってくる。思いもよらない展開だったが、愛生は迷わずそれに飛び乗った。
次の瞬間、熱気をはらんだ過酷な地面は遥か下に遠ざかる。不思議な氷に乗って、空を飛んでいた。氷から発する涼しい風が、愛生の全身を包み込む。
ドラゴンの周囲の炎も、さほど熱くは感じない。視線を落とすと、生身の愛生の下に、ドラゴンの巨体が見えた。
「視界良好、とうとう来たぞ!」
愛生の元気な声が聞こえたかのように、氷の足場が集まりはじめた。愛生の気配を感じ取ったドラゴンが頭と翼を振るが、その時には愛生は敵の死角に回り込んでかわしている。
すかさず、愛生は全神経を手に集中させて、剣でドラゴンの口の横を殴る。ようやく、攻撃が届いた。
『ぐあ……』
「龍!」
思わず開いたであろうドラゴンの口に、龍が放った氷の塊が飛び込む。
その違和感に、ドラゴンが一瞬硬直する。引きつった叫びをあげ、それを吐き出そうとする頭を、愛生は剣で殴るようにして叩き潰した。




